第28話「踏み潰さぬよう、一つずつ」☆

 ジュリアスの衣服には身体を護る防御魔法……魔法障壁が付与されている。


 普段の魔法障壁は外套マントにかけており、範囲も直前で分かるくらいには広い。

 だが、衣服にかかっているそれは身体の寸前で防護する為、周囲で見ている分には判別しづらかった。


「随分な石頭だな……それも魔法か何かか? ズルはよくねぇな……!」


 ──この場にいる水夫は四人。ジュリアスを連行しようとした者、杖を回収しようとしていた者、騒ぎを聞きつけて後からやってきた増援二人。その内、連行しようとした男と角材を持って駆けつけた男の二人は戦闘不能になっている。


 残りは二人。体格のいい大男が弱気になっている方を手で押し退けてジュリアスの前に立ち塞がろうとしていた。


「心外だな。魔術師が魔法を使って、何が悪いんだ?」

「喧嘩は素手でやるもんだ。お仕置きしてやるよ……!」


「気持ち悪いぐさだ。俺の不興ふきょうを買ってもいいことなんかひとつもないぜ?」


 ジュリアスは大男を挑発するかのように両手で杖をくるくると数度回すと、左手で剣でも握るように杖頭を床に向けた。大男も勢いよく首を左右に振って音を鳴らし、獰猛どうもうに微笑むと、両手を前に構えて前傾姿勢になる。


 その手は拳を握っていなかった。おそらく突進して捕まえ、勢いと体格にまかせて押し倒すつもりなのだろう。馬乗りになってぶん殴るのは喧嘩の必勝法のひとつだ。当然、ジュリアスもそれは知っている。


(……こいつも喧嘩慣れしてやがるな)


 こういう場慣れした手合いの場合、出鼻をくじこうとすると大抵が悪手になる。

 さらに体格に恵まれている者ほど、動き出したら急には止まってくれない。


(基本、身をかわすのが常識なんだが──)


 前後は論外として、左右どちらとも横っ飛びできる余裕はある。

 ……とはいえ、ギリギリには違いない。あちらとしてはなるべく早く壁際か角へと誘導したいはずだ、そういう意図は殴り合う前から双方ともに分かっていた。


(下から潜り込んでくるのを上手いこと叩いたとしても、無意識か反射的につかもうとしてくるのが人間だからな……)


 ──極論、顔面を杖で殴られて意識が朦朧もうろうとしても停止するとは限らないのだ。

 前述のとはそういうことも含まれている。修羅場での立ち回りに半端に聞きかじった生兵法は大怪我のもとだ。喧嘩慣れした人間の闘争本能を決してあなどってはならない。


 ……だから、ジュリアスはまともに付き合わないことを決めた。

 さりげなく視線を大男の後ろにある柱に向ける。


「へへぇ、少しは楽しめそうだな……!」

「……どうかな?」


 次の瞬間、奇声をあげて大男が突っ込んできた! 

 男の出足は体格に似合わず鋭く、ジュリアスの胴体に抱き着くつもりで体当たりを敢行してくる! 


(──取ったぜ!)


 確信した次の瞬間には大男の肩がジュリアスに触れ、抱き締めて床に倒れ込む──そのはずだった。しかし、必勝の手応えは目前で魔術師の姿とともに忽然と消失し、両腕がむなしく空振りする!


 しかも倒れ込むということは体勢は前のめりであり、。必然的に大男は体勢を崩して転倒、見計らったように背後から電撃が襲った!


「んぎ──!」

「悪いな、遊びに付き合ってやれずによ」


 短い奇声を上げて大男がもんどりうつ。魔術師の杖から電撃が閃いたのは一秒にも満たぬ僅かな時間だ。


 ──先程はごく短い距離を"転移"し、突進をかわした。

 目印にした帆柱に手をつきながらジュリアスは男に杖を向けている。


 転移の魔法は修得が難しいだけに何時いついかなる時も失敗しないよう、術者は修行を積み重ねている。世間一般では「極めた」と言っても過言かごんではないほどに。


 当然、ジュリアスもその例にれなかった。彼はどんな時もしくじることはない。


「動くなよ。もう二発ほど、お前に電撃を撃ち込まなくちゃならん。しばらくの間、足腰立たなくしてやろうというんだ。変に抵抗されると必要以上に撃たなきゃならんからな、そうなると命の保証はないぜ?」


 言い終わると、一発。一拍置いて、もう一発! 

 ……これで大男の動きは封じた、あとはどれほど戦意が残っているかだが真っ当な喧嘩好きならこれに懲りたはずだ。


 魔術師とは、まともな喧嘩にならない。

 おそらく向かってはこないだろう、例え予想が違ってもだ。


「さて……」


 残るはづいた一人だけ。すっかり及び腰だが、それだけに蛇に睨まれた蛙のようにそこから動けずにいた。


 水夫の頬を風がでる。直後、後ろで何かがぶつけられた衝突音が鳴り響いた!


「ひ──」


 勿論、これはジュリアスの仕業だ。杖を向け、そこから威嚇いかく射撃しゃげきを行った。魔法の飛礫つぶてが狙い違わず、男の頬をかすめていったのだ。


「……逃げるのか? それとも逃げないのか?」


 今度は足元で破裂音! 反射的に体が動き、悲鳴をあげて一目散に逃げだした!


(そうだ。それでいい)


 仕事をしてくれた以上、彼を傷つけるつもりはないが追い立てるふりはしなくちゃならない。足元や壁に弱い魔法の飛礫つぶてを撃ち込みながら背中を見せる水夫の逃走経路を背後から操ろうとしたが、どうにも上手くない。


 当ては外れてしまったが、ジュリアスにはまだ腹案がある。


 今、傍目はためにはジュリアスが逃げ惑う水夫をいたぶっているように見えるだろう。

 走る後ろ姿を小走りで追いかけながら、水夫が命からがら甲板に上がる上り階段についたところで追撃を諦める(素振りを見せる)。


 ……肝心なことはどさくさにまぎれておこなった。


 ジュリアスは通路の移動中、さりげなく部屋の戸に自らの手で触れていたのだ。

 。これはとらわれた彼ら彼女らを人質に持ち出されるのを防ぐ為だ。からは封じれるに越したことはない。


 人質のいる二部屋のうち、一方は探索の折、退室する際に魔法で施錠していた。

 そして今し方、もう一部屋にも同様に魔法で鍵をかけたのである。


 ジュリアスが使用したのは出入口に単純な進入禁止をほどこす〝閉鎖クローズ〟だが、あちらに魔術師がいない以上、解除は不可能。


(部屋の壁をぶっ壊すって荒業もあるが、生憎と魔法の影響下にあるのは引き戸だけじゃない)


 ジュリアスの魔力は入口だけでなく、部屋の壁面も覆っていた。これにより、壁も少々強化されている。多少の打撃にはびくともしないだろう。その代償に効果時間は短くなったが、それでも夜明けまでは十分につ。


(ま、〝護殻シェルター〟って上位魔法もあるけど片手間に使えんしな……)


 ──出入り口を含めた部屋そのものを堅固に強化する魔法である。


 壁だけなく、床と天井も対象で密室内での使用が最良とされている。でなければ、効果を十全に発揮出来ないのだ。外側そとから使用する場合、他の魔法と併用して部屋の構造を把握するのが大前提である。


「……さて、甲板に逃げた輩は助けを求めてくれたかな? ぼちぼち上にまいろうか」


 そう呟いたジュリアスは通路から船体中央部へ、そして階段へと足を進める。

 構造上、階段の上部にはから、その隙間を縫って石でも降ってくるかと思ったが、その手の手荒な歓迎はないらしい。


 けれど、怒号じみた話し声は聞こえてくる。

 このまま甲板に上がれば囲まれることになるだろう……容易に予測し得る状況を、ジュリアスは鼻で笑った。


「目でも合うかと思ったが、そんなことはないらしいな」




*****


<続く>



※「貨物船について」


「(よく分からない構造で申し訳ないです。甲板から中層に降りる階段ですが、その昇降口が取り外せるタイプの落とし戸なんです。両端に落とし込み型取っ手をつけて開閉したり、取り外したりという感じ。貨物船なので、荷物のことを考えると小屋のような構造物はない方がいいかと思いまして……)」


「(大きいものや重いものは露天で甲板に置いたとして……沿岸だし、早々荷崩れも起きない……? いや、まとめて置いておける木材はともかくとして、石材や鉱物はどうなんだろうか? 布を被せて縄で縛れば大丈夫、かな……?)」


「(最後に本編中でも触れないと思うのでここで説明しますが、中層の船首にあった大部屋は『食堂』です。何か他に適当な言い方があるかもしれませんが、とりあえず食堂と呼ばせて下さい。窓や調理施設もあり、緊急時にははりに置いた縄梯子を使って隠し出口で甲板に出られる仕組みになってると思います。描写はないですが。同様に船尾倉庫も直上の船長室と一方的に繋がっていたり。船長室の床板を外して机の脚をロープで結び、降りていくことができます)」




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