#8 コスモナウトの過去

「シスター・コスモナウト、包帯のお兄さん……そこにいるんでしょ?」


 闇夜に現れたのは白衣姿のナースだった。


 ……それが寝間着パジャマなのか。

 しかし包帯マンが何を言えるはずもない。


「どうしたの、ナース。今夜は鍵をかけて部屋から出てはダメとあれほど言ったでしょ?」


 コスモナウトは努めて穏やかな口調でナースに歩み寄る。


「ごめんなさい。シスター・コスモナウト。でも……わたし眠れなくって」


 タイツのことが余程ショックなのだろう。


「だから今夜はわたしと一緒に寝てほしいの」

「そうですか。わかりました」


 コスモナウトはそう言って、ナースの手を引き部屋の中に連れて行こうとする。

 僕は用なしだな。

 アッシュがそう思って踵を返えそうとした――そのとき、袖の包帯を掴まれた。


「包帯のお兄さんも一緒にいてほしいわ」

「えっ?」


 部屋から顔の半分をのぞかせるナースにアッシュは戸惑う。


「ナース、アッシュさんも忙しいし疲れているんですよ」


 コスモナウトはそう言い聞かせるがナースの表情は暗くなる。


「でも……わたしは包帯のお兄さんと一緒におねんねがしたい。……たぶん、それはタイツちゃんがしたかったことだと思うから」

「……ナース」


 コスモナウトもアッシュもその名前を出されてしまえば弱かった。


「わかった。僕でよければナースちゃんが寝るまで付き合おう」


 気づけばアッシュはそう申し出ていた。

 魔女との約束の9時までまだ猶予はある。


「アッシュさん、本当によろしいんですか? ご迷惑なんじゃ……」

「僕は平気だ」


 アッシュはそう答えると「うふふ」と、ナースはご満悦そうに微笑んだ。


「包帯のお兄さんがこっちでシスター・コスモナウトがこっちね」


 ナースに布団を叩かれて、しばしの押し問答があった末に仕方なくアッシュはナースのベッドのにお邪魔する。

 左からアッシュ、ナース、コスモナウトでカラフルな川の字を書いた。


「なんだか本物の家族みたいだわ」


 ナースは笑う。

 それから3人で他愛もない話を続けていると疲労と心労が溜まっていたのだろう、ナースはすぐに寝息を立て始める。

 胸を上下させ、やがて深い眠りに落ちた。


「別に話したくなかったらいいけど……」


 そのときを狙い澄ましていたかのようにアッシュはコスモナウトに尋ねる。


「魔女の語っていた10年前の惨劇って、いったい何があったんだ?」


 コスモナウトはナースの寝顔を愛おしそうに見つめながら眼鏡のブリッジを押し上げる。

 瞳の奥に悲しい色をたたえたまま、コスモナウトは語り出す。


「10年前、私はこの子たちと同じように見習いシスターでした。私は早くに両親を亡くしてこの教会に引き取られたんです」


 コスモナウトの両親は何人だったのだろう?

 桃人だから赤人は混じっているだろうか?

 アッシュは深入りしていいのかわからずに、結局聞かなかった。


「昔もこの教会には私と似たり寄ったりの境遇を抱えた子供たちが暮らしていたのです。それからしばらくは楽しい日々が続きました。あの日、事件が起きるまでは――」


 コスモナウトは声の調子を落とした。


「その事件っていうのは?」

「ある晩、私と仲の良かった男の子が殺されました。あれは間違いなく他殺です」

「どうしてそう言い切れるんだ?」

「なぜなら、その男の子は十字架にはりつけにされていましたから」

「なるほど。それで警察には?」

「警察は今回と同様に初動が遅かったんです。殺された男の子というのは黒人でしたから」


 つい先ほどの光景が思い起こされるアッシュ。


「……さっきのピエロ神父との会話を聞いてたのか?」

「ええ。すみません。盗み聞きするつもりはなかったのですが……」

「いや、情報の共有はしておいたほうがいい」


 アッシュは本心からそう思う。

 そしてコスモナウトは決意を新たに宣言する。


「無駄骨になるかもしれませんが、私は明日の朝一番にもう一度警察には電話をかけてみるつもりです」

「そうか」


 アッシュはうなずくと話の続きを促す。


「それで黒人の修道士ブラザーが殺されてからどうなったんだ?」

「その日を境に教会内の雰囲気は最悪でした……。互いが互いに疑心暗鬼になったんです」

「教会もある種の密室空間だからな」

「そして今回と同様に神父は魔女探偵事務所に依頼しました。その次の日、お絵描きの魔女と警察が教会を訪れました」

「ということは事件は解決したのか?」

「それが……魔女と警察が到着したそのときには、神父と私以外の子供たちは――全員死んでいました」

「え?」

「一晩のうちに教会の子供たちは血色を行使して殺し合ったんです」


 別に驚くことではないのかもしれない。

 それほどに血色は強力だと、アッシュは身に沁みていた。


「で……一番初めに黒人を殺した犯人は、結局誰だったんだ?」


 推測だが、その謎は魔女が解いたんじゃなかろうか。

 不思議と確信めいたものがアッシュにはあった。


「アッシュさん、すみません。……この話はここまでにさせてください」


 コスモナウトは急に口ごもる。


「思い出したら、なんだか気分が悪くなってきたので……すみません」

「……そうか、わかった」


 ぜひとも真相を知りたかったがアッシュは頷くほかない。


「むにゃむなーす」


 ナースは猫なで声で鳴く。

 すると彼女のスベスベ滑らかな細腕がアッシュの首に巻き付いてくる。


 イエスロリータ! ノータッチ!


 というデニムの声がアッシュの脳内に木霊する。


「ちょっとコスモナウト、ロリータがタッチしてくるんだけど僕はどうしたらいい?」


 しかし返事はない。


「コスモナウト?」


 そう何度問いかけても「スゥスゥ」というイチゴミルクのように甘ったるい寝息しか聞こえてこなかった。

 そしてアッシュも、大概うつらうつらと睡魔に襲われつつあった。

 いいかげん目蓋が重い。

 今日はいろいろありすぎた。

 すっかり規則正しい生活リズムのヴァンパイアだった。

 ぼんやりとした頭で思い描く。


 なぜ、タイツちゃんは殺されなければならなかったのか?

 鏡に書かれたメッセージの意味とは?

 そもそも幽霊の正体を見つけに来たはずなのにどうしてこうなった?


 あーっとそういえば、今夜9時に魔女の部屋の前で待機するという命令が下されていたのだった。

 でも、まあ……魔女には明日あやまればいいか。

 微睡みのなか、羊をかぞえるアッシュ。

 羊が1匹、羊が2匹……羊が3匹…………羊が……。

 アッシュはカラフルな子羊たちを牧羊犬ぼくようけんのごとく追い駆けながら眠りに落ちてしまった。


 しかし、このときのアッシュはまだ知らなかった。

 後日、第2の事件が起きることを。

 そして地獄の門が開いたことも。

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