第40話:語られた魔王の痛み

宙に浮かぶ女の子に困惑していると、ティオナがスッと前に出て、女の子に話しかけました。



「こんにちは。貴方が介抱をしてくれたのですか?」



いつでも逃げれるよう体勢を整えつつ、周囲に警戒を向けます。



『そうだよー。服ボロボロだったから洗っちゃったー』


「そうなのですか?それは感謝します」


『いいよー。あ!そうだ!』



女の子は服のおとしに手を入れて、手紙を取り出しました。それをティオナにスッと差し出します。



『ヨトゥンから!』



ティオナはそれを恐る恐る受け取りました。紙を取り出し、内容を読み上げます。



「拝啓、セシリア・サント・レサルシオン様、ティオナ・ガルディエーヌ様。


こんな形になってごめんね。実は僕たちは今困り事を抱えてて、それを解決できる人を探してたんだ。そのためのふるいとして、さっきみたいに良さげな人を見かけては戦っていたんだ。もちろん誰も殺してないよ。


まあ詳しい話は直接するよ。起きたらアイオリアに食堂まで案内してもらって。そこで待ってるよ。


ヨトゥン」



ティオナがチラッと視線を渡してきました。どうするか決めかねているようです。



(少なくとも目の前の女の子は害意がなさそうです。それにここがどこかもわからないし…)



数瞬の思考の後、結論を出します。



「アイオリアさん…で合ってますか?」


『うん!アイオリアだよー』


「案内をお願いしてもいいですか?」


『任せてー。こっちこっち』



女の子…アイオリアさんはあっさりと承諾。ふわふわと飛んでいき、手招きをしてくれました。


ティオナが心配そうな顔を再び浮かべます。私は目線で大丈夫の意を伝えると、少し表情が和らいだ気がしました。





アイオリアさんに続いて、氷色の廊下を歩きます。ところどころある灯りの装飾や壁飾りはとても綺麗で、氷の城と呼べるほどの気品を放っていました。



『ここだよー』


「ありがとうございます」



アイオリアさんが止まったのは、美しい紋様が描かれた扉の前でした。触れればヒヤッとした感覚が手に伝わってきます。


扉を開ければ、とても大きい部屋が広がっていました。天井はすごく高いにも関わらず、置かれている机や椅子の大きさは大小様々で、一体何を想定されているのか疑問が浮かびます。



『やあ。よく来てくれたね』



一番近くの机に座っていたのは、先程戦った相手、ヨトゥンさんでした。軽く手を挙げ、ニコリと笑顔を浮かべます。


机の上にはティオナの細剣であるセツナと、私の杖、蒼銀籠ソウギンロウがありました。



『まずは座って』



言われた通り、私たちは席につきました。



『さて、ここに来てくれたってことは、話は聞いてくれるってことかな?』


「はい、そうです」



戦闘の時とは違い、圧は鳴りを潜めているヨトゥンさん。どうやら本当に、敵対する意思はないようですね。



「困り事とかかれていましたが?」



ティオナがそう言えば、ヨトゥンさんは頬を掻きながら苦い顔を浮かべました。



『うん、僕らじゃどーしても解決できなくてさ。単刀直入に言うねーー』



ヨトゥンさんの表情か真剣になります。そしてヨトゥンさんは、ぶつかるのではないかというほどの勢いで頭を下げました。



『ーーどうか我らの王を救ってくれないだろうか』



静寂。あまりの衝撃に、氷色の巨大な食堂の時が止まります。



(我らの…王?魔王ということでしょうか?)



衝撃の後、残ったのは困惑でした。ぐるぐると混乱する頭を何とか動かしながら、必死に考えます。そんな中、代わりにティオナが冷静に答えてくれました。



「事情が不明瞭な以上、お答え出来ません」


『そう…だよね。詳しく話すよ』



ヨトゥンさんは少し遠い目を浮かべて、懐かしむような口調で語り始めました。





ーーーー





僕らの王は昔から巻き込まれ体質だった。


行く先行く先で事故に遭い、戦いの中に放り出され、災害に巻き込まれた。その度に種族関係なくあらゆる命を救っては、大怪我をして帰ってきたよ。


王はとんでもないお人好しでさ、それも自己犠牲を一切いとわない方だったから。それはそれは心配だったよ。何せ毎度、瀕死になって帰ってくるし。臣下総出で説教会になったこともあったな。懐かしいよ。


最初はただ運が悪い程度にしか思ってなかったよ。でもずっと一緒に過ごしてる内にさ、だんだん疑うようになってきたんだ。運が悪いにしたって、余りにも巻き込まれ過ぎだって。


そう思っていたのは僕だけじゃなかったみたいで、口にしないだけで皆思ってたみたい。ある日の臣下だけの会議で、王の巻き込まれ体質が話題に上がったんだ。




その日をきっかけに、僕らは全力で調査した。王には秘密でね。何せ王は、自分の事について知られるのを極端に嫌がってたからさ。


その嫌がり様ったらさ、すっごいんだよ。王の事を聞こうとすれば、すぐに話題を変えるんだ。強引に聞こうとすれば、泣き喚いてでも聞かないでって頼んでくるし、さらに粘っても絶対に話さなかったし。結構子供っぽいよね。笑っちゃうよ。


話を戻すけど、調査はすごく難航した。魔法を使ったり、本を読んだり、各地の伝承を掻き集めたり、出来ること全てをやったさ。掠りもしなかったけどね。


まあ、そんな中でも割と平和に過ごせてたし、王も楽しそうだったよ。相変わらず怪我してばっかりだったけどね。




でもそんな日々は唐突に終わったよ。




人間の街から帰ってきた王が、急に倒れたんだ。酷い熱でさ、水を掛けてもすぐ無くなっちゃうくらい熱かったんだ。臣下全員てんやわんやになりながら、王を介抱したよ。


そんな時、治療の一環である魔法を使ったら、王はずっと呪いに掛かっていた事が判明したんだ。その呪いが王に負の出来事を引き寄せて、怪我に病気に、あらゆる不幸を見舞わせたんだ。王はみんな元気だしそれでいいって笑ってたけどね。


当然、僕らからしたら全く良くない。呪いの扱いが得意な奴らを集めて、あらゆる解呪方法を試したよ。




結果は全部だめ。効果はなかった。




でも僕らには、まだ希望があったんだ。それがここ、インフェルティオ霊山の魔剣だよ。今思えば、伝承を鵜呑みにするなんて、信じられないことをしてたよね。


僕らは死力を尽くして魔剣を探した。山頂から地中、果ては空まで行った。


日に日に弱っていっても、気丈に振る舞う王の姿は随分と痛々しかったよ。そしてその姿に、僕らはより一層の焦りを感じていたよ。


そしてとうとう、魔剣が見つかった。純白に輝くその刃は、僕らの希望そのものだったよ。探しに出てた全員の叫びで、大きな雪崩が起きるくらいには喜んだよ。




でも遅かった。遅かったんだ。




戻った時にはもう…息をしていなかったよ。臣下に囲われて眠る王は、すごく安らかな表情を浮かべていた。全てに満足したような、幸せに満ちたような顔で。


悲しかったよ。泣いて泣いて、落ち込んで、挙句の果てには後を追おうとすら思ったよ。でもその度に王はそんな事を望んでないって言い聞かせて、踏み止まってはまた悲しみに明け暮れた。


長い間泣いていたけど、ふと冷静になったときに、これで良かったんじゃないかって思った。だって王は、幸せそうだったし。


全員がそう思えれば良かったんだけどね。そうじゃないのもいたんだ。


そいつらが選んだのが、蘇生魔法。御伽話にしか出てこない夢の魔法で、王を蘇らせようと目論んだってわけ。


王に逢いたい、王とまた話したいっていう強い想いが、凄まじい執着心を生んだんだ。結果、そいつらは狂ったように研究に没頭した。無理矢理止めないと、寝ないしご飯も食べないくらい集中してたよ。


どんな研究をしていたか、詳しくは知らない。けどある日、ご飯を食べさせに行ったら、自分の命を捧げて魔法を発動させようとしてる瞬間を見てしまったんだ。慌てて殴り飛ばして、強制的に止めたよ。


でもその日以来、命を代償にする方向性での研究に切り替わってしまったんだ。そこに何を見出したのか全く分からなかったし、そんな事は王が望むわけがない。


王の死を受け入れていた僕らは、必死にあいつらを説得した。でもその説得がいつしか口論になり、やがて戦いへと変わっていった。


醜い争いの結果、僕らは負けた。そして研究の邪魔をされないように、この霊山に縛り付けられたんだ。




そして最近、あいつらが研究が成功したと大はしゃぎしてやって来た。みんな狂気の炎を目に灯らせて、異常なほど痩せこけていたよ。


でも何より衝撃的だったのは、復活した王の姿だった。あいつらよりもさらに痩せこけた体に、生気のない虚な瞳。譫言うわごとのようにずっと苦しいって呟いていて、その口は哀愁に歪んでいたよ。


僕らはそんな王の姿を前に、ただただ固まっていることしか出来なかった。気が付けばあいつらは居なくなっていて、湧き上がってきた激情のまま叫んでた。


悔しかった。未だ苦痛に苛まれる王を前に、何も出来なかった自分が情けなかった。





ーーーー





『ーーでも、僕らの封印は未だ解けていない。ここから出ることすら出来ないんだ』



強く握られる拳から、ツーッと赤い血が流れ落ちます。



『改めてお願いだ。今も苦しんでいる王を、どうか救ってくれないだろうか』



再び深々と頭を下げるヨトゥンさんからは、強い想いが溢れて見えました。



(彼らの痛みは、きっとまだ続いているのでしょう)



愛する者が傷付く痛み。愛する者が苦しむ痛み。そして、愛する者と別れる痛み。


私も知っている、いつまでもいつまでもくすぶり続ける苦しさ。


胸の奥から気持ちが溢れてきます。手を差し伸べたい。救いたい。そんな想いが。



「わかりました。私で良ければ、魔王を救う力添えをしましょう」


「私も、微力ながらお力添えを致しましょう」


『本当!?ありがとう!!』



勢いよく顔を上げたヨトゥンさんに、パァッと笑顔が咲きます。



『じゃあこれからの話をしてもいいかな!?』


「はい、お願いします」



目に見えて明るくなったヨトゥンさんの計画は、想像以上にあっさりしていました。


まずはアイオリアさんとヨトゥンさんの指導の元、魔法を鍛えます。鍛錬内容はやりながら教えるとのことです。


次に実戦を積み重ねます。様々な魔物と戦うだけでなく、準備が整い次第、対人戦もします。


そしてしっかりと休養を取ります。


これを一ヶ月続けて魔王と戦えるぐらいまで鍛え上げるそうです。



「あの、少しいいですか?なぜ魔法だけなのですか?」


『一番伸ばしやすいからだよ。あと、身体強化も魔法で出来るし』



ヨトゥンさんに聞けば、理に適った答えが返ってきました。



『さて、もう疑問は無いかな?じゃあ、アイオリア。部屋まで案内してあげて。僕はご飯の準備をしてくるよ』


『うぅ、ぐずっ』


『相変わらずだね、君は』



ヨトゥンさんは仕方なさそうに笑うと、私たちを部屋まで連れて行ってくれました。



『それじゃ、ご飯が出来たら持ってくるから。ゆっくりしててね』


「はい、ありがとうございます」



ヨトゥンさんが出ていくと、重たい雰囲気が部屋を満たしました。



「まさか魔王にあんな辛いことがあっただなんて、想像もしませんでした」



ティオナが呟きます。



「ずっと倒すべき敵としか考えていませんでしたから…」



ティオナの言う通り、魔王は悪で倒さないといけないとずっと思っていました。でもヨトゥンさんの話を聞いて、泣いているアイオリアさんを見て、魔王だって苦しんでいる被害者でしかないと知りました。



「力を付けましょう。今は何をするにしても力が足りないですから」


「ええ、そうですね」



鉛のような空気の中、想いと覚悟が胸の内で勢いよく燃えていました。

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