第11話:海上の怪物

 僅かな明かりが彩る光里町の夜景。

 そんな夜空を高速で突き抜けたのは、変身した健太けんたである。

 空色の衣装に身を纏い、背中から生えた翼を羽ばたかせる。

 住宅のあるエリアを過ぎて、海が見えてくる。

 港はすぐに過ぎ去った。海上に出ると同時に、インジェクトガンも警報音を鳴らしてくる。


「やっぱり近いな」


 まずは海に出現しているシンの確認だ。

 それから船の有無を確認しよう。

 健太は腰のホルダーからインジェクトガンを取り出し、より詳細なシンの位置を確認しようとする。

 すると次の瞬間。


「ッ!?」


 何かが健太に向かって飛来してきた。

 ウイングプラグインの効能によって、現在の健太は動体視力が上昇している。

 闇夜で上手く認識はできなかったが、飛来した物に関しては容易に回避することができた。


「攻撃か?」


 すぐに健太は何かが飛んできた方向を見る。

 そこには海面に浮かぶ船が一隻。

 そして本来なら居てはならない異形に怪物が、海面に浮かんでいた。


「――――――――!」


 海面に浮かぶ巨大な異形の怪物。

 大きさは目算だけでも三十メートルはありそうだ。

 その姿は一見すると神話のクラーケンを彷彿とさせる巨大なイカ。

 しかしその胴体からは八本の細長い脚が生えている。


「アレが、大型級のシンか」


 シンは胴体から生えた八本の脚をアメンボのようにして、海面に立たせている。

 間違いない。先程の攻撃はこのシンからだ。

 健太はシンの動きを注視したいが、今は優先すべき事がある。


「やっぱり漁に出てたのかよ!」


 ひとまずシンを無視して、健太は海上佇む漁船へと急行した。


「大丈夫ですか!?」


 漁船に降り立つ健太。

 そこには四人の漁師が乗っていた。

 突然空から人が現れた事に、漁師達は驚く。


「助けが来たのか?」

「お前、健太か!?

「バスターズだったのか!」

「正確には違うけど今はそれでいいです。救助に来ました。怪我人は?」


 健太が怪我人の有無を聞くと、漁師達は一人の男性を指差した。

 そこには倒れて横になっている男が一人。

 昨日、健太の前で漁に出ると豪語していた漁師の石田であった。


「石田さん!? まさかシンの攻撃を受けたのか」

「そうなんだ。頭はオレらを庇って化け物の攻撃を食らったんだよ」


 健太は急いで石田の様子を確認する。

 息は絶え絶えだが、出血はどこにも無い。

 代わりに確認できるのは、腹部に張り付いている卵のようなものであった。


「なんだこれ……タニシの卵に似てるけど」


 よく見れば先程シンが撃ってきたものに似ている。

 健太が半透明な卵らしきそれを注視すると、中で何かが蠢いていた。


「……シンが撃ったってことは、シンの卵か?」


 仮にそうだとすれば早急に切除する必要がある。

 しかし卵は明らかに石田の身体に根を張っていた。

 恐らくこのまま無理矢理切除をすると、寄生された人間に甚大な負担をかける事になる。


「だったらプラグチェンジして」


 健太がメディカルプラグインに切り替えようとすると、船が大きく揺れ始めた。

 振り返るとそこには、海面を激しく叩くシンの姿がある。


「クソっ! 治療一つままならねーじゃねーか」


 明らかに神経と集中力を要求される治療。

 こうも船が揺れてはどうにもならない。

 そんな健太の気を知ってか知らずか、シンは大きな口を開いてその中に卵を溜め始めた。


「オイオイ、また撃ってくる気だ!」


 漁師の一人が恐怖の声を上げる。

 やむを得ないと判断した健太は、一度石田から離れて漁師達の前に出た。


「ロード。ウイングシューター!」


 右手に握ったインジェクトガンに、健太が音声コマンドを入力する。


loadingローディング wingshooterウイングシューター


 ガイダンス音声と同時に、健太の左手には青色の銃が握られていた。

 ウイングシューター。ウイングプラグインのみが呼び出す事ができる専用武器である。

 両手に銃を構えた健太は、シンの攻撃を待つ。


「……来い!」

「――――――――――!」


 そしてシンの口から、大量の卵が弾幕の如く射出された。

 高速で迫り来る卵達。しかし健太は冷静にその動きを見切った。


「早撃ちなら負けない!」


 強化された動体視力と、早撃ち能力。

 二つのスキルを駆使して、健太は船に着弾するはずの卵だけを撃ち落としていった。

 弾弾弾と、インジェクトガンとウイングシューターからエネルギー弾が撃ち込まれる。

 着弾した卵は砕けて、意味不明な液体を溢しながら消滅していった。


「――――――――――――!」


 しかしシンはその程度で攻撃の手を緩めない。

 再び口の中に卵を溜め始めた。

 健太はシンの口に向けて二丁の銃を撃つ。

 しかしシンの持つイカの口が、エネルギー弾から卵を守ってしまった。

 シンの口には大した傷もついていない。


「ッ! やっぱりウイングの火力じゃ無理か」


 飛行能力、動体視力、射撃能力。

 これらが優れているウイングプラグインだが、弱点も存在する。

 それが決定的に火力が足りない事だ。

 普通のシン相手であれば連続でエネルギー弾を撃ち込む事でダメージを与えられる。

 しかし相手が大型級となれば話は別だ。


「大型級のシンは基本的に装甲が厚い。ウイングの火力じゃあ碌なダメージを与えられないぞ」


 そして卵を溜め終えたシン。

 再び弾幕の如く、卵を射出し始めた。

 無論、健太はそれを二丁の銃で撃ち落としていく。

 しかしあくまで卵を撃ち落とすだけ。

 大型級のシン本体には何もできない。


「クソったれ! 時間稼ぎはできても、それだけじゃねーか!」


 このままでは後方で倒れている石田の治療はおろか、他の漁師三人を逃す事さえできない。


(プラグチェンジしようにも、メディカルは戦闘に使える能力じゃないし、ファイアは海に出るようなシンに通用する攻撃をできない。ポイズンに至っては仮にダメージを与えられても、毒が海に悪影響を与えるかもしれない)


 策が尽きた。だが諦める訳にはいかない。

 健太は思考を加速させながら、卵を撃ち落としていく。

 しかしこちらのエネルギーも有限。いつかは尽きてしまう。


(シンが先に弾切れ起こしてくれれば良いんだけど……大型級がそうなるなんてありえないよなぁ)


 そもそもが巨大なエネルギーの塊のような存在のシン。

 その大型級となれば、息切れなど普通は起きないだろう。

 故に先に弾切れを起こすのは健太。

 となれば弾切れ前に何か策を閃く必要がある。


「――――――――――――――――!」


 大型級のシンが不気味な咆哮を上げる。

 その口には既に卵を溜め込み始めていた。


「不味い! 学習したのか!」


 戦いの中で学習し、新たな技を身につけたシン。

 次にくる攻撃は更に激しくなる。

 ここまでか。

 健太の頭に諦め浮かんだ次の瞬間、健太とシンの間に何かが投げ込まれた。


「……魚の、頭?」


 港に落ちていそうな生ゴミ。

 魚の頭が突然現れ……そして消えた。

 同時にシンの攻撃が始まる。


「――――――――――――!」


 襲いかかる卵の弾幕。

 だがそれらが船に到達する事はなかった。


「ゲートトリック!」


 先程魚の頭が消えた位置に誰かが現れる。

 そして巨大な輪が出現して、卵の弾幕を完璧に防いでしまった。


「お前……」


 健太は我が目を疑う。

 今彼の眼前にいるのは淡く光る朱色の衣装に身を包んだ戦士。

 健太と共にバスターズから逃げてきた少女、香恋かれんであった。


「先輩、大丈夫?」

「香恋、なんでお前が!」

「説明は後。防御は私に任せて、早くその人達を逃して!」


 香恋の言う通りであった。

 混乱する頭を押さえ込みながら、健太は香恋に防御を任せるのであった。

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