第27話 先約と魅惑のこの世のならざる誘惑

雨が降った。一瞬で止んだ。

その時にコクヨウはミケを連れて城の黒い門を抜けて、黒い森へ。

煌めく雨粒に、目を向けて。足元に跳ねて靴下に吸い付いてくる雨粒。悪い気はしない。

空は灰色だったが徐々に晴れて青空を混ぜていく。

「うん?」

空が、大きな雫のように、周囲の空を反射しながら落ちてくる、しかも大きい。

「なんですか、あれ」

コクヨウのほうは嬉しそうに眺めている。

やがて空から落ちた雫からバシャンと空の写しが弾けて。

二人の男女が現れる。あと、妙に愛らしい狐に近いが耳を垂れたり、フサフサの尻尾をリズミカルに上げ下げして楽しんでいるような白いツヤツヤと、モフッと毛並みの深い色の青い目。よく見ると片耳に金色の装飾をつけている。

二人の男女はコクヨウを見て微笑み、ミケを見て多少驚く。

「ほんとに女の子と出会ってたのね」

ミケと変わらない年の、桃色の髪の人が言う

「俺の子だ。女性には優しくしていると信じている」

「クロキ様と、トキ様ですか?」

若っ。

「父上、母上、お久しぶりです!」

コクヨウがミケの言葉から被せるように礼儀正しく言う。

「また立派になったな、コクヨウ。一年に一度しか会えず済まない、といつも同じ挨拶だな」

黒い髪に色素の薄い瞳をしたコクヨウに体型の近い父親らしき男が言う。

「ああ、もう一年、でもやっぱり長かったです。コクヨウ、まだ抱きしめさせてくれますか?」

桃色の髪の乙女と称してもいい可憐な母親らしき女性が言う。

「もちろんです、母上」

やっぱりクロキ様とトキ様らしい。

三人は寄り添いながら抱擁したり頭を撫でたりして接している。傍目には年の近い男女三人に増えただけ。

そして、

「ほう、珍しい呪だのう。あいつら、何も考えず土に帰れば良かったものを。若人になんとまあ、そんなに禍根があるのか。ちゃっかり生まれ変わって今はベイビーしとるくせに」

「動物がしゃべった?!」

ミケが驚く。

「よろしく神獣じゃ、もとはエルフじゃよ」

「あ!シノブさんのお話に出てくるロマンスのエルフさま?!」

「なんじゃか、そういう歌でもありそうだが、まあ、うん。わしが老人達を出し抜き、自らの行いと魔術師の悪行に決着をつけた!今はトキの守り神の神獣じゃ。さて、わしの千里眼によるとミケ……」

青い双眸にやさしく眺められ、

「本来は元気溌剌で、みなを笑顔にする特別な女の子、そんな感じじゃ」

「?、私は健康ですが、私のせいで傷ついた人がいるかもしれませんので、そのような性格ではないと言いますか……」

神獣さま、さっそく外してます。

戦える限界まで産婆たちと母がいる小屋を守り続けたコーラル。その姿を想像する。

「それは、お前のせいでは無い。まだ生まれてもいないのに。生まれていないといえば、デリケートな存在がおったな。コクヨウよ、呪の調子はどうじゃ」

真っ白な愛くるしい獣から次々と真実が聞けそうである。

「ミケに出会ってから、しばらくはなんともありません。楽です。初日は二回発作がありましたが」

「ふむ、惚気ではなく、混じり気のない真面目な本心のようじゃな」

クロキとトキも、心配そうだ。

発作ならつい最近、ミケが村に帰ろうとした時もあったけど静かにしていよう。

いつもこんなふうに、人目を忍んで一年に一度会っていたのか?

「コクヨウよ、その呪は特殊じゃ。むしろ、命を削りながらもお前を守っている」

「どういうことです、神獣エルフ様」

細い線の体躯が素敵なクロキ様が息子へ向けて

「コクヨウ、もう十六歳だ。俺たちが時渡りをし出した年齢と同じ。お前が世の暗い声に苦しまないように全てを明かそう」

トキ様のほうは心痛を感じているように表情が曇っている。いつも美しく笑っていてほしい印象があるだけにこの女性のこの表情は辛い。どちらも魅力的だ。

(これが聖人と仙女……)

それに比べて私の存在と髪は。

「ミケ、おぬし。おぬしは醜くはないぞ。星の輝きが見える。今までよく周りの期待に応えて元気に生きた。十七歳、おめでとうな」

「〜〜〜神獣さまぁ……」

陥落。

「この人たらしが」とクロキ。

「これクロキ、毎度毎度わしのおかげでトキが守られているのを忘れるな。お前の左手でしか出せない軟弱な衝撃波よりもわしの万物の流転のほうが遥かな脅威よ」

クロキは涼しく受け流している。一方トキは日々の感謝でにこにこ。

「父上、母上、世界をより良くしようと渡り歩いてくださっているのはわかっています。しかし、どうか、もう戻ってきてはくださいませんか?城が立ち行かないわけではありません。連れてこられる事情のある子供達のこともいいのです。ただ……」

十五歳の少年、いや、もう十六歳。わがままは言えないと思いつつも、

「運命の相手のミケと呪を解き合いたいんです」

足を滑らせて近くの水たまりに浸かりそうになった!と。

ミケの体を力強くも体を痛めないように優しく受け止める、白銀の髪をした耳飾りがエキゾチックな印象の青年。神官が着るような服だが、ところどころ眩い肌が見えて、けしていやらしくはないのに色気がある。

「この世の乙女を、すべて、陥落させてしまうわし。罪深い」

わかる。神獣さまだ。神獣様なのに。甘い声で、言葉が入っただけなのに、首筋がくすぐったくて、恥ずかしい。あの日、ログハウスでコクヨウにカップに手を添えられた時と似ているが、それの比ではない。

(なんか、少女とか女とかそういう自分の本能がこの人を求めてる。えっちだ……、やばい)

「なんだ、ミケ。好きになってもかまわんぞ。その三毛猫を思わせる愛らしい呪、わたしが、解いてもかまわん。ちゃんと段階を踏む。愛おしさで胸が詰まるぞ」

顔を撫でられて、心地よい冷たさに、自分がもう、「男性」に興味を持つ女なのだと自覚する。

「神獣様、ぷれいぼーい、すぎます」とトキ様。

「トキはどうせクロキ一筋ではないか。あんなに口説いたのに、朝も、昼も、夜も。そんな痩せた男のどこがいい」

「すべてです」

「ほら、ここも惚気る。と……」

コクヨウが、口をぱくぱくしながら、男性に変化した神獣と娘・ミケを抱える図を見つめている。

「あー……、クロキ、トキ。コクヨウにはまだ刺激が強いらしい」

二人はなぜか、恥入りながら、

「そ、そうですか、コクヨウ。神獣さま、そ、そろそろその子を離してやっては……?」

「あー、ゔゔん!まあ、個人差というかまったくそういった欲を抱かない者もいるらしいし、……コクヨウは、気になるか?」

急にかたやもじもじ、かたや息子の成長具合を探っている印象。

(昔の人は!結婚がはやい!)

というか展開がはやい!いろいろと!

シノブから聞いていたからわかっているものの。

コクヨウは二人の蜜月を知っているのだろうか。

……なんだか、親の見てはいけない部分を見てしまったような子供の表情をしている。……知っているらしい。

「しばらくは滞在できよう。城でももうコクヨウのような特殊な出産などがあるわけでもなし。なんだったら、時渡り、世界の冒険、一旦停止かの。各地の魔術師がまあ、今回はベイビーながらにエンジョイしとるし」

「神獣様、ちかい……」

ミケの後ろ側に周り背後から、その腕をミケの肩に優しく回して緩く抱きしめるようなカタチを取っている。

顔が真っ赤だ。

ミケの。

「男を意識するのは初めてか?ミケ?もう十七だろう。まあ女に年のことをあれこれ言ってはいけないな。ただ、魅力的だと言いたい、と。どうやら、男に触れられてナニか感じたのは初めてではないらしい、だれじゃー、わしのこの姿に見惚れる前にお前に甘い痺れを走らせたのは。どの男じゃ?」

!、覗かれる!

緩く組まれた腕を解くために触れると存外、力が入っていないためか、かたい感触でも、するりと解いてもらって。

「うん。欲しいな。ミケ。お前が欲しい。わしなら大体の呪を解いてやれる『特別な人』と言うやつじゃ。人のものほど、魅惑的にうつるわけではないが、わしはもう、我慢したくない。どうかこの哀れなエルフに、」

近づかれて、頭を抱えられ、腰に手を優しく添えられて、耳元で「愛を狂おしいまで注がせて欲しい」。

色恋や男女の営みがわからないミケではない。背中から痺れて砕けて地面に落ちそうになるのを更に神獣様にがっしりと受け止められて。

「これより先があると知っているなら、感じてみたくはないか?」と蠱惑的にエロティックに口説かれる。

ミケの頭の中で村のお姉さんたちから教えられた性知識がぐるぐる回って混乱する。

「ははっ、そんな、かわいらしい『お話』より、現実は生々しくて」

また耳元で呟かれる。

「焼けて蕩けてしまいそうなほど、おぬしは泣く。それくらいに、淫らで、後には引けない疼きが一生刻まれる」

「……や、ぁ」と神獣に目覚めさせられたミケは身体中を熱くして鳴く。

クロキとトキはもはや仕方なしと見ているが。

コクヨウが冷静に。

「神獣様、ミケは俺が先約を入れております」

なんて言う。

これには夫婦二人が度肝を抜かれた。

「きちんと、段階を踏むのはいいことだ」

「コクヨウ!ならはやく神獣様からミケさんを引き離さないと!」

夫婦と息子の温度差が違う。

「あくまで、一緒に呪を解こう。そのために、俺がミケを手に入れる。そんな話です」

「そんな、乱暴すぎますよ、コクヨウ!クロキ様ですら、……なんでもないです」

隣で腕組みをしながら瞼を閉じ、何か思い出しているような、かつての葛藤を思い出しているようなクロキ様。

「ああ、そうか、ミケの呪は単体で解けても、コクヨウの呪が関わると一気にこじれて、二人の呪が解きにくくなる。

「なぜです、神獣様」

コクヨウは納得いかないで雨粒の飛ぶ風に吹かれ、黒髪を揺らし、その黒いまなこを疑心のようなものを込めて相手を見遣る。

「呪のこと。両親の帰還のこと、そして……」


デュラハンの事件のことだろう。





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