20話 激戦・ハルカヴァル2

 僕は夜道を走り抜ける。時計塔への道が、なんだか長く思えた。

 月光に照らされた塔は昼間に見た時と違って、どこか暗い雰囲気を漂わせている。


「急がないと……っ」


 僕は下唇を噛み締め、時計塔の中に踏み込む。


 内部からは、ゴンゴンと深くゆっくりと機構を動かす音がした。それを横目にしながら螺旋階段を駆け上がり、中腹の操作盤へと足を踏み入れる。

 そこには腕を組んで険悪な空気を放つ大男がいた。


「夜風が気持ち良いですね。グルフ団長」

「……客人じゃないですか。どうしたんですか?」

「下手な猿芝居はやめて下さい。僕は全部聴きました。貴方の計画も、このハルカヴァルで起ころうとしていた悲劇も」


 僕がそう言い剣を突きつけると、団長は太い声で笑った。


「はぁ……。そこまでバレてたのか。ったく」


 団長も剣を抜く。その剣は月光に照らされ怪しく輝いていた。


「でもよ、俺達の……いや、俺の計画は、ガキ一人に止められて良いもんじゃねぇんだ」


 団長は魔剣の剣身に手を触れ色素を溜めていく。どうやら、魔法と剣、両方使える人のようだ。厄介だ。


「だからよ、ここで死んでくれや。お前には悪いけど、夢半ばで死んでくれ」

「この街を護るって約束したんだ。まだ死ねないね」


 瞬間、僕らは剣を交えていた。


 そのまま流れるように連撃を交わす。団長の剣はまるで蛇だ。至る所へスルスルと入り込んできて、鋭い斬撃を放ってくる。

 激しい衝突に時計塔の外壁が壊れ、夜風が入り込んでくる。


 僕はそれを気に離れ、剣を横になぎ払いヴェアルさんの魔法色素を存分に込めた火の粉を振り飛ばし、そのまま矢の様に射出する。団長は咄嗟に剣で防ぐが、全て防ぎきれない。その太い腕に付着し炭化した炎を鋭く振って鎮火させると、大笑いしながら僕の方へ飛び込んできた。


 そして盛大に剣をぶつける。互いに身体強化と魔力により強化された剣から生まれたエネルギーは、莫大な衝撃波となり僕たちを夜の空へと弾き飛ばした。


「ガハハッ!ちょうど夜の風を直に浴びたかったとこだ!」

「僕も、あんな狭い所じゃなくて、広いところで闘いたいとこでした」


 身体強化された体で難なく外の地面に脚をつけ、互いを睨み合う。剣から溢れ出た炎が散り、夜が明るく彩られる。僕と団長は互いに剣を構え間合いを調整しながら会話を進ませていく。


「それでっ!目的はなんですか!?」

「フッ、特別に教えてやろう。と言いたいところだが上の通達で、情報保護義務が命じられてんだよ。破ったら殺されちまう」

「そっちの義務守るくせに、街の護衛義務は守らないんですか!」

「この街を元から守ろうだなんて一ミリも思っちゃいねえよ!俺ァ、面白そうなやつに着くんだ」


 その返答に思わず目を見開き、思わず力んで柄を握りしめる。コントロールを失った炎が身を少し焦がす。だが怒りが止まらない。

 そのせいでヴェアルさん達が一体どれだけ苦しんでいると思っているんだ。


「狂蒼の作戦が面白かったって言うのか!?」

「ああそうさ!俺はアイツらの計画に興味が湧いた。だからこそアイツらの考えに乗ってやったんだよ!」


 僕は怒りから力を出し、声を張り上げながら炎を溢れ出させた魔剣を振り下ろす。団長は素早く強化した剣でパリィするが、その単純な動きを隙とし、炎で作りだした刃で死角から男の右腕を切り飛ばした。手から離れた剣は素早く蹴り飛ばし、地面を転がせる。チェックだ。


「もう逃げ場はねぇぞ。作戦も、全部破綻させてやるからな」


 僕がそうやって剣を近付けると、団長は痛みに顔を顰めながらか細い声で「……二度目だな」と言う。


「は?二度目?」

「お前が狂蒼の作戦に引っ掛かるのが二度目だって話だよ」

「待て、何の話だ?」

「俺はただの調整員でしかねえ。今回のメインは、アイツだ」


 団長が左手で指を指す方向を見る。そこには、奴がいた。

 その人物は、白い包帯を顔にぐるぐる巻きにされており、その上にお面がつけられている。そう、ミーデン・ワンだ。そして、その隣には狂蒼のローブに身を包んだ仮面の人物がいた。ミーデン・ワンは退屈そうに体をだらんと前に倒して指示を待っている。

 本命のお出ましってわけだ。僕は魔力のコントロールを更に高めながら剣の力を引き出していく。だけど、それを気にもとめてないような雰囲気で彼女は団長に話しかけた。


「グルフ、約束の時間よ。答えて」

「あーあ。本当は俺がやりたかったんだけどな……はぁ。鍵は置いてきた。暗号は『guard』だ。ったく、分かりにくい捻った文かと思えば、案外簡単だったぜ」


 ローブの姿の女は団長の言葉を聞き届けると軽く嘆息しミーデン・ワンを連れてジャンプし、穴から時計塔の中へ侵入していく。


「待て!」

「うるさい」


 僕が静止の声を挙げると、女は僕の方へ水魔法色素で棘を放った。僕は咄嗟に剣身を当て蒸発させる。


「おい団長!アイツに、一体何をさせる気だ!?お前の目的は何なんだ!?」

「だーかーら。教えたら俺が殺されんだってば」

「いいから教えろ!!」


 僕は怒りに任せ、ヴェアルさんの魔力を暴走させる。片手を失い、バランスの取れない団長はその炎をまともに食らう。下半身が焼けたのを確認しつつ、吹き出した魔力で焼け続ける魔剣を向ける。


「教えろ」

「ちっ、とはいえもう無理か。……はぁ。一言で言うならあれは魔力タンクだ」

「魔力タンクだと?」

「あぁ。今の魔力貯蓄器具である魔填筒が発明された頃、更に上のものを目指した発明家はある一つの問題に直面したという。それが……」

「魔石を元にしているため込めれる量の最大値があり、超えると機能しなくなる点。だろ?」

「流石、勉強済か。その通りだ。その問題点を解決すべく、発明家達が試行錯誤を繰り返しついに理論が完成したという。それをフィリアトの奴らは喉から手が出る程に欲しがったらしい。あらゆる機関に置けるエネルギー資源の代替品になるはずだったんだからな」

「ただ、その計画は頓挫したはずだ」

「ああ。たった一つの、試作品を除いてな」


 団長ニヤリと笑い時計塔の方を振り向く。


「まさか、試作っていうのはその……」


 顔を上げる。

 そこに突然、飛来してきた水色の物体が団長の頭に突き刺さりザクロのように破裂させた。飛び散る肉片に思わず顔を顰める。


「喋りすぎよ。そこの子供が、全て知ってしまうでしょ。……ミーデン・ワン、やれ」


 どさりと倒れた団長の体を見届け、仮面の女は奥へ引っ込んでいく。それと入れ替わるように、ミーデン・ワンが降りてきた。

 着地の衝撃で土煙が上がり、辺り一面が砂景色になる。

 その明らかな脅威を前に、思わず口角が歪む。


「ここでお前の相手なんて、してられないんだよ……」


 ミーデン・ワンは関係ないと言わんばかりに無言で突撃してくる。僕は剣を構え、まっすぐに振り下ろした。それをミーデン・ワンは魔力の通された手錠で受け止めると、もう片方の手で剣を掴み引き込むように僕ごと吹き飛ばした。

 勢いのまま荒ぶる体を無理やり動かし受身を取るように転がり、地面を深く踏みしめ僕は叫ぶ。


「魔力全解放!」


 魔剣が爆発するような魔力の勢いを利用し僕の体は突撃していく。交えた剣から轟々と漏れる炎がミーデン・ワンを飲み込む。赤色の魔法色素を体内循環させて身体能力を上げているため、剣から吐出させているのは五割程度であったが、それでも僕とミーデン・ワンの肌をジリジリと焼くのには、充分な火力であった。


「ふん、面倒なことを」


 時計塔の上から女が顔を見せ、ミーデン・ワンに魔填筒を投げ飛ばしたのを見て僕は思わず下がる。下手にあの男のように射抜かれたら大変だからだ。遠距離攻撃とは中々面倒な相手だ。

 炎が消えると、そこにはほぼ無傷のミーデン・ワンが深い青色に光る魔填筒を握りしめていた。


「調整段階ですが、仕方ありません。もとより実験のつもりでしたし。ミーデン・ワン!コード『原色』、カラー『青』!」


 ミーデン・ワンはそれを聞き終えた後、先程受け取った魔填筒を自身の腕に付いているアームダガーのような魔剣に差し込んだ。その魔力が彼の体に浸透していく。


「……」

「ッ言葉も無しかよ!」


 無言のまま、彼は僕の前へ現れた。

 地面を強く踏み込み、跳ね上がると共に回転の力を加えた斬撃が放たれる。僕はそれを剣でパリィを仕掛けると共に、団長の腕を奪った時のようにミーデン・ワンへ炎の一撃を入れるチャンスを見極めようとしていた。


 ここだ。そう思ったタイミングで炎を吐き出しながら剣を振るう。

 しかし、その剣は届かず、ミーデン・ワンの攻撃の起点となってしまった。腹に前蹴りを喰らい、僕は嗚咽を漏らしながら地面を転がる。コントロールの外れた炎は霧散し、消えていった。

 そんな僕の痛みなど気にしないかのように、ミーデン・ワンは更なる追撃を繰り出そうとしてきた。


「がふっ……」


 血が口から漏れる。口腔内に溜まった血を吐き出しながら素早く後退し、魔填筒を入れ直す。自壊するかもしれないが、もう、やるしかない。僕はそのまま2本目を差し込んだ。


 僕は剣から溢れ出た1本目の魔力を全て体に取り込み循環させ、2本目を魔剣に浸透させる。

 そしてひとつ呼吸をし、ミーデン・ワンを見据えた。体が破裂しそうにズキズキと痛む。だけど、それを上回るような力が体全体から溢れてくる。勿論、剣からもだ。ヴェアルさんの魔力純度10割で強化した身体と魔剣はとても心強く、僕に力を与えてくれる。もう、絶対に逃さない。


「ミーデン・ワン、空気が変わった。気をつけて!」


 その女の言葉を受け、ミーデン・ワンが守りの体制をとる。


「遅い……」


 僕は魔力強化された身体で素早く剣を振り抜き、ミーデン・ワンの腹を横一文字に切り裂くと同時に、その腹に蹴りを入れた。

 奥に吹き飛んだミーデン・ワンを追いかけるように走り、炎を纏った剣を振る。

 炎は二対の龍のように地をうねり獲物を狙いすまし飛んでいくが水の原色で作ったと思われる水の塊にぶつかりかき消される。だが、その隙は大きい。

 僕はその隙間を縫うように大声を出しながらミーデン・ワンの頭上目掛けて剣を振り下ろした。だが、彼は強化されたアームダガーでそれを防ぎ、僕の太ももに水のナイフを突き刺した。


「うっ……」


 僕が苦痛の混ざった呻き声を漏らすと共に、ミーデン・ワンも遠吠えのような声を上げた。


「ヴォァァ!」


 明らかに段違いなスピードで突撃したソイツの動きを見切れず、俺はモロに打撃を受け続けた。

 蹴りを横脇腹に喰らい、打撃を腹部に入れられ、回し蹴りを右腕に喰らう。そのままの衝撃で俺は地面に転がる。


「ごほっ……おぇっ……」


 視界が曲がったように見える。目が霞み、四肢に力が入りにくくなる。

ミーデン・ワンが来る。


 たて、立たないと死ぬ。たつんだ。立たなかったら殺される。殺されるんじゃない、俺がやつを……殺すんだ。

 なにかどす黒い感情が力を与えてくる。


 俺はその力を四肢に注ぎ込み力を込め立ち上がる。

 背後によろめくと、靴の踵に何かが当たる感覚があった。振り返ると、そこには団長の剣が落ちている。


「これしか……ねぇな」


 俺は最後の1本となったヴェアルさんの魔填筒を差し込み、思いっきりの力でそれを時計塔へと投げた。

 時計塔の周囲を焼きながら飛翔し、その剣は中のタンクに突き刺さり、そして弾けた。やはりフェーズ1の魔剣じゃ赤に耐えれないか。


「やるしかない……っ!」


 俺は地面を蹴って走る。焼け焦げて登りにくくなった時計塔の螺旋階段を登り、中央操作場へと入っていく。

 そこには驚愕した様子のローブの女が立っていた。


「はぁ!?ミーデン・ワンはなにを……っ?」


 たしかに妙だ。気になり団長と衝突し崩れた外壁の穴から外を見る。それは、ミーデン・ワンがこちらを見つめて棒立ちしている。と言うものだった。

 どうやら運はいいらしい。俺はローブの女を無視し、自身との魔剣の中に残っている色素を全て吐き出すと共に、剥き出しとなっているタンクを真一文字に切り裂いた。長く伸びた剣身が完全に寸断する。


 なにか、分厚い肉を切ったような感触がしたが気のせいだろう。脳髄のようなピンクが見えてる用な気もするが気のせいと思いたい。それよりもコントロールを失った魔力が肥大化していくのを感じる。あと数秒で爆発するだろう。

 だが、俺とローブの女性はその場に佇んでいた。


「……結局、ミーデンは過去を優先するのね」

「……過去って……何のことだよ?」

「知らない方が身のためよ。また会いましょう。レイ=マーシャライト」


 彼女のその言葉を皮切りに、タンクが暴発する。

 俺は剣で自分を守ると共に、後方へ勢いよく吹き飛んだ。どうやら戦いは終わったらしい。すっと意識が飛ぶ。


 目が覚めると、僕は空中にあった壁に激突していた。


「ぐふぁっ……壁に……」

「だーれーがー壁だってぇ!?」


 振り返ると、僕を抱え水を噴出しながらゆっくりと高度を下げる彼女がいた。


「ルピカ!?君には言ってないよ!」

「ふぅん。なら、許してあげよ」

「ってか、何その服」

「戦闘コスチュームでーす!どうどう?似合ってる?アタシの色気、出まくってる?」

「出てない。と言うか、二割減」

「はぁ!?レイくんって、ほんっとデリカシーないんだね!」

「分かった分かった。ってか、ボロボロだな。二人とも」


 僕がそう言うと、ルピカは「確かにね。それ程、相手が強かったんだよ」と言う。


「まだまだ、修行が足りないんだね」

「だね」


 僕とルピカはお互い微笑み合い、笑った。

 こうして、ハルカヴァルでの激戦は幕を閉じた。狂蒼の情報も、ミーデンの本性も、彼女が最後に言った言葉も分からないまま、僕らの冒険は新たなステージへと進んでいくのだった。


 数日後、僕らは戦闘の傷跡が癒えないハルカヴァルの街通りを歩いていた。

 道には瓦礫の山が積み上げられていて、時計塔は布が被せられていた。街の住民からの視線が突き刺さる感覚を覚える。

 仕方がなかったとはいえ、時計塔を破壊したのは僕と団長だ。それに守りきれなかった人もいる。住民も募る不満を抑え切れていないんだろう。


「そういえばアタシ、魔法色素で出来る事増えたんだよね。ほら、見て。ナイフ」


 ルピカは靴の側面に水でナイフを生み出すと、それを自慢して見せてきた。


「僕も最近新しい芸当覚えたんだよね。ルピカの魔填筒から直接物を作れるようになった」

「えぇ?それどういう仕組み?」

「魔剣と同じだよ。これはまず、魔填筒の中の色素に僕の作りたい物のイメージを送るんだ。例えば、槍を作りたいってイメージを送れば……。ほらこの通り。槍が出来上がる。欠点としては保持のために魔填筒を起点にしないといけないのと、槍の完全な形を頭に浮かべてないといけないから、イメージが少しでもグチャッてなるとこの槍も連動してグチャッてなる事かな……?」

「ほえー。それ、完全に使いこなせるようになったら強いね」

「だけど、僕の疲労が溜まりまくるから、一回の戦闘で一回が限度だな……。もっといっぱい出せる様にはしたいけど。それに槍の練習もしないと」

「練習あるのみだよねえ。アタシだって、なんとか色素濃くしないと強敵相手に不利過ぎるし」


 僕らはそんな他愛もない雑談をしながらヴェアルさんの屋敷近くの宿屋へと向かうと、彼女に出会った。


「ヴェアルさん……」

「あぁ、レイさんと、ルピカちゃん……」

「元気そう……ではなさそうですね」

「お父さんの容態は?」


 ルピカがズバッと本題を聞くと、ヴェアルさんは少し涙ぐみながら答えた。


「生きてはいた……けど、首の骨が折れてて、今もまだ昏睡状態。目覚めるかも分からないって。それと父に変わってお礼申し上げます。街を守っていただきありがとうございました」


 深々と頭を下げる彼女に僕たちは慌てて顔を上げてもらう。


「いいって。それにアタシ達も巻き込まれたようなもんだし。というか、ヴェアルちゃんの家は平気なの?」

「さっき王都で決定したみたい何だけど、領地に危険因子を立ち入らせたことから侯爵から小爵に格下げなんだって。だから引っ越すことになったから大丈夫。それに部隊を編成し直したりしないといけないし……」

「大変ですね」


 僕がそう言うと、ヴェアルさんは首を横に振る。


「そんなに大変じゃないよ。だって、二人に会えたから。また元気貰えたし」

「そうですか……。ヴェアルさん、寂しいですけど、僕らは次の街に行こうかなって思ってるんです。だから、貴方といられるのも今この時間で最後に……」


 そう言った僕にヴェアルさんが近づいてきて僕の頭を包み込む。そしてそっと囁いた。


「もう少し元気ください」


 自然と僕の頬に、柔らかいものがゆっくりと触れる。その衝撃に思わず振り返るが、平然とした顔で僕の頬から口を離していた。

 そして、瞬間的に顔を赤くする。


「ひゃぁぁっ!?」

「ヴェアルちゃん何してんの!?欲求不満!?」

「いや!えっと、その……あぁ……レイさん、忘れてくださいぃっ!」


 彼女は文字通り、頭から煙を出して走って逃げ去っていった。僕はまだ柔らかいものが当たった感触の残る頬を摩りながら、ルピカの顔を見る。

 そこではルピカが羨ましげな瞳を僕に向けていた。


「……なんだよ」

「ズルい!アタシだってまだなのに!」

「そんなこと言われても……今する?」

「デリカシー!」


 僕はルピカにお尻を蹴られる。鋭い痛みが貫いた。


「そ、そんなことはいいとして……ほら、次の目標。何するか決めたの?」

「聖国ディクネリジェへ。僕達はそこに行って、もう一度リトヴィアとの関係を良くできるか検討してみようと思う」

「いいね。その無茶な考え。旅っぽくて好きだよ」


 僕らはそう言ってホテルを後にし、ハルカヴァルの南門を抜ける。ここから、僕らの旅がまた新しく始まっていくのだった……。


***


「またか。患者が多くて仕方がないねえ」


 愚痴とため息をこぼしながら、ボクは煙草を口に咥えた。指先から炎を出して火をつけると、息を吸って吐く。そして近くにあった新聞に手を伸ばした。


「あっちゃあ。ハルカヴァルの時計塔崩れたってマジかよ……。ボクあそこお気に入りだったんだけどなあ」


 煙草の煙が事務室に満ちる。他の三人は煙たがるだろうけど、ボクからしてみればこれが唯一の至福なのだ。


「おいリュノー……って、事務室で喫煙するなと何度言えば……」

「そうカッカしなさんなよフェイちゃん。それで?君がここに来るってことは面白いものでも見つけて来たんじゃないの?」

「……チッ、食えねえ野郎だ。その通りだよ。お前も気にいる様な情報を仕入れてきてやった。ありがたく思え」


 フェイはボクの目の前にある机に灰皿と一枚の封筒を置いて部屋を後にした。灰皿に煙草を一旦立てかけ、僕は丁寧にロウを剥がし封筒の中の紙を見る。

 そこに書いてある情報を見て、ボクは堪えきれなかった笑いを吹き出した。


「あっはっは!フェイちゃんも中々に大胆なやり方を思いつくもんだなぁ……」


 煙草を咥えながら、ボクは黒のネクタイを締め、白衣を見に纏う。机の上に置かれた頭骨を人撫でし、白髪に染まった自身の髪を指で撫ぜる。


「楽しくなってきそうだ」


 そう呟き、煙草ごと色素で焼き切ると、その部屋を後にするのだった……。

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色彩世界の無色魔剣士 アサマ3 @asama3

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