第30話「前を向いて」

「——雷電」


 剣を振り上げて上段の構えを完成させると同時に、剣の切っ先が部屋の床に


 一瞬の静寂の後、相手をしていた巨躯が、手にしていた大剣ごと真っ二つに引き裂かれた。


 剣が地面に落ちて、光の粒となり、それに続く様に敵の巨躯も左右に倒れ、消えていく。


 その様子を見ながら、光を反射させて輝く黒剣を鞘に仕舞い込む。


「ふぅ……」


 身に宿していた威武を解いて振り返ると、全員が口を開けて呆然としていた。


「え……」


 エンを含めて全員が同じような表情をしているせいで、むしろ私の方が動揺する。


「な……」


「なん……」


「?」


「なんだよ……今の……」


「はい?」


「なんで……あのボスがいきなり真っ二つになるんだよ……」


「……?」


 そんなに驚くことだろうか。


 私のしたことなんて、たかだか豚のバケモノ一匹を縦に真っ二つにしただけなのに。


「……あぁ、そっか。そういうこと」


 彼らの困惑の視線と、私が使った剣技に思いを致して、ようやく気がついた。


「誰も見えてないんだ」


 きっと彼らの目には私の一振りが、一瞬の閃光にも捉えられなかったのだろう。


 新島流——雷電。


 剣を振り上げきった瞬間に、剣。


 敵と見定めたモノを無条件に斬り伏せる、新島流最強の剣。


 時代を超えてもなお、この剣は最強であり続ける。稲妻たる一振り。


 本来であればどんな体勢からでも一振りで敵を薙ぎ払う剣技だけれど、私はまだその場に留まったままでしかこの剣を使えない。


 まだまだ未熟な証拠。


 けれども彼らはそのことを、私が敵を斬ったという事実を理解できていない。

だから当然、今起こった事実を受け入れられずにいる。


「一体どんなチートを使いやがった……!」


「チート?」 


「そうじゃなきゃありえないだろ! いきなりボスが真っ二つになるなんて!」 


「はぁ……」


 チートって確か、自分の力に寄らないで何かの補助を得て戦うことだっけ?

 なるほど、彼らの目にはそう見えるんだ。


 まぁ、いっか。それが彼らの限界なのだし、事実を見ようともしない人たちにこれ以上付き合う必要なんて……。


「……ねぇ、いい加減にしたら?」


 私の考えに反して、エンが顔を顰めたままを隠さずに前に出る。


「お姉さんは確かに自分の力量でキング・オグルを斬った。それが事実だよ」


「そ、そんなわけ……」


「確かにお姉さんの最後の一撃は、ボクの目でも捉えられなかった。でもだからって、自分が受け入れられないからって、お姉さんに文句を付けていい理由にはならない」


 いつもの冷静な姿はどこにいってしまったのか、彼に対する苛立ちを隠そうともしない。


「は、お前だって分かってないんじゃ、あの女が斬ったって事実だなんてどうやって証明するんだよ」


「証明は君たちの目の前にあるはずだけど」


「っ……」


「キング・オグル撃破の貢献度、目の前に映ったはずだよね?」


「そ、そんなもん参考になるか!」


「そもそもなんでそんなにお姉さんに突っかかるの? お姉さんは君たちに何もしてないじゃん」


「何もしてないだと……? 何も知らない部外者のくせに……」


「知ってるよ、お姉さんから聞いたし。でもやっぱり、お姉さんは何も悪くないじゃん」


「な、ん……」


「むしろ特権を笠にしていた君たちにバチが当たったってことでしょ? それをお姉さんのせいにするなんて、君たちは自分たちのやってることがダサいって、分からないのかな?」


「んだと……!」


「ちょ、ちょっとエン……」


 流石に言いすぎだと宥めるも、エンは止まってくれない。

 一体どうしたのか。


「これ以上お姉さんにいちゃもんをつけるなら、ボクが相手になるよ」


「上等だこのクソガキが! キング・オグルに吹っ飛ばされる程度の実力で調子に乗るなよ……!」


 私の腕を振りほどいたエンと、頭に血を上らせた三溝雄也が互いに近づいて————


「いい加減にして!」


 怒りの声が響く。


 その声を上げたのは。


「か、かぐや……?」


 私も含めて、全員が驚いてかぐやの方を見る。


 普段は内気でおとなしい性格のかぐやが、あんな大声を張り上げるなんて初めてだ。


「雄也くんもいい加減にして! 全部その子の言う通りだよ。桃華は私たちに何もしてない。なのに桃華を悪者にして、責め立てて……。そんなのカッコ悪いよ!」


「か、かぐや……?」


「エン君だっけ? 君も桃華を守ろうって気持ちは分かるけど、正論だけをぶつければいいわけじゃないから!」


「え……。う、うん……」


「それと桃華も!」


「え、私!?」


「そうだよ! 桃華は何一つ悪くないのにそれを主張しないで、みんなの方が正しいって諦めっぱなしなのはダメでしょ!」


「いや、何一つ悪くないわけじゃ……」


「確かにそうかもしれないけど! でも桃華が何も悪くないことまで受け入れて、自分を貶め続けて、いつまでもそんな風でいいはずがないでしょ!」


「う……、はい……」


「それに、私たちだって同じ。私たちは全員負けたんだよ。それはあのモンスターにだけじゃない。私たちが普段酷いことをしてきたのに、桃華はそれでも私たちを助けてくれた。その桃華一人の器量にも、負けたんだよ」


「「「「…………」」」」


 みんなも押し黙って、俯く。


 誰も言葉を発しない、否、発せない。

 それは今、かぐやの言ったことが全て正しいからに他ならない。


 そんな中で、かぐやが視線を向けてくる。


 ……分かった、分かったよ。


 その視線に応えて、一歩前に出る。


「……確かにあの子を酷い倒し方をしてしまったのは私の罪。それが起因でみんなに迷惑をかけたのも事実。だからみんなが私を恨むのは当然だし、何を言っても構わない」


「桃華……」


「お姉さん……」


「だから、剣で犯した過ちは、剣で取り戻す。私は私の剣で、正しさを証明する」


「正しさを証明? 一度罪を犯した人間がそれを取り戻せるわけが……」


「雄也くん!」


 かぐやが前に出ようとするのを手で制して、彼に相対する。


「……そうだね、その通りかもしれない。でもそれを決めるのはあなたじゃない」


「なんっ……」


「今の私には、この剣と共にやるべきことがある。そのために、私の道は私が斬り開く。あなたに邪魔はさせない」


 剣に手を置いた瞬間、彼らが一歩身を引いた。

 さっきの戦いを見て、敵わない相手と本能で悟ったのだろう。


「…………チッ」


 三溝雄也は面白くないと、舌打ちを吐き捨てて踵を返す。

 他のみんなも複雑そうな顔をしながら、しかし何も言わずに彼についていく。


「……みんな、納得はしてくれなさそう」


「別にいいよ。いつか、認めさせれば」


 そんな日がくるかどうかはわからないけど。

 でも今は、これでいい。


「かぐやは、みんなと行くの?」


「うん……。みんなのことも、雄也くんのことも放っておけないから」


「そっか……」


「桃華は……」


「私にはやることがあるから。彼を送り届ける」


「そっか、それが今の桃華のやるべきことなんだ」


「うん」


「じゃあ……ここでお別れだね」


「そうだね……」


 どう言葉を続ければいいか、それに悩んでいると。


 不意にかぐやが手を上げる。


「……はいはい」


 その手に向かって、私も手を打ち付ける。


 ただのハイタッチ、でもそれが私たちの絆。


「それじゃあ、またね」


「うん、また」


 そうして私たちは、背中合わせに別々の方に向かっていく。


 私たちは第二層へ、かぐやはみんなを追って。


 でもそれは、この間までの別れとは違う。


 また、いつでも会える。そう、希望を宿した別れ。


 だから寂しくなんてない。



     *



「……ごめんなさい、お姉さん」


 第二層に続く転移板を目指して、いつの間にかボス部屋の奥に現れていた階段を上っている最中、エンが唐突に謝ってきた。


「え、なんで?」


「だってボク……」


「…………」


 きっと私を守れなかったからなのか。それとも彼らと喧嘩してしまったからか。


 少なくとも、私のために何の役にも立てなかったことを責めているようだった。


「いい、エン?」


 階段を登る足を止めて、エンに目線を合わせる。


「ん……」


「エン、エンが居なかったら私はこうしていられなかった。だからエンには感謝してる。謝ることなんて、何もないんだよ」


「うん……」


 エンの頭を軽く撫でて、再び歩き出す。


「っていうかお姉さん、その剣はなに!?」


「クロキバのこと?」


「そうだよ! なんでそんなすごい剣を持ってるって教えてくれなかったの!」


「だって、ずっと剣を握れなかったし……。いつ使ってあげられるか、下手をしたらずっとアイテム一覧でお留守番させたままになっていたかもしれないから……」


 別に剣を見せびらかす趣味はない。

 持っていても扱えないんじゃ、宝の持ち腐れ。


 だからエンの居ないところで一度だけアイテムから取り出して確認した時以外は、ずっとお留守番させていた。


 それに、クロキバ自身が私のことを認めていなかったから。

 私自身、クロキバの力を引き出せるとは思えなかったから。


「ぶー、お姉さんの意地悪」


 エンは頬を膨らませて拗ねてしまう。


 そう言われても、ね。


「でも、もう大丈夫だね。だって剣を握れるようになったんだから」


「どうだろう……まだ分からない」


 あの時はみんなを、エンを守らなくちゃという衝動に駆られたから、戦えた。

 その強い思いがなかったら、私は剣を握れるのか。


 それにここで剣を握れても、向こうではどうなのか。


 考えるべきことはたくさんある。


 でも。


「ようやく、一歩前に進めたような気がする。それは全て、エンが居てくれたおかげだから。だからこれからも、よろしくね」


「……うんっ!」


 二人並んで、歩いていく。


 果てしなく長い道のりを。


 確かな希望を胸に秘めて。










     *











 パミクルテにある、少しお高いホテル。


 贅沢にも隣同士の二部屋を押さえて、その一室にボクはいた。


「お姉さん……。大丈夫かな……」


 あのいやーな人たちに色々言われて、すごく悲しそうな顔をしてた。


 あれからもう一週間。


 もしかしたら、お姉さんはもう……。


「っ……」


 胸が締め付けられるような思いを抱いていると、不意にカタンと扉から音がする。


「お姉さん……?」


 淡い希望を口に出して立ち上がる。


 でもそこにいたのはお姉さんではなくて。


「……なんだ、君たちか」


 真っ黒な武装に身を包んだ集団が、勝手に押し入ってくる。


「何度もやってきて、しつこいね君たち。ボクに一体何の用があるのさ」


「「「…………」」」


 黙ったまま、返事一つしてこない。


 それもそうだ、彼らはいつも応えようとしない。


 ただボクを捕まえようとするだけ。


「悪いけど、今ボク少しイラついてるんだ。だから、……Toy Arca」


 ボクの呼びかけに応じて、周囲のあらゆるものが変容していく。


「容赦しないよ」


 大きなホテルの、小さな一室で。


 音もなく、悲鳴もなく。


 一瞬のうちに終わった、激しい戦いがあった。


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剣を握れない元最強≪日本一≫の女子高生はVRMMOで剣閃を振るう 広河恵 @K_Hiro_Kawa

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