第42話:俺の魔剣

半透明な緑の先に、エアブズの真剣な顔が映る。



(鍛える?誰を?)


『お主をじゃよ』


「心読まれた!?」


『分かりやすいだけじゃ』



シャランと鈴が鳴る。杖にもツッコまれた気がする。


混乱で返事が出来ないままでいると、エアブズの説明が始まった。かなり長々と話してたしざっくり言うと、魔剣を使いこなせてないから練習相手になるぞって。



『そう言うわけじゃが、どうじゃ?』


「あー、うーん」



首を捻り、悩む。折角のチャンスだし有り難くはあるのだけど、良い人だし、剣を向けるのはちょっとなぁ。



『まあ、強制じゃし、悩む必要性はないぞぃ』


「へ!?強制なの!?まあいいや」



リュックを置き、陰翳を抜刀。距離を取り、正眼に構える。



『ほほぅ、大太刀かのぅ?』


「うん、かっこいいでしょ」



エアブズが杖をつき、鈴が鳴る。その余韻が消え、火が燃える音だけが響く。



「ご指導よろしく」


『うむ、どこからでも来るといいぞぃ』



エアブズへ集中。切先を向けたまま、じわりじわりと横移動。エアブズは目を閉じたまま、でも気配をこっちに向けている。




ふと、気配が他所を向いた。その一瞬を突き、間合いを一気に詰める。


正面、上段振り上げてからの振り下ろし。エアブズは受け流すつもりか杖を傾けている。


手首を返し、軌道を変える。杖の下へと滑り込ませ、峰で彼の手首を狙う。


エアブズは杖を半回転。あっさりと陰翳を弾き上げた。脱力のおかげで衝撃は流せたが、体の隙がデカい。


案の定、杖の末端が飛んできた。膝を曲げ、強引にブリッジ。空を裂く音が響き、スレスレのとこを杖が通った。


体を捻り四つん這いに。さらに強引にぶん回し、回転足払い。跳んで躱された。


『危ないのぅ』


再び距離が開き、仕切り直し。立ち上がり、陰翳を構え直す。


『ふぅむ、その大太刀。実に厄介じゃなぁ』


エアブズは顎髭を摩りながら、眉間に皺を寄せた。


「そうなん?」


『動きにくいのぅ。何故じゃろうか』


何やらエアブズが陰翳を分析している。というかこれエアブズにも効果あるのか。ふむふむ。


『ほれ、今度はわしからいくぞぃ』


エアブズの姿が消える。ヤバいのは…下だ。


大袈裟にバックステップからの振り下ろし。地面から飛び出してきたエアブズが、杖にて受け止める。


三歩距離を詰めて蹴り一発。盛り上がってきた土が砕け散り、エアブズの姿がまた消える。


振り返りながら水平斬り。振り下ろされる杖を弾き、もう一回転の勢いでエアブズの横腹を狙う。捩じ込まれた杖ごと振り抜き、エアブズを吹っ飛ばす。


一、二と跳ねて三でバク宙。見事な着地をキメたエアブズに追撃。大袈裟、逆袈裟、横一文字からの五連突き。強引に押し込まず、弾き返る衝撃に任せて連撃を舞う。


独楽こまの如く回り舞って、攻めて攻めて攻め倒す。


視界に映る赤。上段に来た陰翳を振り下ろし、破却。その隙に再度距離を取られた。


『凄まじい攻手じゃのぅ。守りの方はどうじゃ?』


赤、青、緑の魔法陣が、視界のあらゆる場所を埋め尽くす。その数は今も増し、重なる紋様がもはや一つの光と化していく。圧倒的な数の暴力。広範囲もカバー出来る殲滅力。


いいじゃん!!大魔法もいいけど、こういうのも最高だなぁ!!!


口角が上がってく。鼓動が早くなる。感情ネスティが昂っていく。


雨が降り始めた。当たれば大怪我確定の一粒、一粒。右、左とステップで躱し、上、下を跳んで躱し、前、後ろを半身で躱す。


火球、氷塊、風刃。三色が混じり、入り乱れ、ぶつかり合う。


どの方向を見ても、死、死、死。死線に覆われ包まれたエアブズの部屋で、ひたすら躱す。


躱す度、増していく密度。ぶつかり砕けた氷片が、隙間に捩じ込まれる炎が、青と赤を引き裂く刃が、死をさらに色濃くしていく。


「くくっ、あっはははは!!」


どんどん激しくなっていく雨の中、笑い踊る。陰翳を振り回し、居場所をこじ開け、次の瞬間を生きる酸素を求める。


爆風に流され、転がされ、それでも陰翳を振り回す。体を捻り、転がり、回転し、躱して躱して生きて生きてーー




雨が止んだ。



『うむうむ!良い守りじゃなぁ』



顎髭を摩りながら、エアブズが頷いた。



『今日はこれくらいじゃ』


「え?」



想像以上にあっさりしていた展開に、少し拍子抜けになる。



「終わり?」


『うむ、終わりじゃよ』



確認したけど返事は変わらない。


ボコボコになった部屋に、沈黙が流れる。壁に映る影がゆらゆらと揺れた。



『終わりじゃよ』



口を開いた瞬間に言われた。仕方ないので、陰翳をクルクルと回し、納刀。残像が赤黒い満月に見える。


そんなことをボーッと考えていると、エアブズがクルッと背を向けてペタペタと歩き出した。



『お風呂の時間じゃ。こっちじゃぞぃ』



クイックイッと後ろ手に手招きをされた。慌ててエアブズに続く。


エアブズが何気無い壁を軽く叩くと、魔法陣が浮かび上がった。陣が回転。真ん中から二つに割れ、壁に穴が開いた。



「おお〜!秘密の扉!」


『そんな大した物じゃないわい。ほれ、行くぞぃ』





穴をくぐり抜けた先は、壁掛けトーチに照らされた立派な廊下だった。洞窟みたいに暑苦しくなく、ちょうど良い温度が保たれている。



『ここじゃ。服の代わりを用意してくるから、先に入っとれ』


「ありがと、エアブズ」


『気にするでない』



エアブズの言葉に甘え、目の前の部屋へと入った。






ーーーー






「ふっ!」



刹那の三閃。風を纏う連撃で、飛び掛かってきた魔物を一刀両断。煌爛の刃に陽光が煌めき、銀世界に一条の金が表れる。



(やっぱり弱いな)



振り返れば、スノーウルフ三匹が真っ二つになって散らばっていた。虐殺のようでちょっと嫌だけど、襲って来たのはあっちだし。


誰に言うでもなくそう言い訳して、煌爛を振ってから鞘へ。さらに山頂目掛けて歩き始める。



(ライヒに日が落ちるまでに戻って来いって言われてるし、もう少ししたら戻ろうかな)



昨日も見たような景色を辿りながら、飛び掛かってくる奴らを一撃で沈めていく。さらに一時間ほど捌いて、宿屋への帰路についた。





「ただいま」


「む、おかえりだ」



今日の鍛錬から帰宅。宿屋の部屋は相変わらず重苦しい空気に満ちている。唯一元気なヴェラが少し浮いて見えるほどだ。



「キュルケーさんは大丈夫?」



食器を片付けるヴェラに聞けば、首を横に振られた。表情も暗い。



(キュルケーさんが引き篭もるようになって一週間…心配だね)



セシリアさんとティオナさんを連れ去られた痛みは、未だ消えていないみたい。もちろん、僕もそうだ。ただじっとしているのが落ち着かないから、今日も今日とてインフェルティオ霊山の魔物に挑んでいるだけで。


ヨトゥン以来、強い魔物には出会っていない。出来るだけ遠いところまで行っているけど、上級冒険者が苦戦するような魔物は全くいない印象を受けた。噂は間違ってたのかもと最近は思ってる。とはいえーー



(ずっとこのままではだめだ。でも居座り続けるこれは何なんだろう?)



今もある胸の温かい苦味。ヨトゥンとの戦いで初めて感じた感覚。ヨトゥンとの最後の戦いを思い出す度、胸に染み出す感覚。気になるのに、戦い始めると消えてしまう感覚。


未だその感覚の正体を掴めないまま、一日がまた終わった。






ーーーー






「あったかーい」



ボコボコと音を立てるお風呂で、体にへばりついた汗を流す。



(ずっと《ワーテル》で水浴びしかしてなかったし…気持ちいい…)



久々のお風呂、そして初めての泡風呂を堪能しながら、全身の疲れを癒していく。


ふと冷静になると、お風呂ありきの生活が当たり前になっている自分がいることに気がついた。それと同時に、セシリアにかなりの額を奢られっぱなしなことも思い出した。



(いやー、お風呂が普通だなんて、贅沢な生活だなぁ)



目の前の贅沢に現実逃避。ボコボコぷくぷく。いいー湯だなぁ。



『堪能しておるようじゃな』


「あ、エアブズ」



チャプチャプ鳴らしながら入ってきたのはエアブズだった。ガリガリな様に見えて実はムキムキ。かなりムキムキ。そりゃ、死合ったときに分かってたけども。実際に見ると感じ方がちょっと違う。細マッチョの超健康おじいちゃんに、イメージ修正しとこ。



『美味しい料理も準備しておる。期待しとれぃ』


「ほんと!?やったー!ありがと!」



ノームの料理。一体どんな豪快なご飯が出てくるんだろうか。



『そういえば、お主の魔剣の話なんじゃが…』



顎髭を摩りながら、エアブズが少し真剣な雰囲気を出した。



「陰翳だよ。能力は魔物を寄せ付けないこと」


『ふぅむ、なるほどのぅ』



ざっくり説明すれば、エアブズは何やら考え始めた。ふぅむうーむと唸りながら、何やら考えている。



『うむ、やはり教えることにするか』


「何を?」


『インエイ、お主の相棒の能力についてじゃ』



ボコボコと泡が弾ける音の中、エアブズが語り始めた。



『お主は其奴の能力を少々、いやかなり誤解しておる』


「誤解?」


『魔物を寄せ付けないと言っておったのぉ。実際は魔物だけではないのじゃ』



エアブズが手を開けば、光が現れた。まさにホログラムのディスプレイといった感じ。うーん、素晴らしい!魔法だけど、現代科学ファンタジーチックでいい!


とまあ話とそれは関係ないので一旦スルー。気分を落ち着かせ、流れる映像に注目する。



「これは…さっきの戦闘?」


『そうじゃ』



俺が描く太刀筋。前よりアニメの動きに近づいてるけど、やっぱあの速さは無理だなぁ。セシリアみたいなバフが使えるんなら良いけどなぁ。



『なかなか良い太刀筋じゃが、注目して欲しいのはここじゃ』



エアブズが指したのは地面。定期的に土がちょっと盛り上がったり、火花が散ったり、氷片が出たりしている。



「これ…魔法?詠唱失敗してる?」


『うむ。心の在り方ネスティが乱されているんじゃ』



ネスティの乱れ。それはそのまま魔法の崩壊を意味する…はず。ラフィとのトレーニングの時にも散々注意された。いや、そん時は出力の問題だけだったけどね。



(あれ?でもーー)


「ーー途中から魔法使ってたよね?」



エアブズが攻め手になった時には、普通に弾幕張られてたし。魔法陣潰れるくらい光ってたし。どっち踏み出しても死ぬくらい密度高かったし。



『乱されるだけじゃ。慣れたら問題ないぞぃ』


「すっご!チートじゃん!」



無双系あるあるセリフ。いいなぁ。俺もそういうセリフ言いたい。しかしーー


「心の乱れ…寄せ付けない…」


ーーこれだけじゃ分からない。思考のピースが足りない。何かあるとすれば、圧?


死合いにおいて圧というのは意外と大事。剣のブレ、動きの硬直、思考停止。プレッシャーが与える影響は身体にも、そして精神にも大きい。



「剣圧…剣圧の増加?」



俺の剣圧は大したことない。そりゃ俺自身が弱いからだ。でもそんな俺の剣圧がエアブズの心を揺さぶる。


だったら安直に、陰翳がそこに干渉してるって考えるべき。



『よくぞ、それだけで辿り着いたのぅ』


「いや、一回の戦いで分かったエアブズもエアブズだよ」



しかし剣圧の増加…かぁ。なかなか癖がある魔剣だ。



「ねぇ、剣圧ってどんな風に感じた?」


『深層意識に直接染み込ませている感じじゃのぅ。普通じゃ気が付くことすら難しいわい』


(うん、エアブズは普通じゃないもんね)



心の中で呟く。それはさておき、今までの戦闘が何故成立したのか、ようやく合点が入った。


プレッシャーによる本来の力の封印。陰翳を最大限警戒してしまう本能。


これが俺が敵の攻撃を捌ききれていた原因で、俺にとっての唯一の勝ち筋。



(というかこれ、雰囲気を変えたら圧の見え方も変わるんじゃ…?)



もしかしたらあれを再現出来るかもしれない。そんな希望がふつふつと湧いてきた。



『何か思い付いたのかのぅ?』


「うん」


『ほほう、それは楽しみじゃ』



ゆったりお風呂で技を練る。早速、明日試してみよ。

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