第14話 後悔してるわけがない。


 義妹たちを突き放したあの日からしばらく経った。冬華と玲華は以前のように俺に絡んでくることはなくなった。だが、それは決して悲観すべきことではなく、むしろ以前よりも年相応の兄妹らしい関係になったと言える。これでやっと西山家にも平穏が訪れたのだ。


「これでよかったんだよな……」

「ん?兄さん、どうかしましたか?」

「ああいや、なんでもない。というかこのシチュー美味いな。玲華の作る飯はハズレがないっていうか」

「あはは、そう言って貰えて嬉しいです。けど、私のことは不必要に褒めたりしないでください。勘違いしそうになるので」

「お、おう……。すまん……」


 玲華は微笑みながら夕食のシチューをスプーンで口に運ぶが、その笑顔が無理をして作られたものであることは明らかだ。玲華の気持ちを拒絶した日からというものの、表面的なコミュニケーションこそあれど、どこかよそよそしさを感じるようになった。


「おかわりもありますから、遠慮せず言ってくださいね」

「ありがとな。玲華は食べないのか?前は茶碗3杯分くらい余裕でおかわりしてただろ」

「ううん、最近あまり食欲がないので結構です。何を食べても味がしないんですよね」

「そっか……」


 最近の彼女は明らかに様子がおかしい。以前のような活気もなく、勉強にもあまり身が入っていないようだ。その原因はきっと俺のせいだろう。そう思うととてつもない罪悪感に苛まれる。だがそれでもこの選択に後悔はない。俺はそう自分に言い聞かせながら、心から笑わなくなった彼女と夕食を食べ進めたのだった。


 リビングのソファにて、俺は仰向けになったまま天井を見つめていた。最近はこうしてボーッとする時間が増えたように思う。だが、こうしているといつも頭に浮かぶことがある。それは俺が突き放してしまった妹達のことだ。作り笑いが顕著になった玲華とはコミュニケーションを取れる分まだ救いがあるのだが、冬華に至っては完全に無視されてしまっている。まるで再会した当初の冷戦状態に逆戻りしたようだ。


「はあ……。本当にこれでよかったのかな……」


 天井の模様を数えつつ、溜息を零した。彼女たちがこれから健全な恋愛を学んでいく為だとはいえ、流石にやりすぎたのではないだろうか。


「……いやいや、なに考えてんだよ俺。突き放すって決めただろ。最後までやり通せよ」


 優柔不断な己に言い聞かせるようにして独り言を呟いた。きっとこれは正しい選択だ。これで彼女たちは幸せになれるはずなのだから、後悔なんてしていられない。むしろ今後は、彼女たちとの関わりを徐々に減らしていくべきだろう。これ以上余計なことは考えないようにして、俺は目を瞑った。


「ふぅ……。あれ、兄さん?寝てるんですか……?」

「ん……」


 ソファでうたた寝しそうになる直前になって、シャワーを浴び終えた玲華がリビングに戻ってきた。彼女の問いかけに返事をしそうになったが、なるべく接する機会を減らそうと考えていた俺は言葉をぐっと堪え、その場で寝たフリをしたのだった。


「兄さんってば、こんなとこで寝てたら風邪ひいちゃいますよー?」

「…………。」

「あれ、ほんとに寝てるんですか……?もう、仕方ないですね」


 玲華は俺が寝ていると思い込んだのか、近くにあったブランケットを体に掛けてくれた。相変わらず気の利く優しい妹だなと感心したのもつかの間、彼女は俺の顔を覗き込んできた……。


「ふふっ。兄さんの寝顔、かわいいなぁ。意外とまつ毛も長いですし、肌もすごく綺麗です……」


 玲華は俺の顔にそっと手を添えると、優しい手つきで頬を撫でてくる。その感触に思わずドキッとしてしまったが、必死に平静を装った。


「兄さんってば、結構筋肉質ですよね……。今でも鍛えてたりするのかな……?」


そんな俺の苦労もつゆ知らず、彼女の行為は次第にエスカレートしていく。腕を触ったかと思えば腹筋を撫でられたりと、どうやら筋肉フェチらしい玲華によるくすぐり攻撃のラッシュに、俺は下唇を噛んで必死に堪えたのだった。


「ん……。やっぱり、諦めるなんて無理です。せめて寝てる間だけでも、好きでいさせてください……」

「っ……!?」


 玲華は切なげな声で呟き、そっと唇を重ねてきた。柔らかい感触が伝わってくると同時に、彼女の甘い香りが鼻腔をくすぐる。俺は反応を押し殺して寝たフリを続けながら、内心かなり動揺していた。


「ちゅ……ん、はぁ……。んぅ……」


 玲華は一度のキスでは物足りないと言わんばかりに、何度も啄むようなバードキスを繰り返す。俺は動揺を隠しつつもひたすら寝たフリを続けながら、彼女が離れるのを待った。やがて彼女は満足したのか、ゆっくりと顔を離した。


「えへへ……キス、しちゃいました。これで冬華とおあいこです」


 そう呟いた彼女の声色は、微かに震えていた。そして啜り泣くようにして、寝ている俺の胸元に顔を埋めてきた。


「すんっ……。ごめんなさい……。兄さんのこと、ほんとは諦めなきゃいけないのにっ……」


 玲華は消え入りそうな小さい声でそう呟くと、静かに涙を流したのだった。ついに我慢の限界に達した俺は、玲華の頭を撫でつつ慰めることした。


「……玲華、とりあえず落ち着けよ」

「ふぇっ……?兄さんっ!?い、いいつから起きてたんですかっ……!?」

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