第23話 「いつかこの呪がとけるまで」

村へと帰ろうと門を出ると

「どこへ行く?!」

コクヨウが血相を変えてやってくる。門の前で止まってこちらを見る。

「村に帰るんですが」

「!、そうか、べつに気にもしないが」

と言ってから拳に力を込めて額に汗をかく。

「いま、発作があったでしょう。なぜ隠すんです」

「〜〜〜嘘をついたり、痩せ我慢をすると出るからだ!」

正直だとこの痛みは来ない。

「ここ数日は起きなかったのに」と苦々しそうに息を上げる。

「はやく呪をお互い解きましょうね。そんなに辛いのなら命を削りかねない気がします。いえ、現に削っているとシノブさんから聞きました」

「?、村に帰るんじゃないのか?」

「?、ええ、父やコーラルというお世話になった人の顔でも見に」

「……なんだ」

「一緒に来ます?」

「いや、門の外は、なぜか怖い」

「え?でも、五歳くらいの時は村で私を轢きかけたじゃないですか」

「それは、乗っていた俺の責任になるのか?」

「ああ、さて、どうでしょう。当時の御者?まあ、みなさん、事情があって出られないみたいですね、私は行きます」

遠ざかるミケの背をコクヨウが、何か訴えるように見てくる。


「おや!ミケじゃないか!お城の連中はどんなだった?酷い扱いは受けてないかい?」

「御伽話がたくさんのいいところだよ。メアリーっていう友達ができた」

「へえ!西のものか!どの地域だろうな。これもクロキ様とトキ様のおかげだな」

「コーラル、その二人を知ってるの?城のコクヨウ様のご両親らしいけど」

「ここじゃあまり話には出ないけど有名だよ。なんたって、世界を変える運命の恋をした二人!百年互いに触れ合わず、世界の命運を賭けて頑固で強固な魔術師たちに挑んだそうじゃないか!いまじゃ老いも超越した、時空と世界を旅する人々の救世主だとか。わたしもスカウトされてこの東の国へ来たんだから」

だいぶ誇張が効いている。

「コーラル、ごめんなさい」

「なんだ、どうした、急に」

「言い辛いけど、ずっと腕のことを気にしていたの」

コーラルが、腕のない袖を揺らしながら

「いろいろ城で考えることがあったみたいだけど、これはね、わたしの油断だよ。それに神獣様の予言にもあったんだ。たとえ、西で幸せになれず、東で大切なものを失うとも、今まで待ち望んだ宝を毎日その腕にだける。自分のもののように感じる。だから選んでみろってね。東であの妖精に出会うとは思わなかったが、あんたの親代わりになれた。幸せ者だよ。もう一人の幸せ者にも会って帰るんだろう?」

「コーラル、昔の『結婚』で生まれた私は幸せ者なの?」

「そいつは大切な話だから道端じゃなくて私の家で紅茶かコーヒーでも飲みながら聞いてやりたいね。でも、少なくとも、あんたの母親の方は、大きなお腹が愛おしそうだったよ。さて、どうする?」

「お父上に会いに行ってくる」

「はははっ、なんだその言い草は!」

石畳を歩いて、何度かお使いした思い出を思い出す。

あれは、なぜだったんだろう。不思議な髪の娘は隠しておけば良いのに。

パン屋の看板の前まで来る。

「お父さん、ただいま」

父が驚いたようにこちらを見る。暇なのか、麺棒でパン生地を伸ばしている。

「クッキーとかも作っておけば?せっかく三食の生地を、用意して……」

不意に思う。どうして父がいつも三食のパン生地を用意してマーブル模様や、互いが中心へと向かうような色合いの薔薇の模様パンを作るのか。

「オレンジピールパン、胡桃パン、お城で宣伝したら好評だったのよ。でも、もしかしたら、こっちのパンの方がいい……」

「なんで帰ってきた」

これは、ぶっきらぼうなのか、嫌われているのか。

分からないけれど。

「いつかお母さんのこと、教えてね」

すぐに扉のベルを鳴らして店を出る、と。

また戻り。

「友達にお土産買ってくわ」


やがて、本屋へ寄り、海辺に住む作家の書いた人魚のお話などの美しい表紙を見ながら。

「いつかこの呪がとけるまで」という、絵本を買っていく。紙袋に片手には絵本。

コーラルとのお茶会はまた今度でいいか。パンが痛むわけではないが食べ物だし、はやく届けたい。クリームを使ったものもそういえばあったかも。


長い道のりの草原を抜けて黒い門に黒い森。そしてまた黒い門に黒いお城。いっそ白かったらと思いながら自身の髪を思い、

(なかなか思い通りの色なんて、手に入らないよね)

もし髪色の運命がこの手に入るなら自分は何色にするだろう。

途中の庭でダンに会う。

「ダン、さん。いま手は綺麗?」

「年上だからって気にすることないよ。まあまあ綺麗かな」

「うちのパン屋のパン、選んで食べてってよ」

「やった!パン屋さんのパンなんて何年振りかな?どれ食べていいの?」

「うーん、模様があるパンはメアリーに見せたいから、このバターパンなんてどう?」

「バター系統のシチューやクッキーは大好きだ!それにするよ。ありがとう。メアリーには絶対見せてあげて」

つづいてメアリー。

「十個はあるじゃない!」

「そう、だから好きなものを好きなだけ食べてもらわないと余って捨てることになるわ」

嘘だ。硬くなっても熱々のシチューを貰ってひたしてお行儀悪く食べる。

「えっ、えっ、じゃあこのクリームの挟まったパンとオレンジピールと、胡桃パンと、あ!レーズンパンもあるう!」

意外と健啖家なのかもしれない。

「ちょうど、お腹の空く時なのよ。あなたも女なら時期的なもので食べたく無かったり、吐いちゃったりする気持ちわかるでしょう?」

「え?!メアリーつわり?!」

「ちがうわよ?!月のもので女はいろいろ好みというか気分の問題で大変な感じになるの!ねえ!一緒に食べましょ!先輩たちはどうせ、毒味後に熱々のビーフシチューや焼きたてのパンをこれでもか、って食べてるんだから!」

「そ、そう?いろんな人にいろんなパンを見て欲しかったのだけど」

「なら、がめつくて悪いけれど、また持ってきてよ。お金は出すわ。ここで働いてると貯まるのよね。それとまあ、今度ダンと、男の使用人と一緒にボディガードしてもらいながら城下の村と町、行ってみるから案内して。私も、外に目を向けないと……」

「どうして?」

「フラれたのよ。コクヨウ様に」

ミケが動きを止める。メアリーはぱくぱくお気に入りのパンから食べていく。

「このクリーム!ホワイトチョコレートも混ぜてあるでしょ?純粋にクリームを味わうなら邪魔な気もするけど、悪くないわ。女の子にはウケる。やりい、食べてやったわ。」

「だいじょうぶ?」

「ああっ、ぞんざいに食べて悪かったわね、美味しいのはほんと。次二個目。三個はいけるわ。あとでお金渡すわね」

「いいよ、好きに食べて。それより、聞いていい」

無言でもくもくと食べながら、

「最初は良かったのよ。私がハーブ園のコクヨウ様に『いまお時間いいですか?』って、あなたとコクヨウ様のログハウス事件の事から、考えて考え抜いてのお誘いだったの。そしたら『かまわない』って!はじめて相手にしてもらったわ」

甘いものがとにかく欲しいのか、次はチョコチップパン。

「それで、愛していますからどうかこの気持ちに応えていただけないでしょうか、って。正直、二人の水の国の占いは、わかってたけど、気持ちが欲しかったのよね。所詮、占いよ。呪が解けたらわたしと一緒になってください、それか、呪が解けるように私も、ミケとの関係を一時的に応援します」

たまらなかっただろう。

チョコチップパンの半分で、メアリーは無表情になり、

「そしたら、コクヨウ様は、私を抱きしめてくれたわ」

チョコチップが一つ落ちる。

「何が何だかわからないけど、嬉しかった」

でも

「『ちがう』」

食べかけのパンを眺めて

「つらつらと語るの。自分の中に、一人の少女がいる。それを抱きしめる。そんな妄想をする。それを毎晩繰り返すと、悪夢が遠ざかるんだって。本当だったら悪夢を呼び寄せてもおかしくないのに。それで、つぎは思うんだって。髪に触れたら、どんな反応をするのか想像がつく。けど怒られそうだからやらない。かけてみたい言葉がある。どんな答えだかわからない。天真爛漫な娘じゃないからな、って」

そこで、またパンを咀嚼し始めて二個目を食べきる。

パンくずを指から落とす。話の続きはまだあるの、と佇まいで語ってくる。

「あなたの前では、私は、天真爛漫な、一生懸命な娘でおりました。仕事も、コクヨウ様の事も精一杯、思ってきたつもりです。でも、その娘は、私ではないんですね?って静かに聞いたの」

そうしたら

「恋も愛もわからない。お前が、……コクヨウ様に私が執着する理由もわからない。ただ、心に浮かぶ人間は、確かにあの日から違う。気づいたらずっと考え続けて、その思いに素直でいるとね?発作が出なくて楽なんだって。生きやすいんだって」

そんなふうに言われたら、幸せに二人で生きていきたいのに、これが、片思いだってわかる。

でも、諦めきれない気がする。

「だから、村か町の恋占い、試してくるわ。もしかしたら、西の国の王族の生き残りかもね!まあ、気に入らなかったらコクヨウ様から離れないけれど」

三つ目のパンは食べなかった。

「じゃあね、あとでお金わたすわ」

……なんだろう、友達との距離が開いてしまったような気がする。

心に浮かべるのはコクヨウやシノブや、使用人、父。ではなく。

コーラルと、お友達とのこと喋りたかったな。

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