その3 あずにゃんの緊急通報、保安警察の無茶な登場

「よし、すぐに警備本部へ連絡しよう。頼むよ、あずにゃん、1110番だ」

マスターがひそひそ声で指令を出した。

「Ready、マスター」

 AI電子頭脳チップに内蔵された電話機から、あずにゃんは1110番に電話をかけた。

 コンピューターならではの間違いで、最初はうっかり2進数で処理してしまってうまくかからなかった――14番にかけてしまった――のだが、瞬時に数万回の試行を繰り返してちゃんと補正した。さすがは学習能力に優れたAIである。


「はい、こちらは警備本部犯罪通報ダイアルです」

 電話がつながると、自動音声のテープが流れ始める。

「殺人の場合は1を、強盗の場合は2を……」

 まで流れたところで、あずにゃんは素早く電子頭脳内にある2の仮想ボタンを押した。ギャングといえば、トミーガンをぶっ放して強盗をするに決まっている。

「お待たせしました、強盗班です」

「……ボクはあずにゃん……今、AI電子頭脳の脳内から……あなたに直接話しかけています……」

「え? 何ですって? あなた誰?」

 強盗班の男性は怪訝そうな様子だが、今の状況では実際に音声を発することは出来ないし、回線にこうして合成音声信号を直接流すしかなかった。

「ボクは……ボクは……あずにゃんです……です……」

「おいこら、いたずらなら許さんぞ!」

 強盗犯の隊員は、とうとう怒り出した。


 こんなエコー効き過ぎの音声信号で緊急事態を伝えるのは困難っぽい、そう判断したあずにゃんは、手っ取り早く4人組の映像をデータ送信することにした。

「あっ、こいつら! 指名手配中のアーバン・ブルーズ一家じゃないか!」

 ナンバーディスプレイに表示された画像を見て、隊員が叫んだ。この黒ずくめの格好は間違いない。

「亜図南さま、ご協力感謝します。すぐにそちらのダイナーに保安警察を急行させます。安心してお待ち下さい」

「よろしくにゃ」

 すっかり安心して、あずにゃんは頭脳内の仮想受話器を置いた。


「よし、そうか。じゃあ、あとは保安警察が来るまで、時間を引き延ばそう」

 あずにゃんの報告を聞いて、マスターがうなずく。

「とりあえず、今からバーガーを一つずつ丁寧にジューシーに仕上げて作るから、できた分から順番に持って行ってくれたまえ」

「今度はわたしが行くわ。まかせて」

 ドロシー嬢が力強く答える。ここはウェイトレス筆頭として、華麗な接客で悪人どもの度肝を抜いてやらないと。


 出来上がったバーガー第一号を載せた銀色のトレイを右手で高く持ち上げて、ドロシー嬢はセクシーなキャットウォークで奥の席へと向かった。

 ギャング団のおっさんどもの目を、短いスカートからすらりと伸びる、この脚にくぎ付けにしてあげる。

 保安警察が来るまでの時間稼ぎ、という本来の目的とはどうも狙いがずれている気もするけれど、とにかく彼女は本気だった。


「お待たせしましたあ」

 甘い声と共に現れたドロシー嬢に、宇宙ギャング団・アーバン・ブルーズ一家の四人は犯行計画を練るのをやめて黙り込んだ。

 彼女の意気込みにも関わらず、彼らの目をくぎ付けにしたのは、トレイの上にたった一個だけ載っているハンバーガーのほうだった。


「あの、まだこれ一個だけなんでしょうか?」

 サングラス姿の男が、おずおずと訊ねる。

「はい、当店のシェフが、一つ一つ手作りしておりますので。とってもジューシーでおいしいですのよ」

 料理が遅いのを詫びるどころか、堂々とそう言ってのけるウェイトレスに、四人は絶句した。ここはそういうこだわりの店か。ハンバーガーだから早いだろうと思ったのに、これでは想定外だ。


「悪いがお嬢さん、大変すまないが我々は少々急いでいる。料理を急ぐように、シェフに伝えてくれないか」

 黒ずくめの男の言葉に、それは困るよと思った彼女だったが、サングラス越しに自分の脚をちらちら見ている気はしたので、一応はミッションコンプリートということにした。

「マスター、ハンバーガー急いでくださあい!」

 彼女の叫び声に、今度はマスターが困惑した。引き延ばせと言ったのに、急いでくれとはどういうことだ。保安警察だってそんなすぐには来れないのだ。


 その時、ガラスが砕けるようなガシャンという音が、辺りに響き渡った。ギャング団の四人が驚いたように振り向く。

「失礼しましたにゃ!」

 反射的にあずにゃんが声を上げたが、よく考えれば誰もグラスを落としたりしていない。

 サングラス姿の男が、窓際に駆け寄って海の上空を見た。

「しまった、保安警察だ! あいつら、ドームを突き破って突入してきやがった!」


 巨大補給母艦「ペパーミント・ブルー」の上部甲板上にあるこのリゾート都市は、旧世紀日本で食されていたスイーツである「かまぼこ」のような形をしたドームでおおわれている。

 ドームの一部は粒子減速ガラスでできていて、青い海の輝きが、宇宙空間からも見えるようになっている。宇宙艦艇乗りたちの憧れの場所、としての演出の一つだ。


 あずにゃん通報を受けた保安警察のパトロール機動兵器は、そのガラス部分を突き破って、宇宙空間から垂直突入してきたのだった。最速ではあるが、あまりに意表を突くやり方だ。

 ガラス片がキラキラと光りながら、雪のように疑似海原に舞い落ちていた。

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