第6話 共通点

「東くんがいなくなっちゃったから、私、どうしたらいいか分からなくて」

 その日の昼間、五回目の女子会が開かれていた。

「わたしもです。まさか、こんなタイミングで唐木くんがいなくなるなんて、考えても見ませんでした」

 佐藤さんとわたしがそれぞれに訴えると、竜野さんは腕を組んだ。

「そうよね。残っているのは、長谷川さんと間宮くん……正直、どちらも難しいわよね」

「同性愛者とサイテー男。矢田さんもないなって思いましたしねー」

 と、梨央ちゃんが言い、わたしはため息をつく。

「恋愛という意味で愛を育むのは、もう無理そうですね」

「同感だわ」

「でも、それならどうするんです? 友愛?」

 ちらりと佐藤さんの方を見て、わたしは言う。

「佐藤さん、もっと仲良くなりましょう」

「えっ、本当に友愛で?」

 驚く彼女だが、竜野さんも梨央ちゃんへ言った。

「梨央ちゃん、あたしたちもそれを目指すしか無いわ。たぶん、そっちの方が手っ取り早い」

「だよねー。やっぱ、そうなっちゃうよねー」

 全員が乗り気でないのは確かだ。しかし、そうして「愛を育む」しかない。

「わたしは佐藤さんのこと、友達だと思ってます」

「あ、ありがとうございます。私も、一応は……」

 と、佐藤さんがそわそわした様子で返す。

「それなら、今夜は一緒に飲みましょう」

「え、飲み?」

「ええ、三階に美味しいお酒があるので、グラスを持ってきて二人で飲みましょう」

 わたしの提案に佐藤さんはどこか、遠慮がちに微笑んだ。

「分かりました。でも、お酒はあまり飲めなくて」

「それなら無理しなくていいですよ。空のボトルにジュースを移して、持って来たっていいんだし」

「あ、その方がいいです。そうします」

 佐藤さんがほっとした顔をし、わたしは笑みを返した。

「じゃあ、決まりね。場所はわたしの部屋でいい?」

「はい、大丈夫です。夕食の片付けが終わったら、行きますね」

「うん、待ってるね」

 どこまで距離を縮められるかは分からない。でも、佐藤さんとは一度、二人きりでじっくりと話をしたかったところだ。間宮くんのこともあるし、支えになりたいと思っていた。


 二人が抜けたことで係も減ってしまった。しかし、食事は二人でどうにか作れるし、掃除だって元々きちんとやっていたわけではない。変わらず継続していくことになっていた。

 夕食を終えて、わたしはさっとお風呂を済ませた。ゆっくり入ってもかまわなかったが、なんとなく早く上がってしまったのだ。

 佐藤さんの仕事が終わるまで、まだ時間がある。先に軽く一杯やろうと思って三階へ向かうと、バーカウンターに男性たちが集まっていた。

「あっ」

 もしかして邪魔してしまっただろうかと思い、わたしは思わず躊躇ちゅうちょする。すると、気づいた乱橋さんが振り返った。

「若島さん。どうしましたか?」

「えっと、その、お酒を取りに」

 と、わたしが答えれば、残り三人の視線がこちらへ向く。グラスを手にした長谷川さんが言った。

「ああ、俺たちだけで占領しちゃって悪かったな」

「いえ。部屋で飲みたいと思っていたので、すぐに失礼します」

 そそくさとわたしはカウンター内へ入り、手近なボトルとグラスを一つ、手にした。

「で、さっきの話の続きは?」

 と、矢田さんの声がする。

 わたしはすぐにバーカウンターから離れたが、間宮くんの話すのが聞こえた。

「今狙い目なのは、梨央ちゃんだと思います」

 大変なことを聞いてしまった。しかも、狙い目って……やっぱり、佐藤さんに対する好意には裏があった、ということだろうか。彼の話を他の三人がどう思うかは分からないが、間宮くんはこりない人である。

 何だか気持ちが落ち着かなくて、そわそわしてきた。わたしは足早に階段を降りると、まっすぐに自分の部屋へ戻った。


 しかし、考えてみれば当然だ。わたしたちが女子会をやっているように、彼らも集まって話をしたいときくらいあるだろう。クリアするにはどうするか、という話題になるのも不自然ではない。

「でもなぁ」

 梨央ちゃんが彼らに狙われている、となると嫌な気分だ。こっちは友愛に的をしぼったところなので、男女間でちぐはぐになっているのも変だし、困ってしまう。

 部屋でのんびりとお酒を飲みながら考えていると、扉がこんこんとノックされた。

「どうぞ」

 と、声をかければ、佐藤さんである。その手にはジュースの入ったボトルとグラスを一つ、持っていた。

「お邪魔します」

 彼女がそっと中へ入ってきて、わたしの方へ寄る。

 テーブルへ手にしたものを置いてから、向かいの席へ腰掛けた。

「何だか、変な感じですね」

「ふふ、そうだね。けど、あなたと一度、こうしてじっくり話をしたいと思ってたの」

 わたしがにこりと微笑すると、彼女は恥ずかしそうにした。

「嬉しい、です」

「タメ口で話していいよ。年齢も気にしないで」

「え、でも」

「いいから。その方がいろいろ話せるし、これからは下の名前で呼び合おうよ」

 わたしの提案に、彼女はぎこちなくうなずいた。

「う、うん、分かった」

 グラスへお互いに飲み物を注ぎ、わたしは言う。

「それじゃあ、乾杯」

「うん、乾杯」

 グラスを軽くぶつけ合い、それぞれに口をつけて飲む。

「それにしても、ここでの暮らしにもすっかり慣れてきちゃったね」

「そうだね。最初は、スマホがなくて不安だったりしたけど、なんかもういいかなって感じ」

 ひばりちゃんがくすりと笑い、わたしは返した。

「なくても案外、どうにかなるものだよね」

「うんうん。時々は、家族や知り合いに連絡したくなったり、ゲームのことを思い出したりもするけど」

「ああ、分かる。予定されてたイベント、やりたかったなぁ。推しキャラのピックアップ期間も、もう終わっちゃったし」

 それまで日常的にやっていたゲームのことは、やはり惜しく思う。

「えっと、月葉さんって課金とかしてた?」

「いや、さすがにそこまでではないよ。でも、コラボカフェには行った」

「あ、そうなんだ。ちなみに何のゲーム?」

 ひばりちゃんが興味深そうにたずね、わたしは答えた。

「永久の休暇、ってやつ」

「あっ、トワキュウだ! わたしもちょっとだけやってたよ」

「え、本当? 嬉しい!」

 まさかの共通点が見つかった。わたしは思わず嬉しくなって、彼女へたずねた。

「どこまでやった? 推しは?」

「えーと、確か第三章までだったかな。推しは夏くんだったんだけど、レベル上げがきつくてやめちゃった」

「へー、そっか。確かに、コツコツやっていかなきゃいけないから、大変だよね。わたしは雪くんが推しなんだけど、この前久しぶりに新カードが出たところで」

「えっ、もしかしてキャラ増えてる?」

「増えまくりよ。最初は八人しかいなかったのに、今では三十人くらいいるもん」

「うわあ、大変そう。月葉さん、よく続けられるね」

 と、苦笑するひばりちゃんだが、ふと気づいてしまったようだ。

「あれ? 雪くんって確か、ミステリアスでぶっきらぼうな感じの……」

 我ながら情けないが、認めるしかなかった。

「うん、矢田さんとちょっと似てる」

「そっか、それで気になってたのね!」

 と、ひばりちゃんが目を丸くし、わたしはお酒をぐいっと飲む。

「現実と二次元を一緒にしちゃダメなのに、どうも似たタイプの人を好きになっちゃうみたいで。ああ、今はもう、矢田さんのことは何とも思ってないんだけどね」

 言い添えつつも、わたしはため息をつく。

「実は、元彼もそういう人だったんだ。三年も付き合ったのに、浮気されて別れちゃった」

「そうだったんだ……」

 思い出すと嫌になる。でもこの際だから、はっきり言ってしまうのもいいか。

「その浮気相手がね、モデルみたいにめちゃくちゃ可愛い人だったの。わたしとは全然タイプが違うのに、すっかり惚れちゃったみたいでさ。だから、わたしも元彼なんかより素敵な人を見つけて、幸せになってやるって思って」

 わたしが婚活合宿に参加したのは、元彼への復讐ふくしゅうのようなものだった。唐木くんに惹かれていたのも、今にして思えば、同じことを繰り返したくないという意地からである。

「それなのに、こんなことに……」

 またため息をつくわたしへ、ひばりちゃんは優しく言う。

「わたしはね、彼氏が全然できなかったの。正直に言うと、これまでに一度も恋愛経験がなくって」

「え、マジで?」

「うん、マジなの。だから、婚活合宿に参加すれば、男性とお付き合いできるかもって」

 なるほど、そんな思惑が合ったのか。でも、そうか。腑に落ちて、わたしは少し身を乗り出した。

「ひばりちゃんってさ、まだ垢抜けてないよね」

「……うん」

「たぶん、そういうところが、間宮くんから見てすぐに落とせそう、って思われてたんじゃないかな?」

 彼女はショックを受けたように目をみはり、手にしたグラスを見つめた。

「そう、かもね」

 簡単な女だと思われてたんだ――つぶやくように放たれた言葉を、わたしは明るく流した。

「でも、大丈夫。わたしたちがもっと仲良くなれれば、きっとすぐにここから出してもらえるよ」

 にこりと笑みを浮かべるわたしを、ひばりちゃんはおずおずと顔を上げて見た。それから、にこりと微笑む。

「うん、そうだね」

 このゲームはとにかく「愛を育む」ことさえ、できればいいのだ。恋愛でなくてもいいのだから、まだ希望はあった。


「しっかし、運営の目的が分からねぇよなー」

 次の昼間、空になった食器を回収している時だった。

 めずらしく早起きの矢田さんがそう言った。

「こんな時間に起きてるなんて、めずらしいですね」

 と、わたしが冷めた調子で言えば、彼はこちらへ視線を向けた。

「生活リズムが、ちょっとずつ戻り始めてるんだ」

 今さら生活リズムを戻されても、と口に出しそうになったが耐えた。

「そうですか」

 とだけ返して、回収した食器を厨房へと運ぶ。

 すると、何故だか矢田さんが後ろをついてきた。

「あいつらが友達でクリアしちまったら、誰も恋愛なんてしたがらねぇに決まってんじゃんな」

「はあ」

「ということは、恋愛リアリティショーを見たかったわけではない。じゃあ、何が目的だ?」

「知りませんよ」

 厨房のシンクへ食器を置き、わたしはたずねた。

「それより、矢田さんってわたしにばかり、話しかけてませんか?」

 勝手に中へ入ってきては、適当なスツールに座った彼は、「同じ匂いがする」と、答えた。

「どういう意味です?」

「お前、オタクだろ」

 わたしは返事をせずにスポンジを手に取った。軽く水で濡らしてから洗剤をたらす。

「もしくは腐女子」

「違いますっ」

 と、思わず否定してしまって、わたしははっとした。

「やっぱりそうか! 何か話しやすいなって思ってたんだ」

 矢田さんがけらけらと笑い、わたしはむっとする。

「オタクなのは認めますけど、腐女子ではないですからね? どちらかというと夢の方だし」

「あー、そっちな。オレはただの漫画オタク」

「そうですか」

 矢田さんが漫画オタクだなんて思わなかったが、言われてみれば納得もする。

「デスゲーム系もけっこう読んできたが、実際のデスゲームがこんなに何の情報もないなんてな」

「運営からの接触も、まだ二回だけですもんね」

「とんでもないイベントやトラブルが起きるわけでもねぇし、まだ誰も死んでないしなー」

 さらりと怖いことを言う彼だが、デスゲームといえばそういうものである。

「そもそも、これって本当にデスゲームなんですか?」

 ふと疑問に思って振り向くと、彼は首をひねった。

「うーん、違うのかもな」

 じゃあ、何なのだろうか。

「けど、クリア条件さえ達成できれば、外に出られる。生死のかかったゲームではなく、金がかかっているわけでもない。やっぱり分からねぇな」

 怪訝そうにする彼から視線を戻し、わたしはぽつりとつぶやく。

「人の死なないデスゲーム、なんて変ですよね」

 いったい何が目的なのだろうか。運営はわたしたちをどうしたいのだろうか。

 矢田さんは立ち上がると、わたしのすぐ後ろへ来てささやいた。

「オレたちの中に、運営がまぎれているかもな」

 はっとしてそちらを見たが、矢田さんはもう背中を向けており、外へ出ていってしまった。

 そんな、わたしたちの中に運営が……? フィクションにはありがちな展開ではあるけれど、それならいったい誰が?

 ちっとも見当がつかず、わたしは黙って食器洗いに集中した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る