第20話:キュルケーの話とこれからの相談
野営地を出てしばらく歩くと、ヴェラの装備が落ちてた川に着いた。木々がないため、星空がよく見える。
キュルケーは河原を少し歩くと、俺の腰くらいまである岩の横で止まった。
キュルケーは振り向くと、いきなり頭を下げた。
「ごめんなさい」
「え?何が?」
「あんたを魔族だって疑った件についてよ」
キュルケーの一言に、手をポンと叩き、納得。
「別にいいよ。だってあれシエンジャクアスのせいでしょ?」
「確かに、シエンジャクアスも原因の一つだわ。でもあれは私の中にある感情を増幅させただけなの」
気にしてないことを伝えれば、やんわり否定で返された。
「魔族が憎い?」
「ええ、心の底から」
「なんでって聞いてもいい?」
沈黙が続く。空気が重い。深く息を吸う音が聞こえる。
「いいわ、教えてあげる」
キュルケーが沈黙を破って、語り始めた。
ーーーー
私には四歳下の弟がいたわ。名前はフェオン。フェオンが生まれた時は、私もまだまだ子供だったけど、はっきりと覚えてる。私をつつく小さな手は本当に愛らしかった。
成長し、自分で歩けるようになったフェオンは、いつも私に付いて来たわ。勉強をする時も、訓練をする時も、いつもそうだった。姉さん、姉さんって慕ってくれるフェオンが私も大好きだったわ。
一緒に勉強して、一緒に訓練して、一緒に遊んで、一緒に寝る。そんな平和な日々がこれからも続くんだって思ってた。でもその平和は一瞬で崩れ去った。
レペンス・トルフォリウム事件。
私たちの国、リディマギア王国が壊滅寸前に陥った事件よ。
あの日はフェオンの九歳の誕生日。例年通り街はお祭り騒ぎで、王城では式典が盛り上がっていたわ。名のある貴族たちも集まって、食事を楽しんだり、踊ったり…。私もフェオンと美味しい料理を食べてはしゃいでいたわ。
そんな中、目の前に奴は現れたわ。
レペンス・トルフォリウム。この事件を起こした張本人。
始めは今回の式典に参加した貴族の一人だと思ってた。優しい雰囲気を纏った、不気味なくらい顔立ちのが整った男。奴はフェオンの前で
フェオンはそれはもう喜んだわ。ありがとうと言いながら無邪気な笑みを浮かべてた。
その瞬間私の顔に、生暖かい何かが散ってきた。赤くてベタベタするそれは、フェオンの血だった。
私が事態を認識したと同時、フェオンの絶叫が王城を
恐怖と絶望のあまり、一歩も動けなかった。体はガクガク震えて、歯はがちがち鳴ってて…
私が手に掛けられる前に、お父様が駆けつけてくれたわ。お父様を見た瞬間、奴はいつの間にか生えていた翼で、窓から飛んで逃げていった。
奴が見えなくなった瞬間、足元にベチャつく感覚が湧いてきた。私がへたり込んでいたのは、フェオンだったものの上だった。
涙がぼろぼろ溢れてきた。ただひたすらに怖くて、悔しくて、憎かった。フェオンを奪ったあいつが、魔族が憎かった。
ーーーー
「あの子の笑顔…今でも思い出すわ…」
「そっかぁ」
何も言葉が出てこない。想像以上に重い過去だった。それと同時に、あの日の確信が正しかったことも分かった。
「何も…言わないわけ?」
キュルケーが暗い表情で言った。
「つらい話させてごめん」
「そうじゃなくて、私を責めないのって聞いてるのよ」
謝罪をすれば、全く筋違いな言葉が返ってきた。
「責める?なんで?」
「だってあんたは、私のせいで死にかけてるのよ!?」
キュルケーが叫ぶ。
「私の勝手な妄想に巻き込まれて!殺し合いをさせられて!大怪我を負って!私のせいで…」
声が震え、だんだん小さくなる。俯いているキュルケーの頬からは、涙が落ちている。
それはきっと罪悪感からくる痛みと辛さの現れ。でも、なんでなんだろう?なんでキュルケーは罪悪感なんて感じてるんだろう?
「俺はキュルケーに感謝してるんだ」
「…」
「キュルケーのおかげで、すげぇ魔法を体験できたし、燁炎を使えたし、サイクロプスと遊べた。良いこと尽くめじゃん」
キュルケーが顔を上げる。そこには困惑の色がありありと現れていた。涙の跡に困惑とはなかなかカオスな表情。
「それにキュルケー、手加減してたでしょ?」
「何の話よ?」
「決闘。今日の炎剣使われてたら、俺負けてたし」
「あれは…セシリアを巻き込みたくなかったから…」
「じゃ、そういうことにしておくよ」
そう言って笑えば、キュルケーは呆れたようにため息を吐いた。
「あんた、狂ってるわね」
「よく言われる」
満天の星空の下、俺たちは静かに笑った。
「ちゃんと伝えたわよ」
「はい、よく頑張りました」
セシリアがキュルケーに近づいて頭を撫でる。キュルケーは照れくさそうにしながらも、黙って撫でられていた。
「ユウトさん、改めて謝罪をさせてください。本当に申し訳ありませんでした」
「私からも謝罪を」
「え?」
何故かセシリアに頭を下げられた。そしてティオナにも。
(さすが王族と近衛騎士。礼の姿までかっこいい、ってそうじゃなくて…)
「あのーまさか、もうメガログリオスの焼肉ないの?」
「いえ、ちゃんと取ってありますよ。そうではなくて、キュルケーの件です」
あの肉がまだ食えることにホッとする。あの味は病みつきなんだよなぁ。ラフィが気に入っているのもわかる。
「ん?ああ、そっちは気にしてないって。前にも言わなかったっけ?」
「言われましたけど、筋ですので」
「すじ肉もあるの?」
「あんた、さっきからご飯の話ばっかりじゃない!」
「だってお腹空いたんだもん」
大人しくなっていたキュルケーの、鋭いツッコミが炸裂する。すっかり元気が戻ってきたようだ。
セシリアとティオナは困ったように笑っている。
「わかりました。では、続きはあちらで話しましょう」
ティオナに言われて、会議に使ったテントに入る。ちょっとして、騎士の人が焼きたてのステーキを持って来てくれた。しかも骨付き。
「いっただっきまーす」
早速手掴みで齧り付く。ジュワッと溢れる肉汁と香辛料のしょっぱさが美味い。
「ユウト様、お聞きしてもよろしいですか?」
「どぞー」
ティオナが真剣な表情で切り出した。ちゃんと肉を飲み込んでから答える。
「ユウト様はこれからどうされるおつもりですか?」
「これから?」
「ええ、この任務が終わった後です」
捜索任務が終わった後。想像するが、冒険者をする以外の選択肢が思い浮かばなかった。
陰翳もあるから
(レサヴァント近くにいい場所を探そう)
今回の捜索で見つけた幾つかの候補を思い浮かべる。木材も豊富だし、何とかなりそうだ。
「レサヴァントで冒険者やろうかなぁって思ってるけど…」
「もしよろしければ、正式に騎士団に入りませんか?」
「やだ」
「「「え!?」」」
ティオナには悪いけど、即却下。その返事に、三人が驚きの声をあげる。
「あんたのことだから、嬉しくて叫ぶのかと思ってたわ…」
キュルケーのボヤきに、二人が何度も頷く。
「だって俺が入ったら、せっかくのかっこいい雰囲気が台無しになるし」
「それは…ユウトさん次第なのでは?」
セシリアの問いに対し、首を横に振る。今度はキュルケーが投げやり気味に言った。
「そのうち慣れるわよ」
「その前に死ぬ」
「あながち否定できないわね…」
「ユウト様が亡くなる?」
多分二人はラフィの家の時のことを思い浮かべたんだろう。苦笑いを浮かべている。一人それを見ていなかったティオナは状況について行けず、混乱していた。
「実はシュッツ様のお屋敷の出迎えのときに、呼吸困難になったのです…」
「え、ええ…?」
セシリアの説明に余計に混乱するティオナ。キュルケーがそういうものだとしておきなさいと、彼女に言い聞かせた。
「そんなわけで騎士団には入れん。ごめん」
「…わかりました」
ティオナはそう言うと、席を立ってセシリアとキュルケーとヒソヒソ話を始めた。何やら作戦だのどーだの言っている。
会議は終わったのか、三人は席に戻った。
「ではユウト様、騎士団には所属しませんが、セシリア様直属の護衛になる。如何でしょうか?」
「いや、俺を護衛にする必要性なくない?ティオナいれば十分でしょ。てか、なんでそこまで俺を勧誘するの?」
「それは…」
「あんたが魔法を恐れないからよ」
俺の疑問に、ティオナが答えに詰まる。代わりにキュルケーが答えてくれた。
曰く、レサルシオン王国騎士団は伝統的に守りが堅いらしい。故に相手の攻撃を受けてからのカウンターがメインの戦術で、自分から切り込んでいくスタイルはごく一部しかいないんだとか。しかも全員近衛騎士。
そんな中、最近魔物に対するカウンター戦術の限界が見えてきて、アプローチを変えたいんだと。そこで、特攻部隊を作りたいんだけど、うまくいっていない。近衛騎士は基本王族の側を離れられないから無理だし、悩みの種になってるんだって。
「じゃあ冒険者に頼むのは?」
「それができたら苦労しないのですけどね…」
「貴族の反発が強い的な?」
「ご明察です。不甲斐ない限りです…」
悲愴感溢れるティオナが言った。ここで一つ疑問が湧いた。
「俺も冒険者だけど?」
「そこはセシリア様の推薦ということで」
要はゴリ押しらしい。無茶苦茶だが、なんかティオナが可哀想に見えてきた。多分、貴族と王様あたりとの板挟みになってるんだろう。
「でも冒険者もしたいんだよなぁ」
「それで構いません。用事があるときはお呼びしますので」
「わかった。じゃ、やる」
了承の意を示せば、キュルケーとセシリアが小さくハイタッチをした。ティオナも心なしか安堵しているように見えた。
「では私たちは寝る準備をするので、先に失礼致します」
「うん、おやすみー」
ティオナの言葉を皮切りに、三人は席から立ち上がった。そのままテントの外に出ていく。
「ユウトさん、おやすみなさい」
「おやすみーセシリア」
セシリアとすれ違う時に挨拶。どこか機嫌が良さそうだった。
最後にテントを出るキュルケー。彼女が出入り口の布に手を掛けた瞬間、立ち止まって振り返った。
「ねぇ、ユウト」
「ん?」
「ありがとう。あんた見てたら、少しスッキリしたわ」
そう言ってキュルケーは、霧が少し晴れたような笑みを浮かべた。どうやら疑念は消えたらしい。
「どういたしまして。おやすみー」
キュルケーは背を向けて手を振ると、今度こそ出ていった。俺も残ってる骨付き肉を堪能してから、寝る準備に入ろう。
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