第34話 それを「幸福」と呼ぶ



   ◇◇◇◇◇



 ――高級宿「夜蝶」




「ア、アルト様ぁ!! 承知致しました! このオーウェン!! 必ずや、幸せになります!!」


「……え? あ、ぁあ……」


「うぐっ、うぅっ!! 私にお任せ下さい! 必ずや成し遂げてみせます! 差別なき自己責任の国を!! 己の身一つで道を切り拓ける自由の国を!!」


「……え? あ、うん。頑張れ……。うん。そんな国があればいいな……」


 オーウェンの号泣にドン引きしつつも、俺はそれを肯定した。


 “自己責任”。突き放したように聞こえるが、これは一人一人を尊重するという意味合いも孕(はら)んでいる。


 どんな貧困だとしても、生まれが不幸だとしても、自身の努力を肯定する。国がそのサポートをしてくれるのならまさに夢のような国だ。


 今の王国とは真逆に位置しているものであり、生まれや不条理に絶望した『使用人たち』の総意のような国。


 足掻く者には可能性を。

 怠惰な者には苦悩を。


 世の中に蔓延る『理不尽』に一矢を……。



「アルト様ぁ……うぅ!!」


「ふっ。泣くな、バカ……」


「ふぅぐぅっ……!!」



 まったく。なんて顔をしてるんだか……。


 まあ、かと言って「格差」というヤツが消える事はないだろう。裕福な家に生まれれば、そのまま裕福な生活が待っている。でも、可能性を示せるのは大きな希望となる。



 ――私はこの世が憎い。



 俺は、なぜかオーウェンと初めて会った時の事を思い出していた。【黒雷】という強スキルを手にした俺の「監視者オーウェン・フィッシャー」。


 

 やはりハイルを育てたのは俺なのだと実感する。



 俺はわざと『力』をひけらかし、オーウェンを懐柔した。……思えば長い付き合いだ。この2年も一緒に過ごしたし。


 これでお別れだと思うと、なかなかに来るものが……、



「私どもにとっての『幸福』など、救って下さったアルト様とともに覇道を歩むことにしかないのです! 今一度、絶対なる忠誠をアルト様にっ!!」






 あっ。ダメだ、コイツ。話にならん。




「レ、レイラ!! 早く来い! もう出るぞ!」



 慌ててキッチンに声をかけた俺。それを捕まえるようにガシッと肩を組んできた“大バカ”が1人。



「カハハハハッ!! 今日は逃さねえぜ、アルト!! んだよ、ったく……! ちゃんと俺にもわかるように説明しろってんだ!!」


「バカか!! もう俺に関わるなって言ってるんだよ!」


「んな事できるわけねぇだろ? 俺たちはアルトがいないと生きていけねぇんだ。“そう”したのはアルト……お前だぜ?」


「……あ、相変わらず、核心だけは捉えやがって」


「……ん? まあオーウェンのおかげで多少は理解できたぜ!? 要するにこの王国を“楽園”にするってわけだろ?」


「俺じゃなく、お前らがするんだ。自分たちの理想の国を話し合い、支え合いながら精査して、」


「難しい話はやめてくれ。兎に角だ……。今日は久々の再会に乾杯しよう」


「……はぁー……ったく」


「クハハッ! まぁ……アルトはアルトの好きにすりゃいいさ! 要するにみんなで幸せになろうって事だろ? 良くも悪くも、この“集団”はアルトがいてこそだぜ?」


「……お前」


「“頭”を失った動物は機能が停止する……。散り散りになった『劇薬たち』の行く末なんて、見たかねえ……。俺が見てぇのは……アルト。お前の人生そのものさ」



 ヴァルカンの言葉の数々は俺にしか聞こえない音量に落とされている。咽び泣くオーウェンに「やれやれ」と言った具合のサーシャとハイルにはこの声は届かない。



「……はぁ〜……ったく」


「俺はな、アルト……。もう一度あの景色が見てぇんだ。瓦礫の上……。大泣きしながら、すげえ幸せそうに笑ってるガキどもと、身なりの綺麗な貴族やメイドが一緒になって飯をたらふく食ってるとこがさ……」



 ヴァルカンの故郷であるスラム街の光景が目に浮かぶ。確かにアレは悪くない光景だった。まあ、俺がアーグリッド伯に恩を売りつけるために動いただけだが……。


 “あれ”を勝ち取ったのはヴァルカンだ。

 やり方は武力に頼るというお粗末でも、人の権利を、平等を、切に願い行動したヴァルカンがいてこそ、あの光景は生まれた。



「ふっ……今のお前なら、いくらでも救えるだろ? もう一度、見たいのなら思考を止めるな」


「カッカッカ! 俺は頭が悪りぃから無理だぜ? だから、ちゃんと導いてくれよ?」


「大丈夫だ。お前はちゃんと成長してるさ。今の会話……、お前、俺の真意には気づいてるんだろ?」


「……ククッ。クハハハッ!! “逃げらんねぇよ”。お前は誰よりも“身内”を大切にする。それに、困ってるヤツが放っておけねぇお人よしだ」


「ふざけるな。俺は『俺』のためにしか動かない」


「その『俺』ってのには、関わってきたヤツら全員が含まれてる……。この2年、ミーガン公について回っていろんなヤツを見た。時には他国への交渉にもついて行って、色んな国のいろんな“お偉いさん”共を見てきたんだ……」


「……? 何が言いた、」



 ポンッ……



 ヴァルカンは言葉を遮るように俺の頭に手を置く。



「“アルト様”。あなた以外に『王』となるべき人間はこの世界にはいねぇ……。本当に……会いたかったぜ」



 このおっさんは恥ずかしげもなく、まっすぐ見つめてきやがって……。


 やっぱ嫌いだ、コイツ……。


 俺はパシッとヴァルカンの手を払い、「はぁ〜……」と大きくため息を吐き、口を開いた。



「諦めろ、ヴァルカン。俺が『表』に出る事は……今後、一生ありえない」


「……ククッ、どうだかなぁ〜? 俺たちがしくじって、どうしようもなくなった時とか、我慢できんのかなぁ?」


「ふっ、バカが。俺はお前らを信用している。人を見る目には多少自信があるんでな……」



 俺はヴァルカンの胸にトンッと軽く拳を合わせ、キッチンへと歩く。



「そ、そういうとこだぞ、おい! サ、サーシャ! ありったけの酒を持って来い!! アルト!! 今日という今日は弱みの一つでも握ってやるからなっ!!」



 ヴァルカンの声を背に受けながら、(コイツ、“ヒューズ”に似てきたな……)なんて、最年長の爺さんの顔を思い出した。


 アイツらも、元気にしてんのか?


 それと同時に、この場にはいない元使用人たちにも会いたくなってきた。



(……はぁ〜。厄介この上ない……)



 この感情と言うのは……。

 うん。なかなかどうして……悪くない。


 こうして、たまに会ってバカな話に花を咲かせるのも、みんなの成長を目の当たりにできるのも、嬉しいと思ってしまっている自分自身に苦笑しか出てこない。



 “勘違い”は続くのか……?

 

 

 俺は『普通の平穏』を手にしたい。

 だが、コイツらを巻き込んだ時点で、それはもう叶わないのかもしれない。


 まぁ、なんだ……。俺は俺なりに、「俺のため」に動くさ。いつか、回り回ってまたコイツの道と交わることもあるかもしれない。



 いや、無理矢理にでも交わらせてくるのだろう。


「ふっ……、その時まで、また放置でいいか」



 世界を見て回ることで、俺の価値観が変化しないとも言い切れないしな……。

 

 

「ご主人様? なにか嬉しい事でも?」



 キッチンに入ると、レイラが小首を傾げる。


 店の雰囲気などぶち壊すかのようなガヤガヤとした身内だけの空間。


 キッチンに佇むレイラを見た俺は、不思議な感覚に包まれていた。



 ――わぁ〜! レイちゃん! これ、美味しそう!

 ――ダメですよ、シエル様。まだご主人様が、

 ――アルはそんな事じゃ怒らないと思う!

 ――あっ、ダメです! ちゃんと一緒にっ!

 ――もぉ〜! レイちゃんのケチ!!

 ――…………あっ、ご主人様、

 ――おかえりなさい、アル!! ちゃんと待ってたの!! 偉いでしょ〜?


 

 もぐもぐとつまみ食いを隠しながら焦っている母の顔を思い出した。そんな何気ない日常の一幕がフラッシュバックする。



「……ふっ」


「……? ご主人様?」


「いや、なんでもない。俺にも酒をくれ……。今日は少し飲みたい気分なんだ」


 

 なぜかはわからない。


 ただ……、なんだか、この騒がしくてうるさすぎる高級宿が、あのボロボロの宿の雰囲気を醸し出している事に、俺の頬は緩んでしまった。



「アル様〜! マリュー、もうお腹空いたかも!」


 

 そう叫びながら俺に飛び込んできたマリューを受け止め、その様子を見てぷっくりと頬を膨らませるレイラの頭をポンと撫でた。





  〜〜〜〜〜



「じゃあな。任せたぞ? くれぐれも王国を優先して、他国には手を出すな」


「……はい。先生」


 アルトは今にも泣き出してしまいそうなハイルの頭を撫で、朝日が差し込む王都を歩いた。


「ご主人様。これから世界を見て回るのが楽しみですね!」


「あ、ああ……」


 昨晩、酩酊しながら風呂に入った2人の距離感はどこかぎこちなく、いつも通りのレイラリーゼとは対照的に、顔を青くさせているアルトの表情には「何か」があった事を感じさせる。



 2人を見送る使用人たちの表情はさまざまだが、“これから”に意気込んでいたオーウェンの顔は清々しいものだった。


 アルトとレイラリーゼを見送り、今後について話し合い始めた王都の使用人たち。もちろん、二日酔いに苦しむヴァルカンは不参加のその話し合いの最中……。



 ポワァア……



 オーウェンが懐に忍ばせている通信用魔道具が発光する。この場にはいない使用人からの連絡に、オーウェンは少し首を傾げて応答した。




『オーウェンか? “アル坊”を勇者に接触させるのはやめとけ。ありゃ、ダメだ。アル坊が勇者を殺しちまうぞ?』



 声の主はヒューズ・ドノヴァン。

 【勇者】を調査していた最年長の老人だ。



「……オーウェン。アル様の気配は、ちょうど今消えてしまったわ」



 サーシャの言葉に、ハイルもコクリと頷いた。



「ヒューズ。とにかく、説明してくれ」



 オーウェンの低い声が高級宿の雰囲気をガラリと変えた。



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