本当の気持ち

三鹿ショート

本当の気持ち

 差し出した私の手を、彼女が握ることはなかった。

 ゆえに、私の愛の告白を受け入れるつもりはないということなのだろう。

 友人から一歩先の関係へと発展させたかった私の想いは、見事に砕け散ったということになる。

 明日からどのような顔をすれば良いのかと思いながら、彼女の表情を見る。

 私は、その表情の意味が分からなかった。

 何故彼女は、嬉しそうな顔をしながらも、涙を流しているのだろうか。

 呆けた様子で彼女の顔を見つめていると、彼女は制服の袖で涙を拭い、謝罪の言葉を吐きながらその場を後にした。

 私は彼女の姿を目で追ったが、その場所から動くことができなかった。


***


 気まずさのためか、私は彼女に声をかけることが出来なくなってしまった。

 勇気を振り絞って接触しようとしたこともあったが、私が近付くと、彼女が足早に去ってしまうために、私は何度も心を砕かれた。

 結局、私の愛の告白以来、互いの声を耳にすることなく、学生という身分を失ってしまった。


***


 久方ぶりに実家へと戻り、地元に残っていた友人と食事をしていると、不意に彼女の話題が出た。

 今でも彼女に対する想いを引きずっている私にとって、あまり耳にしたくはない話題だったが、私が止めるよりも前に、友人は口を動かしていく。

 黙って聞いていたが、友人のその話を、私は信ずることができなかった。

 彼女に関するその話が真実なのかを問うと、友人は迷うことなく頷いた。

 私は財布から紙幣を取り出し、洋卓に叩きつけると、飲食店を飛び出した。


***


 彼女の実家の庭は荒れ放題で、人間が住んでいると思うことはできない。

 だが、呼び鈴を鳴らすと、中から一人の男性が姿を現した。

 衛生的とは言いがたいその男性に対して、私は彼女のことを訊ねた。

 男性は彼女の名前を耳にすると、嫌悪感を露わにしながら舌打ちをした。

 いわく、彼女は数年前にこの世を去ったということだった。

 それは友人から聞いていたために、私は理由を問うた。

 男性は大きく息を吐き、それは本人だけが知っているとだけ答えた。

 納得することができない私は、男性に詰め寄った。

 私の剣幕に気圧されたのか、男性は自身の想像を語り始める。

 しかし、私はその内容を最後まで聞くことができなかった。

 何故なら、話の途中で私が男性を殴っていたためである。

 倒れた男性に馬乗りになり、私は無抵抗の相手を殴り続けた。

 気が付けば、私は制服姿の人間に取り押さえられていた。


***


 制服姿の人間に事情を話したところ、私に同情を示してくれたが、私の行為を看過することはできないと告げられた。

 それは当然だろうが、あの男性もまた、逮捕されるべきではないか。

 男性は、己の性欲を発散するために、何年も娘を苦しめていた人間だからだ。

 私がそれを伝えると、制服姿の人間は驚いたような表情を浮かべた。

 しばらく悩むような様子を見せた後、部屋を後にすると、やがて私の見知った人間を連れて戻ってきた。

 それなりの立場の人間と化した私の父親は、制服姿の人間に頭を下げた。

 制服姿の人間は、私を連れて帰っても良いと私の父親に伝えると、部屋から出て行った。

 私の父親は、私を叱ることなく、手紙を差し出してきた。

 いわく、彼女が自らの意志で生命活動を終了させた現場に存在していたらしい。

 その手紙は、彼女が私に宛てたものだった。


***


 手紙には、彼女が味わっていた苦しみの内容が事細かに記されていた。

 読んでいるだけで腹立たしさを覚え、今すぐにでも彼女の父親を再び殴りに向かいたくなるようなものだったが、最後まで読んでから実行することに決めた。

 やがて、内容は私に対する彼女の想いに変化していった。

 其処には、彼女もまた私に対して愛情を抱いていたことが書かれていた。

 それならば、何故私の愛の告白を受け入れなかったのだろうか。

 その疑問に答えるかのように、彼女の手紙には、理由が記されていた。

 彼女が私を受け入れなかった理由は、己の身体が汚れていると考えていたためらしい。

 父親の捌け口と化したことで、彼女は己の身体にこびりついた汚れは永遠に除去することができないものだと考えていたようだ。

 そのような自分が恋人と化せば、その汚れが相手にも付着してしまうのではないかと恐れたために、彼女は私を受け入れなかったということだった。

 だが、彼女は私の愛の告白が嬉しかったと、確かに手紙に記していた。

 だからこそ、私が愛の告白をした際、彼女は喜びと悲しみが同居したかのような表情を浮かべていたのだろう。

 私は、彼女の手紙を握りつぶしながら、涙を流した。

 近所の人間に聞こえるのではないかと思うほどに、声を出して泣いた。

 やがて、私は台所へ向かい、包丁を手に取ると、家を飛び出した。

 行く場所は、決まっていた。


***


 彼女が笑顔で近付いてきた。

 差し出された手を掴むと、私と彼女は並んで走り出した。

 これが現実ではないということは理解しているが、それでも構わなかった。

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本当の気持ち 三鹿ショート @mijikashort

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