事の起こり(きたないほう)

宝くじのはずれを右手に、就活パンフレットを左手に持ち、一体どちらから破り捨てようか悩んだ。


それも数か月前の話だ。


最近は宝くじすら買えない。日付を見たくなさすぎて発売スケジュールを見るのが億劫なのだ。それでサマージャンボを買いそびれた。バカよりもバカなのだ僕は。


人にも睡魔ちゃんにも嫌われている僕は日の出を憎んでいる。重たい目蓋に風が心地よい。風だけが僕の味方だ。たまに寝ぐせ隠しの帽子をひったくるのだけは頂けないが。


早朝は影が伸びる伸びる。四車線でも五車線でも跨いで伸びる。道路の反対側で犬と散歩している男にも無言で挨拶できるから便利だ。……ワンワン吠えるのだけはやめてくれ。頭に響く。


二尻した中学生達が空っぽの通りにヒップホップを聞かせる。とてつもなくダサいが、彼らは独りじゃない。


孤独とはどういうことか。長らく考えて来たが、それは「お前の人生ってつまらないな」と言ってくれる者すら傍にいないということだ。つまり、僕の人生は滅茶苦茶面白い。


不眠の夜が続くと、この世の健康的な生活をしている人々が妬ましくてたまらない。が、僕は良心を捨てない。最後の最後まで人の役に立つことを模索する。「近隣住民の誰かが目覚まし時計をかけ忘れているかもしれない」と考え、公園で風船を割るくらいのことはやる。もちろんボランティアだ。監視カメラよ、僕の善行を余さず見ろ。見届けろ。


それでも眠れないんだ。というわけで、自家発電。最近はAI生成画像で抜くのがマイブームだ(エ●漫画の存在しないページで致すのは飽きた)。実写の百合画像で略奪愛を妄想するのは一般性癖なので、何も語ることがない。


ここまでは全て常識の範疇だ。


問題はあの疲労感を以てしても眠れない夜があったこと、そして事故現場を通ってしまったことだ。


丸めたティッシュにキスをして、ふらふらと出かけた僕は例の場所の前で足を止めた。供えられた花やカップ酒が道を塞いでいるから嫌でも目につく。そこにしばらく立ち止まって、目を瞑るでも手を合わせるでもなく、スマホのカメラを起動した。そしてパシャリ。……うん、夏の写真コンテストで入賞するには何かが足りない。風情だろうか。メッセージ性だろうか。構成の美だろうか。

「百合だ。百合が足りない。百合は全てを凌駕する」


これが百合豚の霊との出会いだ。


彼はいわゆる壁になりたい系男子だ。邪魔に入るどころか認識されたいとも思わず、ただ二人のおなごがイチャイチャしたり両片思いに苦しんだりする様を間近で眺めたいという、エゴを捨てたように見えて全く手放せていない哀れな男だ。僕が爪にこびりついた●●の匂いを嗅いでいる間に、日常の隙間という隙間に咲く百合(創作)とその素晴らしさを語ってくれたが、僕が例のAI生成画像を見せると、静かに首を横に振った。

「実写は駄目だ」


そのうち彼は僕の生活に口出しするようになった(「口出し」という語はオーラル●ッ●スの結末みたいな響きがする)。「味噌汁が白湯みたいに薄い」とか、「二十日続けて鶏むね肉を焼くのはやめろ」とか、「床に物を散らかすな」とか。その母親じみた態度に端から反抗心を煽られた僕は彼の指導の全てをつっぱねた。すると、彼はこう言った。「お前が真人間になって音声作品(百合)を作るまでこの部屋から出ない」。どうやら彼は見ていたようだ。僕がD●siteでサンプルを聞き漁る場面の一部始終を。


そんなわけで僕はボイスドラマを作っている。……そんなわけで? どんなわけなんだろうか。わからない。百合が僕の性癖に刺さらないということ以外何も。

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ゆえに夏止まり 呪わしい皺の色 @blackriverver

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