第4話:獣人の試練

 適当な旅支度を済ませた俺は竜の元へと向かっていた。

 飢餓竜、見境なく喰らう恐ろしき竜。

 竜という存在は一度飢餓に陥れば、滅多に落ち着くことはない。

 ただ狂乱のまま食い漁り続ける。


 しかしそれは食えるものがある時の話だ。

 奴ら……飢餓で飢えた竜は目の前に食べれるものがある時に限って、ただ食欲に従って暴走する。

 だが食べれるものが何もない時、奴らはただ大人しい。

 一定のラインを超えない限りは。


 だからそのラインを越える前に討伐せねばならない。

 対峙した瞬間、暴れ出すのは目に見えているが。


「……ふぅ。だいぶ歩いたな」


 あれから一、二時間は経過しただろうか。

 もう既に町の姿は目に入らない。

 山を一つ跨いだ、からと言うのもあるのだろう。


 行くのも帰るのも大変だが……まぁ、働かなくては食うことも、旅をすることもできない。

 今日はとっとと終わらせて、宿取って休憩することにしよう。


「山の洞穴で見た……って言ってたっけ」


 男から聞いた話では、仲間たちと依頼をこなそうと山に来た時に遭遇したらしい。

 既に何かしら食い損ねていたようで、かなり暴れていたようだ。

 そこに運悪く遭遇してしまったものだから、浮上してしばらく戦うこともできないと。

 まぁ、奇跡的に死人は出なかったようだが。


 Sランクだから逃げるのも手馴れているのだろう。

 命あっての物種だからな。


 ……命、か。

 それを俺が語るか、って話なんだけど。

 散々刈り取ってきた俺が。


「……もうすぐ、か…………ん?」


 一度足を止め、少し上の方を確認しようとした時。

 後方で何やら音のようなものが聞こえた。

 ……いや、これは……足音だ。

 確実に、そして素早く、近づいてきている。


 俺はサーベルに手をかけて後ろを振り返った。

 が、少し遠くに見えたものに、俺は警戒を解いてため息を一つこぼす。


「……やっぱ来ちゃったか」


 獣の耳を生やした獣人の少女。

 兄の仇のために竜を追っているらしい少女。


 俺に取引を持ちかけてきた以上、置いてきたところで諦めないのはわかっていたが……。


「ぜぇ、はぁ、ぜぇ……!! な、なんで待っててくれないんですか……!!」

「そんな義理ないし……それに元々取引する気なんてなかったしね」

「なっ……ひゃ、百万! 必死に寄せ集めてきたのに!」


 そう言って腰に吊るしていた、少し大きめの袋を突き出してくる。

 中からジャラジャラと金属のぶつかる音、紙の擦れる音が聞こえてきた。

 どうやら確かに集めてきたらしい。


「……そこまでして殺したいの?」

「私の手で! 絶対に……!!」

「兄の仇?」

「っ……! 聞いたんですね……まぁ、確かに……そう言う一面もありますけど」

「……?」


 どうやら本命は違うらしい。


 俺は一度、場所を移して近くの木陰に行く。

 手招きして少女を隣に呼ぶと、改めて話を聞いてみることに。


「……私たち獣人にとって、死とは帰ることです」

「帰る? ……母なる大地に、ってやつ?」

「概ね。死とは命の育み。その肉体を朽ち果て尽きる時、新たな命の源になります。循環……だから、まぁ。死んだところで、それは帰っただけに過ぎません」

「…………私は……そんな風に割り切れないなぁ。家族を殺されたら、殺してやりたい、そう思わないの?」

「……確かに。家族を殺されることは悲しいことです。でもそれだけ。。勝者が喰らい、敗者が貪られるだけ。それだけですから」


 ……弱肉強食、か。

 俺もそう割り切れたら、どれだけ楽だったんだろうか。

 家族を殺されて、復讐に生き続けて。

 復讐の過程で様々なものを巻き込んだ。


 それは罪だ。

 決して喰らって喰らわれる、そんなものではない。


「じゃあ。なんで奴を? 復讐でもなんでもないなら、奴を狙う理由なんてないだろう?」

「……意地です。兄が殺すことのできなかった奴を殺して、私は兄を超える。そうすることで認めてもらわないといけない」

「誰に?」

「家族です……一族、とでも言いましょうか」

「ああ……なるほど。君、族長の娘か」

「知ってるんですか?」

「竜狩り、だろう? 伝統には一度参加したことがある」


 獣人、彼らは様々な族に分かれる。

 その数は百を軽く超え、族ごとに様々な決まりやルールが存在するのだが。

 族にはたった一つだけ共通のルールがある。

 それが試練。


 竜狩りの試練と呼ばれるもので、族長の息子、もしくは娘は代替えのために試練を受けさせられる。

 それが竜狩り。


 王道感があるが……その内容はかなり凄惨なものだ。

 死亡率は大体八割程度、獣人は子沢山なのもあって、候補はたくさんいる。

 強い奴だけが生き残り、あとを引き継ぐことができる。

 強い遺伝子を残すための……獣人が過酷な環境で生き抜くための、方法のようなもの、らしい。


「……運が悪い、と言うべきなのかな」

「飢餓、ですからね。少なくとも私は…………」


 死ぬのがわかっているのだろう。

 俯いているが……でも、震えてはいなかった。

 そこに恐怖はなかった。

 ただ、受け入れていた。


 死を、恐怖を。


「……なら。なおさら認めるわけにはいかないな」

「これは私たちの決まりです! わかっているなら……!!」

「それが気に入らない」

「……へ?」

「死を受け入れた、その顔が気に入らない。だから認めない。奴は私が殺す」

「っ……!! 無理に決まってます!! そもそも、私が言うのもなんですが、一人でなんて……!!」


 確かにそうだけど……まぁ、勝てる見込みがないなら俺はやらない。

 それにあの手の受付嬢は目も耳も肥えている。

 少なくとも俺の名を知っているくらいには。


「大丈夫。なんとかなる」

「無茶苦茶じゃないですか……! あぁ! 待ってください!」


 立ち上がって歩き出した俺の後を、少女は必死になってついてくる。

 竜の巣まで、もうすぐそこだ。

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それでも彼女は贖罪を続ける 蜜柑の皮 @mikanroa

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