紫の誠

押見五六三

全1話

淀競馬場の碑と言えば、多くの方が人気ゲームの影響もあるので、悲劇の名馬ライスシャワー号の碑を思い浮かべるかも知れませんが、歴史好きや、オカルト好きの方は、【戊辰役東軍戦死者慰霊碑】を真っ先に浮かべるのではないでしょうか?


慶応4年、京都の鳥羽、伏見にて新政府軍と旧幕府軍による戦争が起こりました。

世に言う戊辰戦争の始まりです。

結果は新政府側が勝利し、敗れた旧幕府軍側の会津藩士や新選組には、多大な戦死者が出たとされています。

戊辰役東軍戦死者慰霊碑は、明治40年に旧幕府軍の戦死者を弔う為に建てられた碑で、あわせて15基の碑が鳥羽、伏見を中心に建立されたそうです。

その後、大正14年に激戦地だった伏見区に京都競馬場が建設されます。

そして昭和42年に競馬場利用者の為に大駐車場と高架自動車道が建設されたのですが、この時にある事件が起こります。なんと高架橋建設時に慰霊碑が邪魔だった為に撤去したところ,夜な夜な新選組の幽霊が現れ、「慰霊碑を元に戻せ」と訴えるようになったそうです。

新選組の幽霊を見た人は1人や2人では無く、現場関係者のほとんどが目撃し、更に工事現場では事故が続けざまに起こるように成ったそうです。これに堪りかねた関係者は、工事を一時中断して供養を行い、そして元の場所に新たな慰霊碑を建てたところ、新撰組の幽霊は出なくなったそうな。

この話の真偽は定かでは有りませんが、当時の新聞にも取り上げられており、実際に工事を中断して元の場所に慰霊碑を建てたのは本当の話なので、何かは有ったのでしょう。

そして私は、この事件に関しての、とある興味深い噂話を耳にしました。

それは当時の目撃者が、「新選組の幽霊は【紫】の布地に白抜きの【誠】が書かれた旗を持っていた」と証言している事です。

ご存知のとおり、新選組の旗と言えば浅葱色に白抜きの誠の文字です。でも実はこの新選組の旗の種類はいくつか有り、赤や青が有ったのは知られています。ですが、現存する記述では、紫の旗の存在は記されていません。

もし、この目撃者が見間違いや嘘を言っていないなら、新選組の旗には紫も有った事に成ります。

私はこの話に大変興味を惹かれました。

何故なら幽霊によって歴史の新たな真実が明らかに成るからです。

私は幽霊が本当に紫の旗を持っていたのか、どうしても知りたくて、居ても立っても居られなく成りました。

ですが私個人では確かめる術は有りません。

慰霊碑を動かす事なんて出来ませんから。

けど、もしかしたら慰霊碑に石を投げるなどの無礼をしたら新選組の幽霊が怒って……。

気が付いたら私は電車に乗っていました。


久しぶりに来た淀駅と京都競馬場は驚くほど綺麗に改装されていました。

以前と違って女性だけで来ても安心できます。

私は幽霊騒動の為に建てられた戊辰役東軍戦死者慰霊碑の方へと向かいました。

幽霊の祟りは正直怖いですが、「それでも有名な新選組の幽霊と紫の旗が見れるなら」という思いが勝っていました。


現場に着くと、そこには大きな碑がひっそりと佇んでいました。

そして、だいぶ掠れていましたが、碑にはこんな文字が……。



幕末の戦闘ほど世に悲しい出来事はない それが日本人同族の争でもあり いづれもが正しいと信じるまゝにそれぞれの道へと己等の誠を尽した 然るに流れ行く一瞬の時差により 或る者は官軍となり 或るは幕軍となって 士道に殉じたので有る 此の地に不幸賊名に斃れたる 誇り有る人々に対し慰霊碑の建つるを見る 在天の魂以て冥すべし

昭和四十五年春 中村勝五郎識す

[戊辰役東軍戦死者慰霊碑より 一部抜粋]



私はこれを読んだ時、邪な気持ちでここに来た事を涙を浮かべながら悔やみました。

自分の愚かさを恥じたのです。

ここに埋葬された方々は、己の誠を貫き通して戦った方々だ。

お互いが日本の事を思い、まさに士道に殉じたのです。

なのに自分は一瞬でも、自分の浅はかな興味本位の為だけに、勇敢な先人の碑に対して無礼にも石を投げてみようなどと考えるとは……。

私は心の中で詫び、慰霊碑に向かって深々と頭を下げると、手を合わせて戦死者の方々の冥福を祈った後、足早にその場を去りました。


帰りの電車の中で私は平和な時代に生まれた事に喜びを感じ、その時代を作ってくれた先人の方々に感謝をしてました。

自分も己の誠を貫き、後世に平和な時代を絆ぎたいという想いが、ふつふつと湧き上がって来ます。

そんな事を考えながら、ふと車窓から外を眺めると、宇治川の河川敷に数名の侍姿の人達が、たむろっているのが目に入りました。

時代劇の撮影かなと思いましたが、1人のお侍さんが【紫】の生地に白抜きの【誠】の文字が書かれた旗を振ってるので、私は思わず「あっ!」と声を出し、人目も気にせず大きく手を振り返しました。

実はちょっぴり怖かったけど。

秋競馬もまだ始まっていない、夏の終わりの出来事です。


〈完〉

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