第8話 “バラしたら殺すから”





   ◇◇◇◇◇



 ――ガルド山脈 麓の森




「《魔力治癒(マナ・ヒール)》……」



 ポワァア……



 カインたちと合流し、魔力切れで倒れていたジルーリアを回復させるとペコリと頭を下げて聖女は去っていった。


 あまりに呆気ない初対面にホッと胸を撫で下ろしたはいいが、安心はできない。



「えっと、“カイル?”だったか? 悪かったな、俺たちのせいで、」

「カインだよ! 何度か喋ってるし!! ひどいよ、グッさん!」

「え、あ、悪りぃ! さっきのワイバーンは俺たちが派手にやっちまって、」

「彼はカイン・ロロン。同じギルドで働いている仲間の名前も覚えられないの? それから、アレはお前が派手に爆破しまくっていたせいだ。僕も一緒にするな。これだから脳筋は」

「はぁ? テメェは魔力切れの足手纏いのくせに、」

「こんな時まで喧嘩しないでくれよ! グッさんも、ジルさんも!!」

「「ご、ごめん」なさい……」



 名前を覚えられてないカインはさすがという他ないが、3人の会話に混じる余裕は、今の俺にはない。



(……あの聖女)



 索敵用の【黒雷】は察知した瞬間に解除したからバレてないはず……、それなのに……、なんで俺に“首を傾げた”? 何かやらかしたか? いやいや、魔力は常に抑えてた。


 細心の注意を持って“異変”を迎えたんだ。

 俺に粗相はなかったはずだろ……?



 ――いえ。たまたま通りかかったにすぎないので、お気になさらず……。



 ジルーリアの感謝に対する対応もそっけない……というより、“無”だった。本当に何もなかった。


 分厚い眼鏡で瞳の色すらわからないくらいだ。


 本当に掴めない女だった。

 あんなやつは初めてだ。


 おそらくは、羽織っていたのは聖女のローブ。インナーで肌を隠し一切の露出はなかった。女性らしからぬ、ひょろりとした体躯は三つ編みでなければ男かと勘違いしてしまいそうな印象だ。


 ボソボソっとした喋り方。

 必要最低限しか喋らない人見知り……。


 俺やカインには会釈だけ。うるさいグリードには「ええ」とか「まあ」という返事だけ。極め付けがジルーリアに発した言葉……。



 うん。やはり……“地味すぎる”。



 俺が特殊な生活を送っているからそう思うのか、はたまた本当にそうなのか……。違和感が拭えないし、おそらくはあの聖女、常に自分の周囲に結界を張っていた。



 あの眼鏡は前が見えていないのか?

 魔力をぶつけて障害物を判別している可能性すら……?


 うん。……仮定としは上々。

 なるほど。あの小首を傾げる動作も、俺にぶつけた魔力に違和感があった可能性……俺の抑えまくっている魔力量が変な形で伝わり、首を傾げたとしたら頷ける。


 いや、すぐに去った事を考えれば気にしすぎか……? 我関さずを貫くのなら僥倖か?


 ……今の俺は完全に「冒険者A」。

 俺みたいなヤツは掃いて捨てるほどいるはず。


 いや、こんな事考えてる時点で……。



「“アルト君”……だったかな? さっきは助かったよ。君のスキルは【視線誘導(ミスディレクション)】だっけ? とてもいいサポート役になれると思ったんだけど? どうかな? 僕とパーティーを組まないか?」



 思考を繰り広げる俺にジルーリアが声をかけてくるが、俺は苦笑を返してやり過ごす。


「へぇ〜……、お前がパーティーを。ってか、男を褒めるなんて珍しい、」


「か、勘弁してよ、グッさん。ジルーリアさんも……。グッさんは俺が逃げ回ってるの見ただろ? そもそも、カインがジルーリアさんを助けに行かなきゃ逃げ出してた。俺は凶暴な魔物は怖いんだ。パーティーなんて無理に決まってる」


「アルトぉお……! お前ってヤツは!!」


「やめろって、カイン。正直、今でも足がガクガクだよ」


「そうか。まあ、無理にとは言わないさ。……にしても、カイン君の言う通りだ。友を助けに向かう事は当たり前のようでとても勇気がいる事だよ」


「……ふっ。“女の子”を助けに突っ込んで行った勇気に比べれば屁でもないよ」


「ア、アルト!」

「え、いや……!」



 俺の言葉にジルーリアとカインは顔を赤くする。


 なかなかお似合いに見えるのは、さっきのカインの行動で少し補正がかかっているんだろう。


「……と、とりあえず、ギルドに帰ろうぜ! 2人とも、今日は本当に悪かったな! 奢らせてくれ!」

「あ、ああ。本当に助かった。僕からもお礼をさせて欲しい」



 グリードとジルーリアの言葉はこれでは終わらない。



「それにしても、アレが聖女様とはな……。マジで地味すぎて覇気がなかったな」

「……確かに噂通り……い、いや! 僕は改めて礼をしないといけない! 噂通りだとしても優しいお方だよ!」



 グリードはバカ正直に、ジルーリアは少し困惑気味に聖女への感想を述べる。


 俺も同じ所感だ。

 山脈の魔法陣を見なければ……だが……。


 魔力量は相当なもののはず。

 違和感を消すために感知魔法や【黒雷】を使わなかったとは言え、あそこまで覇気がないと聖女である事すら疑ってしまう。


 そもそも、なぜこんなところに?

 なぜ1人でいる……? 魔王が討たれたなんて噂は聞いていないんだが……?


 仕方ない……オーウェンに確認を取るか。



 街へと帰る道中、


「ジ、ジルさん! よ、よかったら俺と2人で食事とかどうっすか?」

「え、あ、う、うん。ア、アルト君もどうかな? 3人で……なら。まあ……」

「いやいや、俺は妹が食事は一緒にってうるさいので無理ですよ? 2人で行ってやって下さい」


 カインのなけなしの勇気をサポートしながら、あらゆることに思考を巡らせていた。




   ※※※※※


 ――アクアンガルド ボロ宿「オアシス」



 「今日は疲れたから無理そうだ」と3人に別れを告げ、拠点としているボロ宿へと帰る。「オアシス」とは名ばかりのボロ宿だが、2階フロアはパーティー専用の作りとなっており、家族暮らしでも不便がない。


 キッチンやトイレも部屋にはあるし、1階には共同の檜風呂もある。客は俺たちしかいないのでこちらもいつでも使い放題なところが気に入っている。


 

(……レイラは食材の買い出しか……。オーウェンはまた貿易港かな……)



 いつもは「おかえり! お兄ちゃん!」とレイラが抱きついてくるはずだが、留守のようだ。「やめろ」と言っても意味はない。


 ただまあ、本当に習慣とは恐ろしいものだ。

 ないならないで、少し寂しく思うのだからやってられない。



「先に風呂でも入るか……」



 頭をクリアにする意味も込めて風呂場へと向かい、ササッと服を脱ぎ捨て、「ふぅ」と小さく息を吐きながらお湯が出る魔石に魔力を込めた。



 汗を流しながらも、頭の中は聖女の事ばかり。


 落ち度は無かったか?

 《不完全な魔法陣》の残滓は消えていたか?

 初対面の時の表情に違和感はなかったか?


 考えることは山ほどある。

 聖女なんて爆弾がこの街にいるのなら、食費を切り詰めてでも外出は控えた方がいい。これ以上の接触は危険だ。


 やっと手に入れた『平穏』。

 この2年間は想像以上に幸せだ。


 レイラの飯は相変わらず美味しいし、オーウェンのジイさんぶりは俺にも真似できないほど完璧だ。


 今となっては2人で来てくれてよかったとすら思っている。何も隠さなくていい存在が近くにいてくれるのは俺としても救いになってる。


 俺は本当に「幸せだ」と言えるんだ。

 これを手放すわけにはいかない。


 そのためには今一度気を引き締めて、聖女に対して対策を練らないといけないだろう……。


(……ハハッ。こんなに頭を回転させるのは久しぶりだな)


 昔を思い出しながら、ザプンッと湯船に浸かる。



「ふぅ〜……」



 広々とした檜風呂。

 ここは本当にボロ宿だが、水回りは綺麗にしている。トイレもキッチンも後から手を加えられているのも気に入っている点の一つだ。


 とりあえず、今日の食事時にでも2人に相談を……。




 カラカラカラッ……




 風呂場の扉が開く音に「またか……」なんて入り口を見やる。俺の入浴を邪魔するヤツなんてレイラしかいない……はず……なのに……、



「……聖女、か?」



 つい先程感じた《結界》と同じ気配に、思わず口にしてしまう。



 ……と、同時に、


 バクンッ!!


 心拍数が跳ね上がる。


 一つは、もちろん、口にしてしまった焦燥感。

 自分がやってしまった事に対する後悔。


 もう一つは、『地味すぎる聖女の素顔に』だ。


 

 三つ編みを解いた金髪は緩やかなウェーブを残した長髪に……。ひょろりとしていたはずの身体は見る影もない。


 形のいい豊満な胸に、くっきりとしたくびれ。

 引き締まったお尻としなやかな四肢。


 陶器のように白い肌が清廉さを醸し出し、射るような紺碧の瞳はどこまでも澄んでいて美しい……。



 ガタッ!!



 聖女は裸のまま風呂場に入ってくると、すぐさま魔法陣を浮かべて《光剣》を生み出し、俺の首に突きつけた。




「バラしたら殺すから」




 俺はこんな事絶対に言わないと思っていたが、絶対ってやつはどうにも信用ならない。



(ど、ど、どうしてこうなった!!??)



 心の中での絶叫。

 聖女の紺碧の瞳の中には、この状況化では不自然すぎる無表情の俺が写っていた。



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