第10話:残されないために

 大急ぎでジャケットを羽織り、インジェクトガンをしまう健太けんた

 続けてプラグインを握った瞬間、香恋かれんが慌てて止めに入った。


「ちょっと先輩! 本当に行く気!?」

「死ぬかもしれない人がいるんだ。行くしかないだろ」

「相手は大型級なんだよ! 先輩一人でどうにかできるわけないじゃん!」


 それに関しては健太も重々承知している。

 当然健太にも考えはあった。


「別に大型級のシンと正面からやり合う気はサラサラ無い」

「当たり前だよ」

「シンを倒せなくても、一般人の救助くらいならできる」

「それは……そうかもだけど」


 健太の考えに関しては理解した香恋。

 しかし大型級のシンが持つ脅威は、それすらかき消すものである。

 下手をすれば救助の最中に、シンの攻撃で死ぬ可能性もあるのだ。


「海の様子を見て、人がいたら救助する。それだけだから心配するな」


 そう言って玄関を出ようとする健太。

 その腕を香恋が捕まえる。


「私が……私が行く」

「香恋」

「逃げるのは得意だから。先輩は部屋に残ってて。私が行くから」


 リスクを押し付けたくないという香恋の意思。

 それは十分に伝わるが、健太は首を横に振る。

 そして健太は一本のプラグインを香恋に見せた。


「俺はコレを使うつもりだ」


 そのプラグインには「wingウイング」と書かれていた。


「じゃあ私が」

「香恋は適性があるか分からないだろ。海の上を飛んで、人を運ばなきゃいけないんだ。適性が低いとそれもままならない」

「でも私は」

「仮に香恋の適性が高いトリックプラグインを使ったとしても、海上での救助活動は単独だと難しいだろ」


 健太の指摘に何も言い返せない香恋。

 自身の持つプラグインの弱点はよく知っているからだ。

 もちろん工夫すれば救助活動に応用できるかもしれない。

 しかし、それをするには一人だと心許ない。

 結局、健太が行くのが一番無難なのだ。


「気持ちは分かるけど、今回は諦めてくれ」


 そう言って健太は、腕を掴んでいる香恋の手を退かす。

 そしてアパートを出て、インジェクトガンにプラグインを挿し込んだ。


《wing》


 ガイダンス音声が流れると、健太はインジェクトガンの銃口を左手首押し当てた。


「インジェクト!」


 引き金を引くと、プラグインからエネルギーが注入される。


uploadアップロード wing》


 全身が作り変えられていく。

 服装は淡く光る空色のものに変化。

 髪は紺色になり、二本の角が生える。

 そして背中からは、大きな翼が出現した。


「よし。行くぞ!」


 変身が完了した健太は、翼を動かして空高く飛翔する。

 そのまま凄まじい速度を出して、健太は海へと急行した。


「……また、置いてかれちゃった」


 アパートの外で、香恋は夜空に消えゆく健太を見届ける。

 その心に浮かぶ言葉は無力感。

 結局また香恋は何もできず置いて行かれてしまったのだ。

 自分だけが安全圏にいる苛立ち。

 自分のインジェクトガンを持ち出さなかった事への後悔。

 様々な思いが飛び交い、香恋は拳を強く握りしめた。


「私も……何かしたいのに」


 握りしめた拳、爪が手のひらに食い込む。

 それで何かが変わるわけではないと理解していても、香恋は悔しさを抑えきれなかった。

 もどかしさを抱えながら、香恋は部屋に戻ろうと振り返る。

 すると足元に何かが落ちていた。


「……えっ?」


 つま先にぶつかった固い何か。

 香恋はそれを視認した瞬間、何故コレがあるのか理解できなかった。


「なんで……インジェクトガンが」


 拾い上げて、まじまじと見る香恋。

 色々確認してみたが間違いない。

 今香恋が手に持っている物は、バスターズの主要装備であるインジェクトガンだ。

 健太の物ではない。ではいったい誰の物なのか。

 香恋がそう考えていると、誰かが話しかけてきた。


「行きたいんでしょ。じゃあソレが必要なんじゃない?」


 香恋が顔を上げると、ヒカリ先生がいた。

 色々と戸惑う香恋。


「ヒカリ先生……なんで」

「うーん、それは何に対してかな? 手助けをする理由? それともインジェクトガンの出所?」

「……全部」

「ウフフ、正直ね香恋は」


 口元に手を当てて笑うヒカリ先生。

 いつも通り、掴みどころがない女性だ。


「インジェクトガンに関しては内緒。昔色々あった名残よ」

「じゃあもう一つは」

「手助けをする理由ね。前にも言ったでしょ、ワタシは面白い物語が好きなの。物語が面白くなるなら、いくらでも手を貸すわ」


 相変わらずよく分からない理由話すヒカリ先生。

 しかし今はそれを気にしている時ではない。


「ヒカリ先生。これ借りるね!」

「ふふ。ご自由にどうぞ」


 一秒でも早く健太に追いつく。

 もう安全圏に残されたくない。

 香恋はスカートのポケットから、プラグインを取り出した。


「……先輩、一人じゃないよ」


 インジェクトガンを構えて、香恋はプラグインを挿し込んだ。


trickトリック


 ガイダンス音声が流れると、香恋は左足を上げる。

 そしてスカートを少し捲り、左太腿に銃口を押し当てた。


「インジェクト!」


 引き金を引くと、超常エネルギーが香恋の全身に注入される。

 服装は淡く光る朱色のものに変わり、髪は金髪に変わる。

 頭部には一本の角が生え、両手首に輪っかが浮かび上がった。


《upload trick》


 変身が完了した香恋。

 飛行能力は無いが、人間を超えた身体能力がある。


「先輩、今行くね!」


 香恋は一目散に海の方へと走り始めた。

 一瞬にして姿が見えなくなる香恋。

 そんな彼女を見届けたヒカリ先生は、笑みを浮かべたままであった。


「さてさて……」


 ヒカリ先生はいつも手に持っている大きな本を開く。

 白紙のページを眺めながら、何かに対する期待を膨らませている。


「彼はあの子達をどう見るかな?」


 誰にも聞こえない独り言を口にするヒカリ先生。

 夜の闇は濃くなっていく。

 物語の山場を感じたヒカリ先生は、鼻歌を奏でながら部屋に戻るのであった。

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