18話 孤児院

 道路を子供たちが走り回っている。その数に対して、見守り役の数が少なく感じた。

 僕とルピカはあの後、ヴェアルさんの後を追ってこの孤児院へと足を運んでいた。


 教会は街の中心から少し離れたところにあったため、この前のミーデン・ワンによる被害は少なかったが、その影響は甚大であったと以前領主から聞いていた。しかし、光景をいざ目の前にしてみると、ここまで影響が出ていた事を実感させられる。


 ボロボロに崩れた瓦礫群は撤去の最優先事項となっており、日常的にその下からは圧死した人達が出現するのだという。

 そういった件を乗り越え、復興をいち早く進めているようではあるが、やはり一番の問題となったのは『保護者を失った幼児たち』であった。


 僕がクラスの子達を初めて見た時、まず最初に実感した事は、空気が重いという事実だった。

 ヴェアルさんの紹介によって僕とルピカが自己紹介した後、子供たちは返事自体は返してくれたものの、みんな一様に元気を感じられなかった。

 連日の事件や増える児童に、見る人だけでなく子供たちも疲弊しているのだろう。目で見て伺えるほどに皆の顔からは笑顔が消えている。


 唐突に大好きだったであろう父や母と別れを告げなければいけない時点で、大分幼児達にとっては酷であるのだろう。呼びかけにもなかなか答えない子供達ばかりだ。


「見苦しい所をすみません。それで、本日は何用でございますでしょうか?ヴェアルお嬢様と、お知り合いの様にも見えますが……?」


 すると、ヴェアルさんはルピカの耳にコソコソっと話した

 ルピカはそれに頷くと、尋ねて来た方に申し出た。


「そう、お友達。あたしはルピカ、こっちはレイくんだよ。良ければあたしたちもお手伝いしよーか?」


 同時にペコペコとヴェアルさんが頭を下げる


「本当ですか!?ありがとうございます。あ、遅れましたが私はここの孤児院にて子守役を務めています。リスルと言います。よろしくお願い致します」

「「よろしく(お願いします)」」


 僕たちがそう返し、彼女の手を握る。


「早速ですがー」


 リスルさんがそう言いかけると、奥から啜り泣くような声が聞こえてきた。


「ああっ。また外で……。すみません、外の子達のお相手をお願い出来ますか?」

「わかりました」


 彼女は返答を聞く暇もなく、直ぐに奥へと引っ込んで行った。


「あの人。子供想いで、いい人だねぇ」

「そうだね。ヴェアルさんもこれを想定して連れてきてくれたんだね。すごい人だ。ありがとう」p


 ヴェアルさんは少し赤くなっていやいやと手を振った。そのままそれを誤魔化すように「私も行ってくる」と言い残し、孤児院の奥へと走っていった。

 その一部始終を見ていた子供たちが、僕たちのことをじっと見上げてくる。突然の来訪客は、ここの子供達からしてみれば、珍しいものなのかな。


 先程とはまた違う声が聞こえてきた。孤児院の外、裏庭の方から声がしたというので、其方はルピカに向かわせ、僕はこの辺り一面の見回りをする事にした。


 しかし、表にいる子供たちはおそらく比較的元気な子ばかりだ。走り回ったり地面をなぞったり謎の遊びをしており、僕が必要な場面が見つからない。何度も間に入ってみようと試みたが、無理だった。つまり早速詰んでしまったのだ。


 ルピカの方はここの車での間、『アタシ子供好きだし。平気平気』と豪語していたが、上手くやれているのだろうか?少し心配になる気持ちを覚えながら少しだけ正面玄関から通路を覗いていると、どこかからの帰りみたいな9歳くらいの子供達が向かってくる。


「おい!お前誰だよ!」


 出会い頭に鼻垂れの少年が僕に声をかける。


「僕は、今日からここで君達のお世話をすることになったんだ。レイって言うんだよ。よろしく」


 差し伸べた手を握る事なく、鼻垂れ少年は「フゥン」と興味なさそうに言い放った。

 それから、少年は僕の体をじろりと見回す。

 何かあった時、騎士として相対できるよう普段から腰に下げている魔剣を見て、少年は鼻息を荒くした。


「へぇ?お前、魔剣士なんだ。この家のでっけえホールには、ごっこ遊び用の木剣があるんだ。魔剣士なら、やろうぜ。なぁ、お前らもやらねーか?」


 少年は近場にいた子供達に声をかける。


「いくいくー!私、魔法が見たい!」


 少女のグループにいた少女の一人が言うと、それにつられ少女たちも口々に発し始めた。

 そのまま僕たちは少年に連れられ、ホールへと向かっていった。


「ルールは一本取った方の勝ちってのはどう?」

「いいぜ!俺はバンバってんだ!カッケェ名前だろ?」

「バンバか。カッコいいね。そこの女の子、名前は?」

「ムイ!」

「ムイちゃん、審判を頼んでもいいかい?」

「いいよ!私、このルール凄い詳しいもん!」

「そりゃ心強いや。じゃあ、やろうか。バンバ」


 僕は彼と同じ木剣を拾い、剣身を下に落とす。

 審判の声が響いた。途端に、バンバは大声を上げて木剣を掲げ、一目散に突撃をしてくる。

 手加減をすべきだろうかと、一瞬迷った。でも、こういう男の子はきっと手加減してわざと負けたら「手を抜くなよ!」と怒るだろう。大人気ないかもしれないが、少し本気でやらせてもらうとしよう。


 僕はバンバの木剣を回避して左に滑る様に回ると、足を素早く畳んで床を蹴る。そのエネルギーを跳躍と推進に半分ずつ分け、僕は前に吹き飛んだ。バンバはそれをしゃがんで回避する。僕は手から床に着いてそのまま着地する。


「いいじゃんバンバ!めっちゃ動きがいい!」

「俺を舐めるな!」


 僕の言葉にこうやって反応して、すぐに切り返しと新しい戦術を組むところ、本当にこの子はコクリアみたいだ。アイツも僕に負けるたび、口癖の様に『俺を舐めるな!』とか『次の戦術じゃぜってぇ勝てるから!』とか言っていたな。

 懐かしさに浸っていると、バンバの剣先が目の前に迫ってきていた。急いで顔を逸らして交わすと、彼の腹を剣の先で優しく突いた。


「あぁっ……!」

「僕の勝ちだね」

「レイせんせーつよーい!」

「レイ!俺に剣を教えてくれ!」

「駄目だ。また今度な」

「なんでだよ!」


 不貞腐れるバンバの頭に、僕は手を置く。

 彼の剣はほぼ完成している。それに、僕の剣とは違うから矯正させるのは勿体ない。


「バンバ、お前剣は好きか?」

「すっ、好きだけど……」

「私も私も!」

「ムイも好きなのか。そうかそうか。この院の中で、剣が一番うまいのはバンバか?それともムイ?」

「バンバだよ!」

「そっか。バンバが一番強いのか」


 僕は立ち上がって彼を抱き上げる。急に持ち上げられて驚いたのか、バンバは手をバタつかせる。


「バンバ。お前、みんなの剣の師匠になってみないか?」

「ししょー?」

「そう。みんなを強くしてやれ。お前が一番強いんだろ?だったら、お前が先生になるんだよ。剣の道を教えてやれ。僕の強さの秘訣は、師匠からの教えなんだ。だから、お前が教えた子達はきっと、もっと強くなれるよ。それに、教えることで自身も強くなれる」

「……それってホント?」

「ホント、本当。だから頑張れ」


 僕にそう言われ、バンバは明らかに顔を明るくしてくれた。


「レイくーん」

「あぁルピカ。泣いてた子の方は終わった?」

「膝擦り剥いちゃったみたいでさあ。傷の治癒しながら魔法を見せてたんだよ」


 ルピカがそう言うと、ムイが「まほう?」と聞き返す。


「お?レイくん、もう二人の子と仲良くなったの?」

「そ。バンバとムイちゃんって言うんだよ。二人とも、この人が僕の相棒のルピカ」

「ルピカせんせーよろしくね」

「ルピカせんせーよろしく」

「なんか、むず痒いねぇ。えへへ。可愛い二人に、先生が魔法を見せてあげるよ」


 ルピカは満面の笑みでそう言いながら水の魔法色素を自由自在に操り形を作っていく。

 馬や鹿、犬に猫、どんどん形が変わるその魔法に、二人は興味津々で食いついていた。


 その後、ヴェアルさんと小さな子供たちを連れて子守り役の方が帰ってきた。


「レイさんにルピカさん。今日は本当にありがとうございます。子供の顔がみるみる明るくなって、私としても嬉しいです」

「いえいえ。ヴェアルさんのお手伝いでもあるので。それに、私たちに出来ることはこれぐらいなんで。本当は、早くテロを止めたいんですけどね。国の安全のためにも」

「終わるといいですね。この事態も」

「ですね。僕らとしても、早く終わってほしいです」


 僕はそう言って、室内に戻っていく。

 すると、膝に絆創膏を貼った男の子がもじもじしながらこちらに声を掛けてきた。


「どうしたの?」

「きっ、貴族様っ。昨日、裏で遊んでたときに、僕、見ちゃった……」


 僕はすぐに屈み、その男の子の声を耳元で聞く。

 思わず頭の中で反芻させ、組み立てる。


「……それ、本当?」


 男の子は素早く何度も首を縦に振る。


「ルピカ!ヴェアル!戻るぞ」

「えぇっ!?もう戻るの!?」


 ルピカが大声を出す。僕は下手に周囲に不安を煽らないよう彼女に小声で言った。


「領主が危ないんだ。このままじゃ、この都市で大きな被害がまた出る」

「……分かった。ヴェアルちゃん!すぐ行くよ!」

「ふぇっ?あっ、うん!」


 ルピカがヴェアルさんの手を強く引き、僕たちは孤児院を後にする。


 崩壊の幕開けは、すぐそこに迫ってきていた。

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