17話 対抗策

 ヴェアルの家に案内され、治療を受けた僕らは応接室でもてなしを受けていた。紅茶を差し出された僕とルピカはそれを一口啜った。

 それを見届けた後、ヴェアルの父親は僕らに向かって「まずは感謝を」と言った。


「感謝……ですか?」

「あぁ。あの魔物からこの街を救ってくれて感謝する。それとうちの娘と仲良くしてくれてありがとう。私はリデル=シュトーレスだ。よろしく頼む」

「ありがとうございます。レイ=です。改めてよろしくお願いします」

「ルピカ=です。あたしもよろしく」


 僕が照れ笑いしながらそう言うと、リデルさんは


「それで、だ。あの魔獣を指揮していた奴等もそうだが、国民の人たちから聞いた話によれば、謎の仮面をつけた半裸の敵兵もいたらしいな。ソイツらについて、何か知ってる事は無いか?」

「あれは……」


 僕はリデルさんに狂蒼のことを話した。学園であったこと、今まであったこと、そのすべてを。本当ならあまり広めて勝手に動かれるのは困るのだが、王女様なら侯爵家である彼が信頼に値すると判断してくれるだろう。

 彼は僕のデータを纏めると、一つの可能性を口にした。


「全く意味がわからないな。狂蒼……とやらの目的も、何故そのミーデンと呼ばれる兵器をここで実験に使ったのかも」

「一つ宜しいでしょうか。リデル様」


 リデルの声の後、今まで後ろで黙って話を聞いていた団長が無精髭を揺らしながら言う。


「言ってみろ」

「奴等の目的はこの都市、ハルカヴァルの陥落なのでは無いかと。其方の旅人、レイに実験を呈してミーデンを接触させ、気を引いているうちに魔獣を使い都市を陥落させる目的だったのではないか」


 なるほど。奴らの目的が戦争ならそれが正解かもしれない。

 それに反応するように執事も話し始めた。


「御言葉ですがグルフ殿。それにしては兵が足りませんぞ。レイ少年の報告によれば、魔獣と呼ばれる魔物が一体にミーデンが一人、仮面をつけた兵士が一人、それから指揮官のような人物一人の計四人しか居られなかったそうではありませんか。四人程度でこの都市を陥落させることが不可能なことぐらい、奴らも承知でしょう」

「ふむ。ならばその線は薄いと考えよう。して、ほかに意見がある者はいないかね」


 振出しに戻ってしまった議論に僕たちは頭を抱える。できれば一人捕虜として確保しておきたかったところだが……まぁ無理だろう。

 それよりも気になることがある。


「そういえば、あの魔獣達を作り、こっちに戦力として持ってきたのは……なんでだろう。魔獣を仕向ける程何かがあるとは思えないし、全く目的が分からない。あれじゃ、ただ戦力増加の為に使う魔物を減らしただけだ。それに、実験兵のミーデンを使う為に僕を狙ったとしても、もっと場所があったはず」


 新しい議題に僕らはうなる。

 それを背景にルピカは大きく欠伸をしながら「案外なんも考えてないんじゃ無いの?」と言った。


「いや、だとしたら僕達が今日ここにいる事をあんなに早く知ってることが不気味なんだ。待ち伏せされていたということだし。僕とルピカは二人でずっと旅をしていた。ヴェアルさん達に会ったのもさっきのことだし」

「……だれかが、アタシ達の動向を的確に探り当ててるって事?」

「そうとしか考えられないよ」


 僕がそう言って俯くと、ヴェアルさんが「あっ、あの……レイさんっ」と声を掛けてくる。


「なにか、思い付く節があるんですか?」


 ヴェアルは周囲を見渡した後、こちらに近寄り僕の耳元に口を近づけた。

 リデルさんから鋭い舌打ちが聞こえた気もするが気のせいだろう。うん。


「えっと、ミーデンだっけ……?を、一回炎で分断したときに、なんだか呻いたり、よろめいたりしていた感じがして……」

「ミーデンがよろめく……?」

「そー言えばあのローブの人、調整がなんとかって言ってなかったっけ?」

「確かに、言ってた!でも、なんで……僕が相手になる必要があったんだ……?」


 次の瞬間、激しい轟音と共に地面が揺れる。

 同時に入ってきた一人の兵士がしゃべる前に、グルフさんは「何があった!?」と問いかける。


「グルフ団長!敵襲です!南の方にある聖国が支援する教会が襲撃されています!」

「教会……?不味いぞ、あそこには聖国からお借りしている白魔法色素使い達がいると言うのに……!」


 まさか、そういうことだったのか。唇をかみちぎる勢いでかみしめ、僕は走り出した。

 団長たちを追い抜き、僕たちは外に飛び出て煙の上がる教会の方を見る。


「これが狙いだったのかっ!」

「そうっ、みたいだね」

「アイツらは防衛都市を陥落させるためでも、実験の為に来させた訳でもなかったんだ」


 武器を取り出す。今度こそ奴らを倒して見せる。


「囮。魔物とその総指揮者を奥にある大聖堂へ導くまで邪魔されないよう、僕らを足止めするデコイに過ぎなかったんだ……!」


 僕とルピカ、それからヴェアルさんは東の方へ向かう。

 悲鳴が轟々と飛び交い、彼方此方で煙が上がる。大聖堂に行くまでの通路には人の波が生まれていて、この先で起きたことの凄惨さを語っている。


 僕らは防衛都市の奥側にある門を潜る。門番の忠告を無視し、飛び込んだその地区の様子は、はっきりと言うなら地獄そのものだった。

 ドスンと大きな音がすると共に、暴風が僕らに叩きつけられる。正面にあった教会が倒壊していた。


 これではっきりした。蒼の目的は聖国との同盟の破棄だと。

 リトヴィア王国とディクネリジェ聖教国の同盟の文章は美しい言葉を多々並べてあるが、実際は互いの利益だけによって成り立っている。リトヴィア側は兵力を、ディクネリジェ側は回復力を提供しているのだ。今回の事件、このままではどれだけ訴えても僕らリトヴィア側の失態という事で処理されるだろう。聖国本土への総攻撃ではないとはいえ、この大聖堂はディクネリジェの支援で建てられたものだ。つまり、これは聖国との誓いを守れなかったのと同じ事なのである。


「やってくれたな……狂蒼」


 激しい怒りが、黒く渦巻いて僕の中に生まれていった。






 大聖堂の崩壊から数日が経った。

 あの後、結局狂蒼の奴らを誰も見つけれず、魔物と大量の魔物を指揮する魔獣の個体を2体倒しただけだ。


 あれ以来、付近に溢れかえってしまった魔物討伐をしているが僕らの評判は良くならない。

 それもその筈だ。聖国の大事な魔法色素使いたちを守り切れず、大聖堂は崩壊。死者数は三桁まで加速していた。お陰様で聖国との関係は悪化の一途を辿っている。

 市民にも今回の事件の事情を説明したものの、リトヴィア国民である僕達が大聖堂を守れなかったことに変わりはなく、その結果として、信徒達が一斉に母国に帰って行った。


 また、連日の魔物による無差別攻撃に街も疲弊。

 狂蒼の奴らは完璧にこの街を潰したいのだろう。僕らの手も完全には回りきらず、死者は増え、復興の目処は立たない。お陰で街の活気も薄れ、人が少しづつ離れていく毎日。

 そんな僕は宿の窓から荷物を馬車に載せる人たちを眺めていた。


「僕の所為……なのかな」

「レイくんの所為じゃないよ。気が付けなかったアタシにも非があるから……」


 彼女は必死に僕をそう言い聞かせてくれているが、僕が来てからこの街は変わってしまった。

 もし敵の目標が僕だとしたら、あの屋敷に滞在していては侯爵達に危険が及ぶ。その為、ヴェアルさんの願いを振り切る形にはなってしまったが、僕からリデルさんへ宿への移動を申し出た。


 僕が狙われているだけの可能性も考え、数回ほど街の外に出て狂蒼を陽動しようとしたが無駄だった。狂蒼は徹底的にリトヴィアを陥れたいらしく、普通に復興中の大聖堂と地下殿さえも攻撃された。

 このままでは許されない。それにこの街でのやることはまだ残ってる。あいつらの退治と情報集めだ。


「ルピカ、ありがとう。もう落ち着いたから」


 優しく微笑むと、不安そうに彼女は僕を見つめる。檸檬色の瞳が僕を見つめる。

 彼女は握る力を更に強めた。


「ル、ルピカ?どうしたの?」


 彼女の顔が近づく。頬を赤く染め、彼女はうっとりとした視線を絡めた。

 吐息が僕と彼女で混ざる。何をしたいのか、一瞬で悟った僕は彼女に身を委ねようとした。


 次の瞬間、扉がノックされる。

 僕は慌てて彼女から身を退き、ドアに向けて「どうぞ」と声を掛ける。


「し、失礼します……」

「ヴェアルさん?どうしたんですか?」

「あの大聖堂の倒壊の後から、随分レイさんが元気なくなってるように見えて……」

「……そうですね」


 命を守れなかった。元気を失って当然だ。


「で、ですから、少し気分転換をしませんか?」

「気分転換?」

「ハルカヴァルを案内したいんです。いろんなお店があって、見てて飽きないんですよ」


 にこやかに言う彼女に対して、少し毒気が抜かれた気分だ。確かにこんな部屋に籠り続けても勿体ない。


「楽しそうだね。行くよ」

「ん。ルピカちゃんもどうかな……?」

「えっ、アタシもいいの?」

「うんっ。だって、友達だから」

「ありがとうね。ヴェアルちゃん」


 二人は仲良く微笑みあう。少し羨ましい。


 あの後ホテルを出て、僕とルピカはヴェアルさんに案内されて東地区の商店通りを身漁っていた。大聖堂へ向けて起こったあのテロとも言えない行為に警戒しているのか、かなりの店が閉まっていて空気が悪くなる。

 数分歩いていると、こじんまりとした魔法武器屋さんが見えてきた。その店を見つけた途端、頬を紅潮させ、弾けるようにその店へと駆け込んでいった。


「おばあちゃん!」

「いらっしゃい。あらまぁヴェアルちゃん。魔填筒の補充かい?っと、おやおや。フィルエットちゃん以外を連れてきてるなんて、珍しいねぇ。そっちの子達は、お友達なの?」

「うん、友達。レイさんとルピカちゃん」


 僕とルピカは軽く会釈をする。するとお婆さんも会釈をしてくれた。


「あたしゃ老耄だけど、武器を見る目はハルカヴァル一番なんだよ。武器とかでなんか不備があれば、持ってきんしゃい。ヴェアルちゃんのお友達って事で、少し割引してあげるからさ」


 僕は店内を見る。魔填筒が何本か纏めて売られていたり、魔法薬やコンパクトなサイズのナイフが売られていた。

 ヴェアルさんが近づいてきて、僕にささやく。


「も、もっと別の所があれば良いんですけど……。ごめんなさい」

「いや、いいよ。十分良い。僕もそろそろ魔填筒の補給とか、したかったから」


 ものすごく近い。でも、ルピカの冷たい視線が見えてしまい、思わず声が強張る。

 僕はすぐに離れ、鞘ごと魔剣を取り出しお婆さんに見せた。


「これお願いします」

「研げば良いのかね?」


 僕が頷くと、おばあちゃんは剣を鞘から取り出した。


「綺麗な魔剣だねぇ。ほほぅ。フェーズは2かい……そっちのルピカちゃんだっけかな?が、君の相棒なのかい?」

「そうだよー!あ、おばちゃんこの魔填筒のまとめ売りのやつちょーだい!」

「はいはい。250フリスねぇ」

「後この靴も見て欲しいんだ。穴飾り緩んできちゃったからさ」

「じゃあ打ち直してあげるから、靴をお貸し」


 ルピカは椅子に座り靴を脱ぐと、「んっ」と言いながら台の向こうのお婆さんへ靴を渡す。お婆さんは靴を受け取ると、すぐさま木の机と鉄の槌を取り出して穴飾りを打ち込み始めた。


「そーいえばさ、みんな街の人は逃げてんのに、おばちゃんは逃げないの?」

「逃げるも何も、私は足が悪くてねぇ。でも、理由は他にあるんだよ」

「なになに?教えて教えて?」

「この国が今後どうなるかも、この東地区が、あの大聖堂が、復興するかも衰退するかも分からないけどねぇ、この街に一人も残らなかったら、この街が寂しがると思ったんだよ。都市や国、街っていうのは、住む人が居て初めてその名前がつくんだからね」


 お婆さんはそういうと、ルピカの靴を差し出して「かなりキツく打ち直したけど、また緩んだら持ってきなさい」と言った。


「おばあちゃん、色玉ある?」

「色玉は向こうの棚だねえ。多少高いけど、平気なのかい?」

「うん。戦うのに、備えは必要だから。お金より大事」

「流石は、シュトーレス家のご令嬢だ。羽振りが良いねぇ」


 ヴェアルが奥の方へ行くのに合わせ、僕とルピカも奥の方へ行った。


「ねぇヴェアルちゃん。色玉って、なぁに?」

「色玉っていうのはね、んーと……。イメージは、魔剣から溢れた魔法色素の屑を、薬品となんかで固めたもの。害はないから平気だよ。ほら、フィルエットちゃんが模擬戦で使ってたやつだよ。これがあるだけで、戦いの幅がぐんと広くなるんだ。使い方は魔剣の簡易版ってところだね。欠点は、魔填筒が使えないから、魔法色素使いにしか魔力を込めれないっていうのと、色玉は衝撃に弱くて、しかも短期間で魔力が抜けるっていう三つだけかな」

「じゃあ例えば、レイくんに魔填筒を渡して、私がこの色玉を持ってたら、かなり有利な立ち回りが取れるってこと?」


 ルピカの問いに対し、ヴェアルさんはにこやかに答えた。


「そういう事だね。試しにいくつか選んでみて。買ってあげる」

「やったー!じゃあ、この青いやつ二つ」

「いいよ。おばあちゃん、これ頂戴」

「赤と青二つずつね。はいよ。四つで800フリスだねぇ」


 ヴェアルさんはお金を払うと、品を受け取って青色の色玉二個をルピカに渡した。


「ありがとう!緑のおばちゃん!」

「よく分かったねえ」

「アタシの鼻、特別性なんだよ!色素が匂いになって伝わってくるの!それに、鍛冶師は大抵緑の色素使いだから!」

「なるほどねぇ……鼻が、ねぇ」


 そのあとも僕たちは品物を物色しながら魔剣も研いでもらい、「またきんさい」という言葉とともに送り出された。おばちゃんは気さくで優しく、時に長年の知恵を見せてくれた。有意義な物も多く、とてもいい気分で買い物ができて、僕もルピカも大満足だ。

 そのまま僕たちは店の入り口から外へ出ると、目深にかぶった帽子が特徴的なラフな服装の女性がすれ違って入っていった。どうやらまだまだ、この店は賑わっているみたいだ。ちょっとうれしい。


「あの人……」

「どした?ルピカ」

「うん?あぁ、いや。なんでもないよ」

「つ、次はえっと……あっ!?」


 ヴェアルさんは街の大時計を見る。そして、焦っていた。


「孤児院に行かなきゃ……」

「孤児院?」

「はい。週に一度、あそこの子たちの面倒を見てるんです」

「……僕達も手伝いますよ」


 そう言って、僕らはヴェアルさんの後をついていった。

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