1‐6

 ギルド・グシオンの代表として屋敷にやってきた男の名は、ライナー・アーケルと言った。


 ブロンドの短髪、顔立ちは整っていて、精悍さが感じられる。しかし、まだ何処か危うい若さと勇み足を感じさせる青年でもあった。




 時刻は既に夕刻を回り、帰宅したヤルマに案内されて、二人は客間にやってきている。


 ヤルマはハンカチで汗を拭いながら、ライナーに対して椅子を進める。


 木製の高価な椅子に腰かけると、ライナーは部屋内を見渡す。




 彼が連れてきたグシオンの兵隊二十名は、屋敷の内外を警備していた。




「ライナー殿。あまり屋敷の者達を刺激されては困りますよ」


「護衛が必要ということです。あれに付いての情報は、最早広く出回っている。だからこそ、グシオンの精鋭の一人であるこの私が、ここに馳せ参じたということでもあります」




 椅子の背もたれに深く身を預け、肘を置きながらライナーはそう語った。




「ギルドですか……」


「貴族からすれば面白くない話でしょう。魔王戦役から今日まで、国に仕えてきた貴族達の力は弱体化の一途を辿っている」


「……ですな」




 ヤルマの屋敷には、調度品の類は殆どなかった。この広い建物と庭、そしてそれらを管理する使用人だけが、彼の権威を誇示している。




「だから私はギルドに所属した。ここから成り上がってやるために! そのために絶対に必要なのが、例の物なのですよ」


「こちらとしてもまだ半信半疑ですよ。あれがレリックであるなどと」


「実際そうであるかはわかりません。事実、あれは国の機関の調査を一度はパスしているのでしょう?」


「父の代での話ですので、詳しいことはわかりませんが、そうだと聞いています」


「だが、あれには力が秘められています。少なくともうちの学者共が見つけた文献やら伝承では」


「信じられん話ですな」


「だが、悪い話ではない。それを手にすれば、或いは『英雄』に近付けるかも知れないのですから」


「……英雄ですか」


「ええ、そうです」






 ライナーは無意識に、拳を強く握っていた。




「アルテウルを介さない英雄の誕生、それはこの国に新しい風を吹かせるでしょう」


「ライナー殿が、その第一人者になろうと?」


「可能ならば。そのためにここに来ました。英雄と呼ばれる者達がどれだけの栄誉を手にしているか、知らないわけではないでしょう?」


「こんな時代ですからな。英雄達の活躍は嫌でも耳に入るものです。運命に導かれ、そして王家よりレリックを預けられた一騎当千の戦士達」


「その通りです」




 ライナーの言葉にも、自然と熱が入る。


 彼とて、英雄に憧れ、それを求める男の一人だった。




「神に選ばれし者。私もそうなれるかも知れません」


「……紛い物である可能性は考えないので?」


「なってしまえばこっちのもの。民衆は強き者に憧れ、その後ろを歩く。かつて貴族がそうであったように、今は力を持つ英雄が人々を率いる時代なのです」




 ライナーは興奮気味に手に持っていた鞄を交渉のテーブルの上に、投げ出すように置いた。


 重苦しい音を立てる鞄の中からは、黄金の輝きが覗いている。




「これだけの物を預けられている」




 ライナーは、敢えて紙幣や貨幣ではなく、金塊を用意していた。その理由としては、これが単純な商談ではなく、今後新たにミリオーラの治安を維持し統制する、グシオンの威容を示すためでもあった。




「お、おぉ……」


「これはあくまでも、こちらが用意してきた金の半分に過ぎない。残りは実際に現物を見せてもらってから、こちらで判断します」


「は、はい、是非に! それから、この屋敷には他にも使われていない、先祖由来の武具もありますので、よければそちらに付いても、ご一考いただければと……」


「はははっ、そうだな。どの程度のものであろうと、こんなところで死蔵しているよりは我々グシオンが手にした方が、幾らか有用と言うものでしょう」




 金塊を見て目の色を変えたヤルマを見て、ライナーは大分気をよくしたようだった。彼の言葉は無意識に失礼なものへと変わっていくが、それに対してヤルマも下手に出るばかりだった。


 話が一段落したところで、客間の扉がノックされる。ヤルマが「入れ」と言うと、扉を開けてメイドが部屋に入ってくる。




「お茶の準備ができました」


「ご苦労」




 静々と、メイドは二人の前に湯気の立つカップを置いていく。


 その途中、彼女の帽子の下に隠れた不自然な膨らみに、ライナーが気付いた。




「ヤルマ殿は獣人のメイドを飼っていらっしゃるのか?」


「は、獣人ですか……? 人事に関しては全て給仕長のサンドラに任せているのですが、そのような人物を採用したとの報告は受けていませんが」




 不審そうに、ヤルマが眉を顰める。主人である彼も、屋敷にいるメイドの顔など全部は覚えていないのだが、一応サンドラから最低限の報告は受けているはずだった。


 その訝しげな視線に耐えきれなくなり、先走ったのはそのメイドだった。明らかに表情が変わり、懐に手を伸ばす。




 彼女の手に銀色の光る刃が握られているのを見て、即座にライナーは、腰に下げていた剣を抜いた。


 抜き様に一閃。メイドの悲鳴が響き渡り、その肘から先が綺麗に切り飛ばされて、応接間の床を血の線が這う。




「ひっ、ら、ライナー殿!」


「落ち着け、ヤルマ殿! こやつは賊だ。おのれ……やはり、情報が漏れていたか!」


「ぞ、賊!? いったいどうして……!」


「ここのところ、急激に各地の治安が悪化したことは知っているだろう。だから、我々グシオンもミリオーラに支部を置くことを決めたのだ。それ自体は魔物の活性化が原因だが……それを気に動きだした者達もいるということだ」


「それは、まさか……」


「誰か!」




 ヤルマとの問答を打ち切り、ライナーが声を上げる。


 それに反応したのは、扉の前で待機させていたギルドの兵士だった。


 兜を深く被った男が部屋に入ってきて、ヤルマの前に立つ。




「賊が入り込んでいる。警戒を強めよ。ヤルマ殿、例の物が保管されている場所は? 先にこちらで確保する」


「えぇ! ですが、それでは交渉が……!」


「奪われれば話も何もあったものではないだろう!」




 ライナーがそう一喝し、半ば無理矢理にでもヤルマを倉庫へと案内させようとする。


 そうやって部屋から出ようとしたところで、ライナーは屋敷の中がにわかに騒がしくなってきていることに気が付いた。


 女達の悲鳴と、怒号。それから争うような剣戟の音が、薄暗くなりはじめた屋敷中に響き渡っている。




「これは、只事ではないぞ!」


「ライナー隊長!」


 もう一人の兵士が、廊下を駆け抜けて部屋に飛び込んでくる。彼は息も絶え絶えで、傷を負っていた。


「どうした?」


「つ、連れてきた兵士の中に裏切者がいたようです! 状況は混乱しています!」


「ええい、こんなことになろうとは! だが、裏切者が紛れ込んだといえど数名だろう! すぐに見つけ出して始末しろ。兜を脱がせ、顔を改めてな!」


「りょ、了解です!」




 同時に、焦げ臭い香りが辺りに漂う。




「今度はなんだ!」


「ひ、火矢だ!」




 その叫び声は、離れたところから聞こえてきたものだった。




「火矢だと! 古典的な道具を! 奴等め、本気で例の物を奪うつもりなのか!」


「ライナー殿! まずはこの場を離れてましょう! 屋敷が燃やされては、交渉どころではありません」


「そう言う問題ではない! だからこそ、このような卑劣な輩にあれを渡すわけにはいかんのだろうに!」




 そう言っている間にも、屋敷にはじわじわと火の手が回っている。




「火の巡りが早い……。魔法矢か……。おい、貴様何をしている!」




 最初の飛び込んできた兵士が、腕を斬られたメイドに向けて手に持った槍を突きたてていた。


 ライナーに見咎められ一瞬動きを止めたものの、すぐに無理矢理敢行し、その心臓を貫く。




「何のつもりだ! そいつは貴重な情報源だったというのに!」




 ライナーは勝手を行った部下を始末しようと、剣を抜いた。


 振り返った兵士は、兜を脱ぎ捨てて嫌な笑いを浮かべている。


 狂気に満ちたその笑みを見て、ライナーは思わず息を呑んだ。


 その頭には、やはり人間の物とは違う獣の耳が付いていた。




「ここから始まるのだ」


「何を……!」


「我等の復讐を、我等の怒りを知れ、人間!」




 ライナーが手を下すよりも早く、背後から彼を何かが差し貫く。




「なんだ……?」




 ゆらりと、死んだはずのメイドが立ち上がる。


 生気のない目に、小さく開いたままの口からは一筋の血が垂れている。


 その瞳に宿る紫色の光、そして貫かれた胸の中には、今も脈打つ紫色の心臓が収まっていた。

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