その後

 結婚相談所と言うものに登録した。

 結果は散々で、僕への評価はいつも最悪だった。


「もっと、相手に気を配って話題を振ったりしないと……」


 相談員の人は僕に丁寧に、女性に気に入られる方法をレクチャーしてくれた。


 あいにく、収入がまとまっている事で、僕を希望してくれる女性は絶えることはなかった。そのせいで僕の連敗記録はどんどんと更新されていく事になった。

 昔だったら他人に否定されて、人生に絶望して、死のうとか考えてたかもしれない。


 相談員の人がまとめてくれた女性からの苦情に近い感想を見て、僕はフッと笑ってしまった。


喋らない。

根暗。

無口。

私見えてる?

そもそも人間に興味ないんじゃないか?

コミュニケーションをとる気がみられない


 それはそれは罵倒の数々だった。


──どうして、そんな堂々と無言でいられるの?──


 その感想が目に入った瞬間、僕はピンとくるものを感じた。


 僕は相談員の人に「この人ともう一度会えますか?」と尋ねてみた。相談員の人は顔をピカソの絵くらい引き攣らせて、「言ってはみますけど……」とだけ返事をした。


「てか、ちゃんと喋れるじゃないですか」

「ええ、はい」

「なんで喋らないんですか?」

「そういう人を探しているんで」

「は?」


 後日。

「会ってもいいと言ってます」と、あまり嬉しそうではない口調で連絡があった。


「多分、文句言われると思いますよ。相当、気の強い方ですから」


 その週末、僕は再び、彼女と喫茶店で待ち合わせをした。

 お店に行くと、彼女は既に席について、ムスッとした顔を僕に向けた。

 僕は挨拶を済ませて、向かいに腰掛けた。


 ただ、黙って十分くらいが過ぎた。


「あの!」


 彼女は怒った顔で僕を見ていた。僕が文庫本を開いていたからだと思う。


「何考えてるんですか?」

「え?」

「婚活ですよね? なんで相手を無視して、一人で本を読んでるんですか?」


 僕は質問を考えた。

 ふと、お婆さんの顔が浮かんだ。


「嫌いですか、こう言うの?」


 女性は虚を突かれて「え」という顔をした。


「嫌いって言うか……おかしくないですか? 婚活ですよ」


 彼女はあまり上手くないメイクをした顔で僕をずっと見ていた。


「僕は好きなんです。こうやって誰かと静かに過ごすのが」

「は?」

「そう言う人を探してるんです」


 彼女はむず痒そうに考えていた。


「話しかけちゃダメなんですか?」

「お話があるなら聞かせてください」


 彼女はそれからずっと僕への文句を言い続けた。

 僕は文庫本を閉じて、それをずっと聞いていた。よく喋る人だなと尊敬した。


 彼女が喋っている間、退屈しなかった。


 文句を言い終わった彼女は『まだ何か言うことはあるか』と頭の中を探している様子だった。


「あの」

「は?」

「僕とまた、会っていただけませんか?」

「は?」


 翌週、僕たちはまた同じ喫茶店で会った。


 僕は黙ってまた文庫本を読み出した。

 すると、向かいの彼女はタブレットを取り出して、イヤホンをして動画を見始めた。

 僕らは何も話さないで、そのまま時間を過ごした。

「何を見てるんですか?」

 文庫本を読み終え、彼女に話しかけた。

 彼女はタブレットをひっくり返して、僕に見せてきた。画面の中で男性のアイドルが歌って踊っていた。いわゆるドルオタと言うものらしい。


 その話になった途端、彼女の口がぶっ壊れたように応援しているアイドルのことを延々と話し続けた。

 それこそ、夕飯の時間になっても喫茶店を出られない勢いで、僕に「これを見ろ」「これを見ろ」とタブレット内の動画を見せてきた。


 僕は黙って聞いていた。


 僕の無反応に埒が開かないと「今度、握手会に連れてってやる」と得意げに言った。


 窓の外は雨が降り出した。


 お婆さんに会えた日を思い出した。

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