・「人の形をした怪物」

第27話「反撃開始」☆


「そいつは船倉にでも閉じ込めとけ……出港した後、海に捨てる」


 甲板へと上がる前に船長は水夫の一人に命令した。そいつとは勿論、ジュリアスのことだ。彼を密航者として扱い、その通りに処分しようというのだ。ギアリングへの遅延工作を拒否した以上、命乞いを聞いてやる道理もない。


 命令された水夫が彼に近寄り、下層の船倉へ放り込もうと腕を掴む。

 それ以外の者たちもその場から解散して、慌ただしく動き出そうとしていた──


*


 ……水夫の一人がジュリアスの腕を掴み、下層へ連行しようとしている。


 諦めた訳ではないだろうが、ジュリアスも特に抵抗する素振りは見せなかった。

 そんな矢先──


「……うおっ!? なんだこれ!?」


 通路の方で誰かが声を上げた。思わず足を止め、いぶかしんでそちらを振り向く。

 そこでは一人の水夫がジュリアスの放り投げたステッキをなんとか持ち上げようとして悪戦苦闘している滑稽こっけいな姿があった。


「なんだ? 何やって──」


「なぁ、ひとつ質問してもいいか? 冥土の土産代わりに教えて欲しいんだが」

「──んだよ?」


 男は鬱陶うっとうしそうにジュリアスの方へ向き直る。


「……アンタらが何処かへ輸送しようとしている動物たちの正体、本当は知っているんじゃないか? だとしたら、俺はまるで見当違いのことをしていた道化ってことになる。本当はどうだったか、教えてくれなきゃ死んでも死にきれないだろ?」


「……へっ」


 水夫はジュリアスにニヤニヤと笑いかけ、「それなら」と教えてやった。

 決して同情や親切心からではない。さかしらな魔術師の失態を存分に見下し、あざけり、馬鹿にしてやろうという気持ちからだ。


。最初からお前は船長の掌の上で踊ってたのさ」


 ──愚かな自白には真実の響きがあり、魔術師はようやく呪縛から解き放たれる。

 それはこの船に乗る者たちにとって周知の事実だったが、決して部外者に話してはならない、秘匿ひとくすべき情報だった。


 ……そもそも、船長からは言質げんちを取った風ではあるが確証ではない。

 それとなく匂わせはしたものの、明言は避けていた。


 せいぜい、疑惑に留まっていたのである。

 だから、ジュリアスも一線を越えずにいたのだが……それを迂闊うかつにも、この水夫は肯定してしまった。まさしく、失言である。


 当然、全員が知っていてしかるべきだろう。

 ジュリアスは確信する──


「ありがとう、助かったよ。お礼に術を一つ、君に伝授してあげよう」

「……あん? 術だぁ?」


「これは〝影縛かげしばり〟という名称でな……文字通り、拘束するのは肉体ではなく、の方なんだ。影は普通、肉体に追随ついずいして動くものだ。影の動きに肉体が縛られるなど本来有り得ないはずだが、魔術がからめばこの通り──」


「何言ってんだ、てめう!?」


 そして、「触るな!」とはね避けようにも身体はぴくりとも動かず、魔術師は怒鳴る水夫の腹に手を当てると間髪入れずに風の魔法を炸裂させた! 強烈な衝撃に腹部は痙攣けいれんを起こし、喋るどころか呼吸すらままならない。


 男は背中を丸め、倒れ込まないようにうずくまることしか出来なかった。


 ……今、使用した〝影縛り〟という術だが、この術は事前に仕込みが必要となる。

 実戦で使うには少々面倒なであり、要は対象に影を縛ると思い込まさなければならない。この儀式をることで呪術は成立し、使


 ──ちなみに今回のという暗示は、言葉をかける前に仕掛けた念動の魔法で錯覚させていた。まず念動で動きを止め、次に言葉で暗示をかけ、術式を発動させた後に風の魔法で仕留める。順を追って説明すると、このような流れになる。


 よどみなく魔法の仕掛けを悟らせないところに、ジュリアスのたくみさがあった。


「どうだ、いい勉強になったろう? もっとも、極意は教えてないんでそのままじゃ使えないが……おっと」


 前方から男の怒鳴り声で気付いた水夫が二人ほどやってきている。元々いた一人を含めて、合計三人か。


 一人目はジュリアスの杖と格闘していた者。もう一人は体格の良い大男。

 最後の一人は角材のような得物えものを握っていた。棍棒の代わりだろうか? おそらく船内に置かれていた手頃な資材を持ち出してきたのだろう。


 増援を一瞥いちべつして、ジュリアスは声も無く小さく笑った。

 ──まずは、彼らと接敵する前に杖を回収する。


 念動の魔法が杖を捕捉キャッチし、宙を飛んでジュリアスの手元に戻る。

 杖には手放す前に仕込んでいた〝過積載デッドウェイト〟の魔法がまだ有効だったが、触れると同時に効果を消し去り、続いて魔法で強化する。


 杖に付与したのは単純な強化魔法だ。杖が折れないように耐久力を上げるだけの、魔術師なら誰でも使えるような平凡なものに過ぎない。


 ……ここで注目すべきは魔術の多彩さではなく尋常ではない用法の最適化である。


 先もそうだが、少しでも魔術の心得があれば、ジュリアスの手並みは手品みたいに物を入れ替えたようにしか思えないだろう。そのくらい、際立っている。


 まさに神が創造デザインしたかのような才能と、小競り合いから絶体絶命の窮地までを乗り越えてきた経験値──今まで積み重ねた数多あまたの勝利が、彼の神業かみわざを成立させていた。


(さて……)


 ──準備は整えた。ジュリアスが位置する倉庫の前はそれほど狭い空間ではなく、複数人が入り乱れて暴れられるくらいの広さはある。


 障害物といえるものは甲板から貫くように立っている帆柱の円柱くらいなものだ。

 それが戦闘の邪魔になるかといえばそうでもなく、遮蔽物として利用しやすいまである。せいぜい気にすることと言えば、天井までの高さくらいか。


 ジュリアスの手元に杖が戻ることでひるんだのか、手前の男が足踏みした。

 その後ろで様子を見るように大柄な男も止まり、必然的に角材を手にした男が前に進み出てくる──


 男は天井を気にしたように、角材を両手持ちで上段に構える。

 肝心な時につっかえないように、あらかじめギリギリに高さまで持ち上げていた。


(……手慣れてはいるようだな)


 ジュリアスも杖の中程から下を片手で持ち、静かに待ち受ける。


 得物持ちの水夫がじりじりとした足取りで近付いてくる。

 ……間合いを詰めるにつれてあしとなり、慎重に距離を測っている。男は一発で決めようという腹積もりだ、角材を持つ両手を必要以上に握り締める。そして──


「食らいやがれ!」


 叫びながら振り下ろしてきた角材をジュリアスは後ろに下がって避ける!

 男の初撃は大振りではなく、すぐに切り返して牽制するように払い上げると、手首を返して再び構え直──


「へぶ!」


 ──その時、無防備だった男の顔面に何かが衝突し、痛みの後に少し遅れて鼻から血が滴り落ちる。魔術師の杖の先から放たれたものだ、顔面を拳で殴られたくらいの威力だった。


「テメエ……!」


 その中途半端な反撃は完全に男の怒りに火をけた。もう許さねぇ、手加減無しで頭を、顔面をぶっ叩く──!


「死にやがれ!」


 殺してやろうと力と殺気を込めた渾身の一撃がジュリアスの脳天を狙った! 

 だが、ジュリアスも黙って殴られるつもりはない、攻撃に合わせて男の鳩尾みぞおちへ杖を突き出した!


 次の瞬間、男は両手から衝突によるしびれ、確かな手ごたえを感じていた。そして、腹に強い衝撃。痛み。呼吸が止まり、痙攣を起こす。膝をつき、得物を取り落とし、手をついて四つん這いになる。


 ジュリアスは杖で腹を小突いただけではなく、次善として魔法の飛礫つぶても零距離から食らわせてやったのだ。


「──ふむ」


 一方、魔術師も角材で思い切り頭……こめかみのあたりを殴られたように見えた。

 下手すれば流血すら有り得るような猛打だった──しかし、どうだ。現実には怪我けがひとつなく、ピンピンしている。


「あと二人か。……どうする? なんなら、仲間を呼んできてもいいんだぜ?」


 そう言うと、ジュリアスは不敵に笑った。




*****


<続く>

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