05 ルーク

 ルークは雪原を一人で駆けていた。今日は雪が降っていなかった。彼の小さな足跡が点々と落ちた。

 ディアはまだなのだろうか? ルークは一つ年上の女友達のことを考えた。いつもなら、木立の陰で笑って見ているのに。彼は心配になって彼女の家に行った。


「まあ、ルーク坊っちゃん!」


 ディアの母親は目を丸くした。ルークは尋ねた。


「ディア、いる?」

「それがね、風邪で寝込んでいるんですよ」

「そうなの?」


 ディアの部屋へとルークは通された。昨日の夜から熱が出て、今はようやく下がってきたところらしい。栗色の髪の毛がもそもそと動いた。


「あっ、ルーク……」

「大丈夫?」


 ルークは七歳になったところだ。もう男女の情をわきまえていて、自分のディアに対する想いが恋慕なのだと既に気付いていた。それほど彼は早熟だった。


「ディア、早く元気になってよね。君が居ないとつまらない」

「ルークったら」


 ディアはそっとルークの手を握った。その温かな熱を離さないよう、拳を作ったまま、ルークは二階建ての一軒家に帰宅した。


「ただいまー!」


 ルークの母親は、クリームシチューを作っていた。


「おかえり。もうすぐできるから、食器の準備手伝ってくれる?」

「わかった!」


 スプーンやコップを並べていると、二階から父親が降りてきた。


「父さん、仕事はどう?」

「ちょっと詰まってる。ルーク、途中までのところ、ちょっと聞いてもらってもいいかな?」

「うん、いいよ!」


 ルークの家は三人家族だ。彼はきょうだいが欲しいと思ったことが何度かあったが、口に出すことはしなかった。

 それに、ディアの家には父親が居ない。彼女に比べれば、自分は寂しくない方だとルークは思っていた。

 約束通り、父親の書いている小説を読むと、ルークはいくつかのアドバイスをした。


「ありがとう。ルークの意見はいつもためになるよ」

「えへへっ」

「さあ、今日は早くお休み。疲れてるだろう」


 ルークは自分の部屋に行き、眠った。しかし、喉が渇いて起きてしまった。そっとリビングに行こうとすると、両親が話しているのに気付き、扉の前で足を止めた。


「……そう。調べてしまったんだね」

「うん。いくらなんでもルークは僕に似ていなさすぎる。妊娠のタイミングも怪しいと思ってた。避妊はしていたはずだからね」


 ルークは身動き一つできなかった。早くここから立ち去った方がいい。彼の直感はそう告げていた。しかし、どうしてもできなかった。


「本当の父親は?」

「……アルバート」

「ナリシスの副船長か」


 ナリシスの名前なら、ルークも聞いたことがあった。両親がここ、ソルダンに来るときに乗っていた移民船だ。母親がその船長だったことも彼は知っていた。


「どうして? どうしてだ? ディディ」

「彼のことも、愛してしまった。それだけだよ」

「ルークに何て言えばいい? もう彼は死んでいるんだよ?」


 早く、部屋に戻らなければ。これは自分が聞いていい話ではない。その焦りがルークの指を動かしてしまった。キィ、と扉がきしんだ。


「ルーク!?」


 父親が駆け寄ってきた。ルークは顔を伏せた。彼は実の父親ではない。それを知ってしまったのだ。


「いつからそこに居た!?」

「調べた、ってところから」

「そう……全部聞いてしまったんだね」


 母親はルークを抱き締めた。彼はされるがままになっていた。しばらくして、腕から解放された後、三人でダイニングテーブルに座った。口を開いたのは、ルークからだった。


「僕の本当の父さんは、別にいるんだね」


 父親が一枚の書類を取り出した。


「そう。これはDNA鑑定書っていってね。僕とルークには血の繋がりがないことが示されている」


 ルークは書類を読もうとしたが、よくわからなかった。しかし、父親の発言だけで十分だった。


「それで、僕の本当の父さんは、もう死んでるの?」


 母親が答えた。


「そうだよ。それには、長い話が必要になる」


 ルークは息を飲んだ。


「話をしようか。ナリシスの話を……」


 これはきっと、自分の人生の中で一番長い夜になる。ルークはそう感じた。そして、母親――クローディアは、言葉を紡ぎ始めた。

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移民船ナリシス 惣山沙樹 @saki-souyama

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