第3話 ダンジョンへ

 翌日、リオンは早朝に起き出し、早々に身支度を整える。

 誰にもバレないよう、屋敷を抜け出すと、あの場所へ……そう、ダンジョンへと足を向けようというのである。


 というのも、例の球体……卵の孵化が始まっている。早急に用意しなければいけないものがあるのだ。


「竜の魔石、か」


 今までもダンジョンには何度となく入っている。ギルドを通して冒険者を雇うこともあれば、一人で出向くこともある。一応こちらにはブラッグドッグ……シアヴィルドがついているし、自分はテイマーなのである。レベルの高い魔物が出るような場所でなければ何の問題もない。


 だが、今回は……。


 竜の魔石を手に入れるというミッションはなかなかハードだ。シアだけで狩れる相手ではないので、今回は冒険者を雇うことにした。


『とっておきの人物をご紹介します』


 その人物は、仮面の騎士と呼ばれていた。ギルド内では時の人である。強くてカッコいいと、女性を中心に人気沸騰らしい。

 ……とのことだったのだが、今、ギルドにいるのは、小柄な少年だけ。おかしなお面を付けた少年、一人きりだったのである。


「……え?」

 リオンが少年を指し、ギルドの受付嬢を見遣る。

「まさかこのちっこいのが『仮面の騎士様』なのか?」

「Aランクの冒険者、仮面の騎士様こと、さんです」

 ニコニコしながら紹介される。

「Aランク!?」


 見習いにも満たないようなていなのに、まさかのランクを突き付けられる。


「あなたは人を見た目で判断するタイプ?」

 口元を歪ませ、フィネスが皮肉めいた風に言った。


 ちなみに、は、である。良家の令嬢が本名で剣を振り回すわけにもいかないので、登録時に名前と性別を偽ったのだ。


「あ、いや、すまない。まさか君みたいなが来ると思ってなくて」

「いいけどね、いつものことだ」

「フィネスさん、こちらはテイマーのさんです。今日はダンジョンの奥の方まで向かわれるということなので、ご協力お願いします」

 だった。普段使うことのないこの名前を、リオンはテイマーとして動く時に、あえて使っている。


 よって、お互い目の前の人間が結婚相手だとは夢にも思っていない。


「狙いは地竜なんだが?」

「問題ない」

 こうして二人は、一緒にダンジョンへと潜ることになったのである。


*****


「それで、もうすぐ孵化しそうなんだ」

 ダンジョンの扉を潜る。

 だらしなく顔をニヤつかせ、可愛い卵について語るレミエルリオンを、不思議な生き物を見るような気持で見つめるフィネスエルフィ


「テイマーというのは、皆そうなのか?」

 ふと気になって、訊ねる。

「ん? なんだ?」

「皆そんな風に、動物好きなのか?」

「ああ、そうだな……まぁ、八割方はこうなんじゃないかな」

 適当に答える。


「結婚したら……奥さんより動物を愛する感じなのかな?」

「はぁ?」

 おかしな質問に、若干動揺をしてしまう。

「あ、いや、これは知り合いの話なのだが、今度テイマーとの結婚が決まったらしくて」


 エルフィは、冒険者として色々な職業の人間と関わったが、実はテイマーという職業にだけはまったく関わりを持っていないのだ。結婚相手がテイマーだと知り、少し情報を仕入れておこうと思ったのである。


「ああ、知り合いの話か。そうだな……まぁ、これはテイマーとしての一般論なんだが、正直テイムしている動物たちは可愛いし、テイマーは自分の仕事に熱心なやつが多い気がする。あとは、奥さんになる人とテイムした子との相性だろうな」

「相性か」

「奥さんが動物好きであれば、夫婦仲に溝は出来ない気がするが」

「なるほど」

 尤もだな、とエルフィフィネス


「……俺からも質問いいか?」

「なんだ?」

「お前、なんで仮面なんか被ってるんだ? 顔を出せないわけでもあるのか?」


 ギクッ


「そ、それは、その、ああ。昔の傷がっ、そう、傷があって、それを見られたくないんだ」

 適当に答える。

「なんだよ男のくせに、傷なんか気にしてるのか」

 はは、と笑うレミエルリオンを睨み付ける。

「男のくせに、か。本当にそうだったらどんなにかっ、」

 ああ、これはただの愚痴だ、と自分を戒める。


 自分が男だったら、仮面など付ける必要もなかった。もっと堂々と活動できただろう。好きなだけ、剣を振るえただろう。今日、この仕事を最後に、もう自分は剣を振るうことは出来なくなるのだ。女が結婚するということは、そういうことだ。


「どうした?」

 俯いたフィネスエルフィに、レミエルリオンが声を掛ける。


「なんでもない。これが最後の仕事になるんだと思うと、少し感傷的になってしまうな」

「え? なんでっ? Aランク冒険者なのに、この仕事辞めるのか!?」

 信じがたい話である。

「私はっ、続けたい……のだが、」

「なら、どうして?」

「環境がそれを許してくれない……から」


 悔しいが、遅かれ早かれこの『時』は来るとわかっていた。仕方のないことだ。


「勿体ないな」

 ぽつり、と呟くレミエルリオン。そして、話題を変えようとしたのか、おかしなことを口走る。


「そう言えば、これは知り合いの話なんだが」

「なんだ?」

「親に言われて結婚をしなければいけなくなったんだ。相手は肖像画から適当に選んだ相手らしい。うまくやっていく秘訣とかってあるのかねぇ」


 相手は年端も行かぬ少年。こんなことを言っても仕方ないのだろうが、つい口をついて出てしまった。


「愛のない結婚…か。まぁ、うまくやっていきたいのなら、相手のいいところを探して、お互いを尊重し合っていくしかないんじゃないか?」

「お! いいこと言うな、若いのに!」

「あんたはいい年して子供っぽいな」


 軽口を叩き合いながら進む。


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