第13話 兄妹で付き合っていいわけがない。


「それで、2人してどこに行ってたんですかっ!内緒でお出かけなんてずるいです!」

「ずるいもなにも、ただの買い物だって……。なあ冬華?」

「うん。ただのデートくらい別にいいでしょ」

「で、デート!?いまデートって言いましたか!?」

「おい、話をややこしくするなよ……」


 カラオケから帰ってきた俺たちを見て、玲華は怒った様子で何をしていたのか問い詰めてきた。平然と話をややこしい方向に持っていこうとする冬華を見て、俺は頭を抱えてしまう。


「デートなんてだめですっ!そんなの不埒すぎます」

「なんでお兄とデートしちゃだめなの?」

「そ、それは……。私が兄さんのこと好きなの、分かっててやってますよね。私の事困らせようとするなんて、冬華ってばいじわるすぎます……」

「別にそんなこと考えてないし。お姉ってたまに自意識過剰なとこあるよね」

「なぁっ……!じゃあどうして兄さんを連れ出したんですか!もしかして、やっぱり冬華も兄さんのこと……」

「……まあ、そーいうことだから。お兄もあたしに気があるみたいだし、こいつと付き合うのは諦めてよね」

「そ、そんな……。そんなのだめです!私の方が先に告白したのに……!」


 玲華は涙目になりながら、冬華の肩を掴んで揺さぶった。俺は慌てて2人の間に割り込むと、何とか仲裁を試みる。


「まあ落ち着けって二人とも。ていうか、俺はまだ冬華に気があるなんて一言も……」

「ふーん。じゃ、この写真はどう説明するの?」


 冬華はスマホを取り出し、俺たちに写真を見せてきた。そこには冬華に俺が覆い被さるように口付けをしている様子が収められており、玲華はそれを見て絶句していた。


「これは……その、事故みたいなもんで……」

「押し倒してキスまでしたのにその気はなかったなんて、そんな言い訳通ると思ってる?」

「そりゃまあ、ちょっとだけ欲情したのは否めないが……」

「ほら、お兄もこう言ってるじゃん。いい加減諦めてってば」

「ううっ……。兄さんの嘘つき。私には妹だから手を出さないって言ったのに、冬華とこんなことしてたなんて……!」


 玲華は涙を浮かべながら、俺の胸元に頭を埋めてきた。慌てて弁解しようとするが、冬華に制されてしまう。


「もしかして、また言い訳でもするつもり?」

「言い訳って……ああそうだとも。別に冬華だけ好きだとか、贔屓してるわけじゃなくてだな……」


 そう言いながら玲華の背中を撫でて落ち着かせる。どっちにも贔屓をするつもりはなかったが、結果として俺は冬華と兄妹としての一線を越えようとしてしまったことは事実だ。必死に弁明を続けていると、隣で見ていた冬華が腕を組みながらため息をこぼした。


「はぁ……。そーやって思わせぶりな態度を取り続けるせいで、いつまで経ってもお姉があんたのこと諦めきれないってわかってる?」

「なっ……」

「だから、いい加減その曖昧な態度をやめろって言ってんの。ここで完全に拒絶すれば、お姉は諦めて次の恋を始められるんだから」


 冬華は真剣な眼差しで見つめてくる。俺はその視線に気圧され、何も言えなくなってしまった。確かに、このまま玲華の好意を躱し続けても、彼女はいつまでも俺に執着し続けるだろう。それは彼女にとっても辛いことであり、俺としても望むところではない。だが……だからといって玲華のことを拒絶するのはあまりに酷だろう。


「んぅ……。兄さんにとって、私は迷惑な存在なんですか……?」

「迷惑って、そんなわけ……」


 言葉を言い切る前に、冬華がぎゅっと俺の手を掴んできた。きっと慰めるなと言いたいのだろう。確かに、その方がかえって彼女にとっても健全な恋路を歩むきっかけになるかもしれない。俺は断腸の思いで、彼女をあえて突き放すことに決めた。


「……そうだ、迷惑だよ。お前は告白する相手を間違えてる」

「ふえっ……。そんな……」

「だから、もうこれ以上俺に付きまとうな。お前には俺なんかよりもっといいパートナーが見つかるはずだから」


 俺はあえて強い口調で言い放った。それを聞いた玲華はぶわっと涙を浮かべながら、俯いて俺の服を引っ張ってくる。その表情からは悲しみが滲み出ており、胸が締め付けられるようだった。だが、ここで中途半端に優しくするわけにはいかないのだ。彼女がこれから幸せになるためにも、ここは心を鬼にして突き放す必要があるだろう。


 しばらくして泣き止んだのか、彼女は顔を上げて目尻を真っ赤にしたまま俺から離れてくれた。


「……はい、わかりましたっ。これからは兄さんに付きまとったりしないので、普通の妹として接して欲しいです」

「お、おう……。本当にごめんな……」


 涙を浮かべつつも健気に笑顔を作っている彼女の姿を見て、俺は罪悪感に苛まれる。玲華は涙を拭いて俺に背を向けると、自分の部屋へと戻って行った。


「あーあ、お姉のことまた泣かせた。最低じゃん」

「……冬華、お前もだぞ。俺はお前と付き合う気なんてないからな。諦めてくれ」

「ふん……。別にそんなの知ってたし。でもいいの?あたしのことまで振ったら、腹いせに隠し撮りした写真ばら撒いちゃうかもね」

「そんなの勝手にしろよ。脅迫のつもりなら意味ないからやめとけ」

「はぁ?なにその言い方、むかつくんだけど……」


 冬華はあからさまに怒った表情を浮かべると、俺の肩を小突いてきた。だが、なにをされようが彼女の手玉に取られるつもりは無い。ここで冬華も突き放しておかなければ、彼女たちをより不幸にさせてしまいかねないからだ。


「……ほんとに、ばら撒いてもいいの?下手したら捕まるよ?」

「それでお前が諦めてくれるなら構わない」

「っ……。うざ。ほんっとキモい。別にお兄なんか最初から好きじゃなかったし、童貞みたいな反応するからからかって遊んでただけだもん!自意識過剰すぎ!しねっ、ばか!」


 冬華は余裕そうな表情から一変して、顔を真っ赤にしながら俺の体を何度も叩いてきた。俺はそれを黙って受け止めていたが、やがて彼女は息を切らしながらも俯いた様子で俺の両肩を掴む。


「はぁ……。もうやだ、あんたなんか大嫌い……」

「そうかよ」

「……あんたのこと、ずっと恨むから。あたしを振ったこと、絶対に後悔させてやるっ……」

「ああ。そのくらい受け止めてやる」


 冬華は嗚咽を漏らしながら、俺の胸板に顔を埋めた。俺はそんな彼女の頭をそっと撫でながら、ただ黙って受け入れたのだった。

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