第18話「真意」


 整備倉庫ガレージでの車両点検は昨日のうちに終了。馬の交代も滞りなく、予定通り。

 準備完了したなら長居無用、パスカールの街から南下して港町ミリバルへ向かう。


 街壁の外へ出る際に門番から積荷などを検められるが、問題は発見されなかった。

 馬車三台の一団は澄み切った冬空の下、堂々と出発したのである──


*


 ……馬車を馬なりに走らせている。

 絶え間ない日差しに寒風も和らぎ、旅をするには絶好の日和である。

 この一団も例外ではなく、行程は順調に進んでいた。


 また、進む街道も別に意地悪なところはない。


 せいぜい橋を渡るために回り道したり、里山や小高い丘を避けるために一部の道が曲がりくねっているくらいで難所というほどのものはなかった。物見ものみ遊山ゆさんでのんびり進んだとしても夜には到着できるし、真面目に走らせたなら夕暮れまでに辿り着けるのではなかろうか? ただし──


「ミリバルに着いてから、どうするつもりなんです?」


 ……仕事上、運び屋の男は商人にふんし、話しかけてきた神経質そうな男は付き人に扮していた。


 彼の名前はトマス、といった。出発してからこっち、後続を見張りながら自分ならどのようにやり過ごすかを考えていたが、結局、思い付くことはなく白旗を上げた。模範解答を男から聞き出そうというのだ。


「……どうするたって、なるようにしかならねぇだろう」


 男は御者台で手綱を握り、ぼんやりと前方を眺めていた。

 話しかけられた際にちらりとそちらを見たが、すぐに視線を前方に戻している。


「町の門前には、警備とギアリングの兵隊が混合で待ち受けているでしょう。商品が何か見当をつけているかもしれない。もしも見咎みとがめられでもしたら……我々はそこでおしまいです」


「いくらなんでも、ここまで来て門前払いはねぇだろうよ。きっちり最後まで巣穴すあなを確認してこそ、仕事ってもんだろ? 、多分な」


「それは……そうですね……」


 自分でも気づかぬうちに相当、焦っていたらしい。

 こんな簡単なことさえ見逃してしまうとは……最早、不安な胸中を隠し通すことは出来ず、トマスはわらにもすがる気持ちで男に問いかける。


「町に入って、港まで尾行され……その後はどうなりますかね?」

「知らねぇな、そんなことぁ」


 しかし、男はそんな心配を嘲笑あざわらうかのように、ぶっきらぼうに吐き捨てたのだ。

 あまりに無責任な言い草に普段は冷静なトマスも顔色を変えて発言の真意を問う。


「どういう意味ですか、それは!?」


「どうもこうもない。言った通りだよ。町に入って商品を港に運んで。


「なっ──」


 トマスは絶句した。……だが、その通りだ。全ては男の言った通りである。

 運び屋としての仕事は『商品を港の商船まで届けること』である。その後の事アフターケアまで関知しない。何時かの発言が思い出される、


*


『──その気があるなら、俺達ゃ既に檻の中さ』

『(……我々はだと思われている、と?)』

『どっちだっていいのさぁ、んなこたぁ!』


*


 ……つまりは、そういうことだったのだ。彼は一人で逃げおおせるつもりでいる。

 自分たちの正体がばれていようがいなかろうが、関係ないのだ。釣り上げたものが掛け金か負債か、どちらだろうが


「なんて人だ……!」


 そうであれば、合点がいく。ラクレア商会を巻き込む形にしたのも計算づくだ。

 もっともらしい理由でけむに巻き、見事にあざむいてみせたのだ。けれど、彼は契約通りに働いて荷運びは果たす訳だから、誰からも責められるいわれはない。


 まさに悪辣あくらつと言える仕事振りだが、出来る運び屋とは斯様かようなものかもしれない。

 実に油断のならない曲者くせものだ。だが……!


「それではではないですか! 貴方あなたの言う通り、確かにここは切り抜けられるでしょう。だが、だが、貴方はその後のことをまるで考えていない! 裏の世界は、そんな甘いものではないでしょう!?」


 ──しかし、それも当人にとっては百も承知だろう。


 裏社会でまれて今日まで生き抜いてきた経験値は、トマスよりもはるかに上だ。 

 当然、いもあまいもみしめてきているに違いない……彼はにもならない感想をただぶつけているだけだ。


「……なんてのはちゃんちゃらおかしいが、言うなれば生き馬の目を抜くような業界だぜ? お坊ちゃんが如何いかにも好きそうな礼儀、正義、誠意ってのは無縁とまで言わないが序列は低い。だます奴は悪いが、騙される奴悪い。単純な世界さ。ああ、どっちがより悪いかって話じゃないぜ? 悪さは平等。公平さ」


 男は続ける。


「礼儀があるとすれば契約は対等に行う。正義があるとすれば成功には対価を払う。誠意があるとすれば──職務は忠実に行うってところかね」


「忠実に行った結果がこれだと!?」


「さっきからなんでそんな血相変えて……ははぁ、そういうことか。心配すんなよ、お前さんだって誰かにがせりゃいいじゃねぇか」


 男はトマスに顔を向けると、悪びれる様子もなく言い放った。

 それが彼の生き様、流儀なのだろう。頼む方も頼まれる方も、それを暗黙の了解として受け入れているのかもしれない──いや。


 いみじくも彼の言った通り、単純な世界ならば。

 勝っても負けてもうらごとを言いっこなしという、子供のような理屈がまかり通っているかもしれないのだ。


 そして、その勝者と敗者を分けるものとは最後にを引いたもの──

 それだけなのかもしれない。


「──内心は仕事をやめたがってる」

「……えっ?」


 唐突に。ぽつり、と男がらした。視線は前を向いていて、ぼんやりとしている。

 横顔からは真意が読めない──いいや、それはいつも通り、か……


「ラクレアも、ダフォール商会もだ。お前さんに分かり易く言っているんだよ」

「……やめたがっている、とは?」


 沈黙の後、トマスは静かに話の続きを促した。


内側うちのことは外側そとの俺よりもお前さんの方が詳しいだろうが、組織ってのも一枚岩じゃないってことさ。派閥だろうが取引相手だろうが、利益があるうちは共犯関係でいられるし、それならお目こぼしもあって協力関係は盤石だ。今の内ならまだ商売は成り立つ」


 男は続ける。


「だが、先は長くない……終わりはもう見えてる。戦争が終わって一体、何年だ? 中央は平和だし、南ですら小競り合いもなくなってきてる。潮時ってやつさ……今は南の方でも裏より表の看板の方が重要になってきてやがる……戦争に夢を見る時代は終わった、戦争って商売はもう時代遅れなんだってな……」


「……上層部うえが裏稼業をやめる決断をしたと? これがその荒療治あらりょうじだとでも?」

「これが、じゃない。これで終わらなきゃ、その次もある」


「見つかるまで繰り返すと?」

「悪事ってのは、そういうもんだろ」


 男は自嘲じちょうした。


「実際、お前さんのような真面目な人間が増えてきてるのが一種の答えさ。あ、別に悪気があって言ってるんじゃないぜ? 真っ当な商売で稼げるなら、それが世の中に一番いいはずだからな」


 ……どう答えるべきか分からず、トマスは返答にきゅうした。

 それで、その時の会話は終わった。


 相変わらず男は飄々ひょうひょうとしていて、真意はどこにあるのか分からなかった──




*****


<続く>


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