僕の婚約者は超人なんて言われているけど、可愛らしい人なんだ

アソビのココロ

第1話

 シャイニー・ヘボン伯爵令嬢は、『清く正しく美しく』を具現化したような女の子だ。

 僕の大好きな、そして僕のことを大好きな、一つ年下の婚約者。

 来春の彼女の王立学院卒業を待って結婚という運びなのだが、横槍も多い。

 何故って? シャイニーは優秀過ぎるから。


 シャイニーの王立学院の成績は、生ける伝説レベルなのだ。

 座学の定期考査でも実技まで含めた総合成績でも、入学から卒業まで一度も首席を譲らないことが確実視されている。

 それだけでなく、シャイニーは剣術実技で男子を押さえて最優秀なのだ。

 いくらヘボン伯爵が武門の家だからってそんなことある?

 シャイニーが『正義超人』とか『完璧超人』と呼ばれる所以だ。


 しかし僕はそんなシャイニーが優秀な面ばかりではないことを知っている。

 芸術方面が壊滅的だから。


 いや、器用なので決まった絵柄を刺繍するなんてのは得意なのだが、芸術的なセンスがないというのか。

 特に歌唱や絵画は酷い。

 ヘボン伯爵家では密かに、『泣く子をギャン泣きさせる』とか『魔物も裸足で逃げ出す』と言われているくらい。

 シャイニーの弟ヒットも、『姉上の子守歌は今思い出してもうなされる』と告白していた。

 シャイニーの『悪魔超人』『残虐超人』の一面だ。


 まあシャイニーが学院で剣術を選択したのは、芸術科目を取るとシャイニー伝説が悪い意味で広まってしまうという懸念があったからだ。

 しかし余人にはそんなことわからんわけで。


 剣術選択の女子がいないわけじゃないが、それは例外なく女性騎士を目指す者達だ。

 身分から言うと騎士の娘か、せいぜい下位貴族の令嬢くらい。

 伯爵令嬢なんて高位の貴族が並み居る男子を圧倒するほどの実力者となれば、周りは過熱しちゃうわけだ。


『初の女性騎士団長もあり得ますな』

『いや、女性だけの騎士団を新設してもいいじゃないですか。女性の護衛騎士は足りてないですよ』


 そのシャイニーは太陽みたいな笑顔を振りまきながら、卒業後僕の妻となることを表明してるもんだから、僕への風当たりが強い。

 他にも婚約さえしてなかったら第一王子の婚約者にとか魔道研究所に足だけでも運んでもらいたいとか冒険者ギルドのキャンペーンガールにとか、とにかくやたらと引きが多いのだ。

 わかるけれども、僕に八つ当たりの目を向けるんじゃないよ!


 本当に僕は侯爵家の子でよかった。

 これがヘボン伯爵家以下の家格だったら、何言われてたかわからない。

 多分集中砲火だったと思う。


 ん? 僕が誰かって?

 今更だね。

 アルフレッド・ケンブリッジという者だよ。

 一応名門侯爵家の嫡男なんだけどね。


 ヘボン伯爵家と我がケンブリッジ侯爵家は、王都タウンハウスの立地が近いという関係もあってか、古くから仲がいいのだ。

 僕も景勝地で知られるヘボン伯爵家領には何度か招待されたよ。


 シャイニーの運動能力?

 幼い頃から抜群だったね。

 一つ年下の女の子が楽々飛び越えられる小川なのに僕は越えられなくて、ずぶ濡れになったことを思い出す。

 シャイニーは悪いと思ったのか、スルスルと高い木に登っていって、上の方になっていたおいしい木の実をくれた。

 あれは甘酸っぱい思い出だ。


 ……あれ?

 考えてみればどうしてシャイニーは僕のことを好きなんだろう?

 いや、自分を卑下するわけではないよ。

 それなりに優秀な貴公子だと自負してはいるから。


 でもシャイニーと比べちゃうとな。

 要するにシャイニーは輝かし過ぎる個性というか。

 たとえ第一王子の婚約者であっても、シャイニーには役不足というか。


 地味な僕にシャイニーはもったいないとは思うんだが、僕といる時の彼女は本当に嬉しそうなんだよなあ。

 自慢じゃなくてよ?

 婚約してから一〇年、シャイニーの笑顔を守ることが僕の役割だったから。


「おや、義兄上殿ではないですか」

「ああ、ヒット君」


 シャイニーの弟ヒット君だ。

 まだ義兄ではないのだけれど、義兄上殿と呼ぶので、少々くすぐったい。

 ヒット君も優れた姉を持つ被害者で、陰では『出し殻令息』なんて呼ばれているが、それは全く正しい評価ではない。

 価値が外野からはわかりにくいだけだ。

 細やかな神経を行き届かせた男で、こういう弟がいるからある意味天然のシャイニーが悪意や嫉妬に晒されないのだろう。


「図書館とは珍しいですね」

「少々調べ事があってね。……いい機会だ。ヒット君に聞きたいことがあるんだが、時間はいいだろうか?」

「どうぞ、何なりと」

「シャイニーは本当に僕のことが好きなのだろうか?」

「見れば明らかじゃないですか」


 そうだよな、うんうん。

 僕の前で見せている笑顔が演技なんて言われたら、人間不信に陥るところだった。


「先ほどシャイニーは僕のどこが好きなんだろうと、疑問に思ってしまってね」

「今までそういう疑問を持ったことがなかったんですか?」

「シャイニーが楽しそうであることは僕にとって重要だけど、理由については重要だと考えたことがなかったな」

「さすがは義兄上殿」


 何がさすがなんだか。

 間抜けなだけな気がする。


「私の相談事も義兄上殿のお話に通ずるのですが」


 あっ、ヒット君偶然みたいに図書館に来たけど、僕に用があったんじゃないか。

 できる男だなあ。


「姉上にぬいぐるみをプレゼントしたことがあったでしょう?」

「ああ、あったね」


 子供の頃の話だ。

 夜寝るのが怖い、とシャイニーが言っていたことがあった。

 その時に贈った大きなクマのぬいぐるみ。

 僕が描いた絵を基に、侍女に作ってもらったやつだ。


「クマさんがいるからもう夜が怖くないと、姉上は大喜びで」

「うんうん」

「あれからですよ。姉上が義兄上殿のお嫁さんになると言い出したのは」

「そうなの?」


 全くたわいのないことなのに、意外だ。

 いや、極めてシャイニーらしいのか。

 考えてみればシャイニーはすごいすごいと褒められることは多くても、気を使われることは多くない気がする。

 僕はいつもシャイニーのことを考えているから、そういうところが好かれていたのだな。

 納得した。


「ええ。家格に差があるから努力しなければいけないと、それはもうガムシャラに」

「ええと……」


 ガムシャラでどうにかなるレベルを越えているのでは?


「今でもあのぬいぐるみは大事にしているのです」

「そうだったのか」


 ほっこりするなあ。

 シャイニーの物持ちの良さにはビックリだが。


「で、ヒット君の相談事とは?」

「結婚してもぬいぐるみを持っていきたいというのですよ。でもそんなことを義兄上殿に言うのは恥ずかしいからどうしようかと」

「何だ、構わないに決まってるのにな。シャイニーは可愛いなあ。僕に直接言ってくれればいいのに」

「子供っぽく思われたくないらしいのです」


 わかる。

 シャイニーはおかしなとこ格好付けたがるから。


「ぬいぐるみについて義兄上殿に相談したなどと言うと、私が怒られてしまうのですよ。だから……」

「オーケー。僕が察したように装えばいいんだな?」

「助かります」


 シャイニーは何とか超人って言われるくらい、超素敵なレディになったけれど、根っこの部分は全然変わってないんだ。

 ちょっと安心した。

 

「シャイニーに会いたくなってしまったな。今から伯爵邸にお邪魔していいかな? シャイニーの好きそうなスイーツの店がオープンしたんだ」

「ひょっとして『キャトルフィーユ』ですか? おいしそうなのを見繕って買ってきてくれと言われてるんですよ」


 アハハ、本当にシャイニーは変わらない。

 幸せだなあ。

 お土産買っていくからね。

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