第21話 新入部員は上級生!? 前編


『(ほのか)朝倉先輩、明日の昼休みに会ってくれるらしいよ。教室で待ってるって』


 汐見しおみさんからイラスト部(仮)のグループにメッセージが来たのは、彼女にお願いをしてから数日後の夜だった。


『(翔也)昼休みだな。まもる、もちろん部員全員で行くんだろ?』

『(内川)うん。そのほうが誠意を見せられると思うし』

『(ほのか)それなら、明日は早めにお昼食べなきゃね!』

『(翔也)お前はいつも早食いだろw』

『(ほのか)翔也しょうや、うっさい』

『(ほのか)とにかく、明日は全員で先輩のクラスに乗り込もう!』


「……明日のお昼かぁ、じゃあ、四限目が終わった頃に廊下で待ってるね」


 顔と顔が触れ合いそうな距離でスマホを覗き込んでいた雨宮あまみや部長が、口元に手を当てて頷く。

 今日も今日とて、彼女は俺の部屋で恋愛小説を読んでいた。

 テスト期間中に借りた一巻目はすでに読み終わっていて、今、部長の手元にあるのは二巻目だ。俺は読んでいないけど、かなり面白いらしい。


「料理部の朝倉さん……か。どんな人なんだろうね」


 栞を挟んで本を閉じた部長が、天井を見上げながら呟いた。


「あんなかわいらしいクッキー作る人だし、ふわふわな性格してそう」

「ふわふわ、ですか?」

「そう、ふわふわ」


 思わず聞き返すも、彼女は同じ表現を繰り返す。

 よくわからないけど、明日になれば会えるのだし、あれこれ考える必要もない気がした。


 ◇


 そして翌日。昼食を手早く済ませ、三人で教室を出る。もちろん部長も一緒だ。


「ほのか、その先輩のクラスって何組なんだ?」

「……はっ」


 三階へと続く階段を登りながら、翔也が汐見さんに尋ねる。

 それを聞いた汐見さんは急に立ち止まり、すぐ後ろを歩いていた部長は危うくぶつかりそうになっていた。


「そういえば聞いてないや……どこだろう」


 それからゆっくりと階段を登り始めるも、その声には困惑の色が混じっていた。


「聞いてないって……マジかよ。メッセージとか送れないのか?」

「朝倉先輩、学校にいる間はスマホ見ないんだよー。どうしよう」


 汐見さんは渋い顔をしながらその赤髪を弄る。

 同じ料理部なのだし、その先輩も汐見さんがクラスを知っている前提だったのかもしれない。


「まあ、片っ端から聞いていけば、そのうち見つかるだろ。先鋒は任せたぜ、部長代理」


 そう考えながら歩みを進めていると、笑顔の翔也が俺の肩を叩く。


「え、もしかして俺が聞くの?」

「そりゃそうだろ、話がしたいって言ったのはお前だし」


 それはそうだけど、これから行くのは上級生のクラスだ。否が応でも緊張してしまう。


「護くん、最年長の私がいるから安心したまえ」


 そんな胸の内を察したのか、部長が自信ありげに言って、俺の隣に並び立つ。

 気持ちは嬉しいけど、他人に彼女の姿は見えないし、声も聞こえない。不安しかなかった。

 ……そうこうしていると、最初の教室にたどり着いてしまった。


「まずは2年A組だね。よろしく、内川君」


 いつしか背後に移動していた汐見さんから背中を押され、俺は教室内に足を踏み入れる。


「し、失礼します。このクラスに朝倉先輩っていらっしゃいますか。女性の方なんですけど」


 教室中の視線が集まる中、俺は言葉を紡ぐ。


「あー、うちにはいないなぁ。別のクラスじゃね?」


 すると、入口に近い席で弁当を食べていた男子生徒がそう教えてくれた。


「そ、そうですか。ありがとうございます。お食事中、失礼しました」


 俺はその場で一礼すると、そそくさと教室をあとにする。


「……違ったみたいだね」

「すごく緊張した……これ、寿命が縮まりそう。次、汐見さんがやってみない?」

「え、わたし!?」

「先陣は切ったからさ、次鋒は任せたいんだけど」

「いやー、ここはやっぱり、次も部長代理でしょ。ねえ、翔也」

「異議なし」


 汐見さんの次は自分に話が回ってくるとわかっているのか、翔也は即答していた。


「私は交代するのもいいと思うけどなー」


 部長はそう言ってくれたものの、その声は俺以外には届かない。

 すでに多数決で負けていた。俺は渋々、次のクラスへと向かった。


「……B組とC組にもいないなんて」


 続く二つのクラスを訪ねてみたものの、そこにも朝倉先輩はいなかった。

 そして残るは、2年D組だけだ。


「さすがに、ここにはいないんじゃないかな」


 俺はクラスの表札を見つめながらそんな声を漏らす。

 というのも、各学年でD組といえば、美術科のことを指す。

 未来のデザイナーや芸術家を目指す精鋭中の精鋭が集まっているクラスで、料理部とは無縁な気がする。


「もうここしか残ってないけど、やっぱり緊張するね」

「護、頼んだ」


 同行している二人は完全に怖気づいているようで、俺の後ろで縮こまっている。

 美術科のクラス……正直、俺も入室を躊躇ちゅうちょしてしまう。まずは深呼吸だ。


「……ここまで来たんだから、うじうじしない」


 その矢先、部長がおもむろに俺の手を掴む。続けて、反対の手で教室の扉に手をかけた。


「おじゃましまーす!」


 次の瞬間、部長はためらうことなく扉を開け放ち、中へと入っていく。

 片腕を掴まれている俺も、彼女に引っ張られる形で教室に飛び込むことになった。

 例によって部長の姿は他人に見えないので、俺は無数の視線に耐えながら、必死に言葉を探す。


「あ、あの、突然すみません。このクラスに、朝倉先輩はいらっしゃいますか?」

「……朝倉って、朝倉沙希あさくら さき? 今の時間は部活の準備があるとかで、家庭科室に行ってるわよ」

「家庭科室ですか。ありがとうございます」


 ややあって、一人の女生徒がそう教えてくれた。俺は彼女にお礼を言ったあと、逃げるように教室から飛び出した。


「朝倉先輩、家庭科室にいるって」

「え、うそ!?」


 その事実を汐見さんに伝えると、彼女は心底驚いた顔をした。

 おそらく先輩が美術科だったことと、家庭科室で待っていること、その両方に驚いたのだろう。


「あの人、美術科だったんだ……いつもふわふわしてるし、全然そんなイメージなかった」


 ぶつぶつ言う汐見さんに先導されながら、俺たちは急ぎ足で校舎の外へと向かった。



 家庭科室がある部活棟に行くには、校舎から続く渡り廊下を通る必要がある。

 皆で飛び出すように渡り廊下に出た時、かなり強い風が吹いていることに気づいた。


「ひーん。こんなこと天気予報で言ってなかったのにー!」


 先頭を歩いていた汐見さんは慌てて制服のスカートを抑えるも、盛大にめくれ上がっていた。


「……護くん、見たかね?」


 直後に部長からジト目で見られ、俺は全力で首を横に振る。とっさに視線をそらしたので見てはいない。


「猫のバックプリントだったよ」


 なんでそんな情報よこすんですか! 俺にどんな反応を期待してるんです!?

 思わず喉から出そうになった言葉を必死に飲み込む。その隣で、翔也は無言で顔を背けていた。


「下に体操服着てくればよかった……二人とも、先に行って!」


 顔を赤くした汐見さんにそう言われ、俺と翔也は彼女の前に出る。

 隣を見ると、部長が俺たちと並んでいた。反射的に制服のスカートに目が行く。


「幽霊だから、風の影響は受けないんだよねー。残念でしたー」


 その視線の意図を悟ったのか、彼女はスカートの裾をつまみながら勝ち誇った顔をした。

 ……べ、別に残念だなんて思ってませんから。

 心の中でそう呟いて、俺は再び歩き出したのだった。



 それから部活棟の中を進み、ようやく家庭科室にたどり着いた。


「ここだよー。失礼しまーす!」


 ノックをしたあと、汐見さんが入口の扉を開ける。中には一人の女生徒がいて、こちらに背を向けて作業をしていた。


「……その元気な声はほのちゃんね。どうしたの?」

「どうしたの? じゃないですよ! 先輩、教室で待ってるって言ってませんでした!?」

「あら、そうだったわね。部活の準備で頭がいっぱいで、すっかり忘れていたわ」


 腰に手を当てる汐見さんの背中越しに、のほほんとした声が聞こえてくる。

 ……はて、この声、どこかで聞き覚えがあるような。

 そう考えた時、女生徒が振り返る。俺と部長は息を呑んだ。

 ウェーブのかかった薄藍色の髪と、特徴的な糸目。

 それは以前、画材売り場で出会った女性に間違いなかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る