第34話 幽霊部長は写真に写りたい!


 膝枕騒動の翌日。俺は眠たい目をこすりながら、部長とともに部室へと向かった。


「……おはよう。ごめん、少し遅れたよ」


 部室に足を踏み入れると、そこには俺以外のメンバーが揃っていた。


「内川君、おはよー」

「なんだ? あのあと、夜更かしでもしてたのか?」

「まあ、色々あってね……」


 俺はあくびを噛み殺しながら、隣に立つ部長を見る。彼女は頬を赤く染めながら、視線をそらしていた。


まもる、そんなとこに突っ立ってねーで、これ見てくれよ」


 その時、翔也しょうやがどこか嬉しそうに手招きをする。

 なんだろうと思いながら近づくと、机の上に大量の写真が置かれていることに気がついた。


「うわ、この写真どうしたの?」

「俺が撮ったんだよ。せっかくだし、護も見てくれ」


 彼に言われるがまま、俺は机の上に目を走らせる。そこには学校周辺の風景写真のほか、プラモやジオラマらしき写真もあった。


「へえ、これとかすごいな。独特のアングルっていうか、一瞬ジオラマに見えなかったよ」

「そーだろそーだろ、な、やっぱり男にはわかるんだよ」


 バシバシと俺の肩を叩きながら、翔也が嬉しそうに言う。


「翔也ってば、昔っからこういうの好きでさー。これだけはわかんない」


 ジオラマの写真を手に取った汐見しおみさんが、なんとも言えない顔をする。理解しようと努力した結果、無理だと悟ったような表情だった。


「そういえば、翔也はカメラも趣味だって言ってたよな」

「ああ。カメラ自体は死んだじーさんのお古だが、今も現役だぞ」


 彼は言って、机の上に置かれた古いカメラを指し示す。見た目は確かに古いけど、しっかり手入れされているようだ。


「三原君、この箱の中身は何? フィルムでも入っているの?」

「それも見ていいっすよ。じーさんが撮りためた、俺やほのかがガキの頃の写真っす」

「それは楽しみね」

「楽しみじゃなーい!」


 翔也の言葉を聞いた汐見さんが必死に手を伸ばすも、朝倉あさくら先輩がギリギリのところで箱をかっさらっていった。


「ほのちゃん、そんな恥ずかしがらなくても。ほらほら、かわいいじゃない」


 箱の中身を取り出した先輩は、その細い目をより一層細めながら写真を机に並べていく。


「ほう。ほのかっちの小さい時の写真。興味ある」


 俺や部長もその写真を覗き込む。経年劣化によってだいぶ色褪せてはいるものの、そこには小学校低学年くらいの男女が写っていた。

 神社の鳥居の前で仲良く手を繋いだものや、一緒に花火をしているもの、中には全身ずぶ濡れになっている写真もある。


「うわ、これ、いつのだよ」

「小学校上がる前くらい? 神社の池でカエル捕まえてた時」

「やってたなー。あの時、ほのかが池に落ちてよ」

「違う。先に落ちたのは翔也でしょ」


 幼馴染たちは言い争いを始めるが、写真に写る二人はどちらもずぶ濡れだった。

 おそらく、落ちたほうを助けようとして一緒に落下しまったんだろう。

 そんな微笑ましい光景を想像しながら、俺は並べられた写真を順番に見ていく。

 ……その中に一枚だけ、気になる写真を見つけた。


「なんだこれ?」


 そこにあったのは、髪の長い女の子と手をつなぐ男の子の写真だった。上半分の劣化が激しく、どちらも顔が判別できない。


「うーん? これもほのかっちと三原くんかな」


 隣で部長が首を傾げるも、背格好がぜんぜん違う。これはあの二人じゃなさそうだ。

 かなり身長差があるし、姉弟の写真かもしれない。


「その写真、だいぶ色褪せてんな。じーさん、カメラは大事にしてたが、写真の管理は無頓着だったからな」


 俺の手にある写真を見ながら翔也が言う。

 ほかの写真もアルバムに収められていないところからして、写真そのものに執着はしていなかったのだろう。


「ねー、もういいでしょー? 恥ずかしいし、片付けるよ」


 俺たちに過去を知られるのが嫌なのか、汐見さんは顔を赤くしながら写真を箱へと片付けていく。


「ふっふっふ。ほのかよ。恥ずかしい写真っていうのはこういうやつのことを言うんだぞ。護、ほのかの隣に立て」

「え、こう?」


 カメラを構えた翔也に言われるがまま、汐見さんの隣に移動する。次の瞬間、フラッシュが焚かれた。


「クラス委員長と部長代理のツーショット写真だ。特大パネルにして、夏休み明けの教室に飾ってやろう」

「やめてー! 恥ずかしいー!」

「ふふっ……幼馴染って、いいわねえ」


 逃げ回る翔也から必死にカメラを奪おうとする汐見さんを見ていると、朝倉先輩が優しい口調で言う。


「むー、ツーショット写真、いいなぁ」


 その一方で、部長は俺の近くでむくれていた。


「気になったんですが、部長って写真に写れるんです?」


 二人の騒ぎに隠れるように、俺は小声で尋ねる。


「それが無理なんだよねえ……何度か試してみたんだけど、手足を出すのが精一杯で。できれば顔を出したい」

「それでも、立派な心霊写真ですよね……」


 本気で悔しそうな表情をする彼女を見ていると、ある考えが浮かんだ。


「せっかくだしさ、皆で写真を撮らない?」

「え、集合写真ってこと?」


 そんな提案をすると、皆の視線が俺に集まる。


「そう。立派なカメラもあることだしさ」

「いいな。イラスト部(仮)の宣伝も兼ねて、特大パネルにして教室に置いてやろう」

「翔也、そのネタはもういいから」


 ツーショット写真の件は諦めたのか、汐見さんは呆れ顔で俺たちのほうへと戻ってくる。


「このカメラも古いが、セルフタイマー機能はついてるぞ。ちょっと写真部から三脚借りてくるわ」


 そう言うが早いか、翔也は部室を飛び出していった。

 そんな彼が戻ってくるのを待つ間、俺たちは並び順を決めておく。

 いくつか案が出たものの、最終的には中央に俺と汐見さんが並び、その両サイドに翔也と朝倉先輩が立つ形に落ち着いた。


「待たせたな」


 それからしばらくして、三脚を抱えた翔也が戻ってきた。


「私も入る! 絶対に写ってやる!」


 彼が撮影準備を進める中、部長はそう意気込む。

 そして俺の背後に立つと、しっかりと俺の手を握ってくる。その手はわずかに震えているような気がした。


「……翔也、もし変わった写真が撮れても、気にせず見せてほしいんだ」

「妙なこと言うな。心霊写真でも狙ってんのか? まあ、ほのかがいるから可能性はゼロとは言わないがな」

「はいはい、そうですねー」


 どこか投げやりに言う汐見さんの声を聞いていると、準備を終えたらしい翔也が列に駆け込んでくる。

 それからシャッターが切られるまでのわずかな時間、せめて部長の手足だけでも写りますように……なんて、俺は切に願ったのだった。


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