第28話 七夕と、幽霊部長の秘密の場所 前編


 ある日の放課後、部室に行くと雨宮あまみや部長が七夕飾りを作っていた。


「確かに今日は七夕ですけど……その笹と飾り、どこから手に入れてきたんです?」

「園芸部の畑に立派な笹が生えてたの!」

「それたぶん、育ててたんだと思いますよ……?」


 園芸部の手伝いをしていた翔也しょうやから、今年も笹を近隣の幼稚園に持っていく……なんて話を聞いた覚えがある。


「今日が七夕当日だし、これはきっと余り物だよ。この飾りだって、箱に入って放置されてたんだから」


 輪飾りや吹き流しを笹に飾りつけながら、部長は俺を見ることなく言う。


「楽しそうでなによりですが、笹を運んでるところ、人に見られたりしてませんよね?」


 もし現場を見られようものなら『怪奇!七夕の夜に歩く笹!』と、新聞部が記事にしてしまうかもしれない。


「それは大丈夫だよ! 何年幽霊やってると思ってるの?」


 彼女はあっけらかんと言って、次の飾りに手を伸ばす。そして、それを俺に差し出してきた。


「ほい。せっかく来たんだし、キミも手伝いたまえ」

「それは構わないですけど……今このタイミングで誰か来たら、俺は一人で笹を飾りつけている怪しい男子生徒になってしまうんですが」

「誰か来たら足音ですぐにわかるよ。いいから手伝って。ほらほら」

「わかりましたから、押しつけないでください。彦星人形、歪んじゃってるじゃないですか」

「ありゃ、まもるくん似だったのに。惜しいことをした」


 別に似てないと思いますが……なんて言葉を飲み込んで、俺は彼女から飾りを受け取る。

 そんな彦星人形に続いて、すいかに折り鶴、星飾りと、どこか懐かしい面々を笹に飾りつけていく。

 種類が偏っている気がするけど、余り物だと言っていたし、仕方ないのかもしれない。


「毎年一人でやってたから、今年は護くんがいてくれて嬉しいよ」


 部長はそう言いつつ、空いている枝に折り鶴を結びつける。

 つまり、彼女は幽霊になってからの三年間、毎年人知れず七夕の飾りつけをしていたというのだろうか。どうしてわざわざそんなことを。


「そうだ。護くんがいるということは、今年はこれを飾ることができる!」


 不思議に思っていると、部長が声を弾ませながら長方形の紙を見せてくる。


「え、それって短冊ですよね?」

「そう! 私はペンとか持てないから、ずっと短冊に願い事が書けなかったんだよね。というわけで、よろしく!」


 破顔させながらそう口にし、飛び跳ねそうな勢いで短冊を手渡してきた。

 俺はそんな彼女に気圧されながら短冊を受け取り、近くのペン立てからボールペンを抜き出す。


「そういえば七夕の願い事って、短冊の色によって書ける内容が違うんですよ」

「え、そうなの?」


 手渡された黒の短冊を見ながら、俺は思い出したことを口にしてみる。


「はい。赤や緑は自分の成長、黄色は人間関係……みたいな感じです」

「知らなかった……昔っから、色に関係なく願い事書いてたよ」

「部長のことですし、小さい頃からずっと『絵が上手になりたい』って書いてそうですもんね」

「むー、さすがにそればっかりじゃなかったと……思う」

「思う……とは?」


 俺が冗談半分に言うと、部長は表情を曇らせた。


「なんかね。幽霊になってから、生きていた頃の記憶が曖昧になってる」

「そうなんですか?」

「うん。パズルのピースが外れるみたいに、ポロポロとね。小さい頃の記憶が特に抜け落ちてるような気がするし、何かの病気だろうか」


 少し考えるような仕草のあと、彼女は口元に手を当て、若干目を伏せながら言葉を紡ぐ。

 幽霊が病気になったという話は聞いたことがないけど、確かに気になる。


「まあ、必要ないから忘れちゃってるのかもしれないけどね。それより目下の問題は、短冊に書ける願い事の種類が限定されることだよ」


 心配する俺をよそに、部長は軽い口調になった。

 この話題はこれで終わり、という意味なのだろう。


「ちなみに部長の願い事って、なんなんです?」

「それはもちろん、イラスト部の復活だよ!」


 学校中に響きそうな声で、部長は高らかに宣言する。そこには一片の迷いもなかった。


「黒い短冊は学業成就ですから、その願い事でいいんじゃないですか。部活動も各業の一環でしょうし、きっと願いも神様に届きますよ」


 俺は苦笑しながら、彼女の願いを短冊に書き記していった。

 自分で言っておいて、七夕の神様というものが存在するのかわからないけど、この願いは絶対に叶えてほしい。


「部長、名前はどうします?」

「うーん……さすがに名前はやめとこう。部員全員の願いってことにしておいて」


 少し悩むようにこめかみを叩いたあと、彼女は人差し指を立てながら言った。


「わかりました。『イラスト同好会部員一同』にしておきますね」


 部長の名前は朝倉あさくら先輩にも伝えているのだし、彼女の名前が入った短冊があっても誰も気にしないと思うけどな……なんて考えつつ、俺は完成した短冊を笹に結びつけたのだった。


 ◇


 最後に俺も黄色い短冊を飾りつけ、七夕飾りは完成した。


「いやー、できたねー。うんうん、今回の七夕飾りは、近年稀に見る出来の良さだよー」


 部室の中央に置かれた笹の周囲を、部長がくるくると嬉しそうに回っている。


「ところで、これっていつまでここに置いとくんですか?」

「え、明日になったら捨てるけど」

「ええ……もったいなくないです?」

「だって、今日で七夕終わっちゃうしさ。護くん、こっそりとゴミ捨て場に運んどいて」

「俺が運ぶんですか?」

「当然だよ! もし私が運んでるところを見られたら、『恐怖!勝手に動く七夕飾り!』って新聞部が記事にするかもしれないよ!」

「ぷっ」


 両手を広げながら言う彼女を見ながら、俺は思わず吹き出してしまった。


「むう、なんで笑うの?」

「すみません。部室に来てすぐ、俺も同じことを考えたんですよ。笹が勝手に動いてたら、新聞部が取材に来るな……って」

「そっかそっか……やっぱり、私たちは似た者同士なんだねぇ」


 少し恥ずかしい気持ちになりながら伝えると、部長は満足顔で笑う。それから窓際へと向かい、おもむろに窓を開けた。


「……この天気だと、織姫と彦星、今年は会えそうだねぇ」

「そうですね。天気予報でも、今日は雨降らないそうですよ」


 言いながら彼女に並び、同じように空を仰ぐ。

 まだ梅雨明け宣言はされていないが、天気は快晴だった。


「でも、ここだと人工の光が多すぎて、天の川なんて見えそうにないですね」

「ふっふっふ。それなら、キミを秘密の場所に案内してあげようじゃないか」

「秘密の場所?」

「そう。私だけの秘密の場所。まあ、楽しみにしていたまえ」


 思わず眉をひそめる俺に対し、部長は胸の前で手を重ね、笑顔を絶やさずにそう言った。

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