「ハチも告ればいいのに」

 何のことだか分からなかった。

「とぼけても一緒やで。てか、私に気づかれてへんとでも思ってたん?」

 久々に会ったマキさんとのランチ。近頃、何だか忙しくって友だちと会うのは久しぶりだった。

 とりとめのない近況報告。その中の、"ハニーに彼女ができた"という話だったはず。

 なのに、『僕がハニーに告白すればいい』?

 何がどうしてそうなった。いろんなところがいろいろおかしい。おかしすぎる。だって、彼女ができたハニーに僕の気持ちは関係ない。そもそも、僕は男でハニーも男だ。なのに、「こくればいい」なんて。というか、告ってどうしろというのか。何のために告るのか。そこに誰かの幸せはあるのか。

 必死に言葉を探す僕に、彼女は薄く笑うとエビフライを頬張った。カロリーが気になるからと、タルタルソースはちょびっとだけにして。

「ハチがどういうつもりかは置いといて、」

 久々に会ったマキさんはほんのちょっと疲れているように見えた。

「私は告白できてよかったよ。告られたハニーがどう思ったかのかも知らんけど」

 ハニーと話していたときのような明るい声。顔を上げると黒目がちな瞳がじっと僕のことを見つめていた。明るく光るそれは真っ黒で深くて綺麗で、少し寂しい気持ちになった。

 それでも、僕は何にも言えない。ただ妙にのどが乾いて、お味噌汁を一口すすった。温かい味噌の香りが乾いた身体にすぅーっと染みた。

 だけど、もうしばらくは何ものどを通らないのだとぼんやり思った。祈りどころか呪いの言葉も。


――――――――――――――――――――――――――――――


 帰宅した僕は布団に突っ伏した。ご飯はまだ食べる気がしなかった。髪は濡れているので、いつの間にかお風呂には入ったみたいだ。

 真っ暗な部屋でじっとしていると、低い嗚咽がのどから響いた。枕を濡らす夜が現実に存在することに驚いて、可笑しくなって、ちょっと叫んだ。蒸し暑い小さな部屋には思ったよりも声が響いた。カーテンを閉めたままでよかったと思った。

 いつの間にか微睡んで、気づけば外が明るかった。幸せな夢も見たかもしれない。カラッと青い空はすごく爽やかで、まぶたは重く腫れていた。

 鏡の中にはパンパンになった寝起きの自分。精一杯微笑むと、鼻からチョロっと毛が飛び出した。久しぶりに見た鈍い黒。

 鼻毛カッターが見当たらなくて、指でぐっと引き抜いた。思ったよりもいっぱい抜けて、視界が涙でじんわりにじむ。錆の匂いも少しした。鼻から一筋、綺麗な赤がしたたって、小さいため息がこぼれでた。やっと息を吐けた気がした。何もかもが遅すぎた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

知らんことにしといて おくとりょう @n8osoeuta

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る