第19話:野営地と夕飯

さて、困った。



(どうしよう…ここ空中なんだよなぁ)



絶賛落下中。空気を切り裂く音が、耳元でうるさく鳴っている。持っているのは陰翳と鞘のみ。パラシュートやムササビスーツといった類いは一切ない。



(どうかセシリアの魔法で耐えれますように)



どんどん近づいてくる地面を見れば、木々が緑の傘を広げていた。大鷹の被害の外まで飛ばされたようだ。


バキバキッという音ともに、枝が折れ、葉が散る。木を抜けて、腰から地面に激突。



「あがっ!」



腰から全身に電撃が奔る。痛いので腰を摩るが、怪我はしていないようだ。



(た、助かった…セシリア、ありがと)



途端に全身の力が抜けた。腕も脚もピクピクと震えている。しばらく動けなさそうだ。


大きく深呼吸をする。



「凄かったなぁ」



安心と満足感が、俺の意識を曖昧にさせる。心地良い揺られ具合に、俺は眠りに落ちていった。







ーーーー







「今度こそ…やったわ」



倒れそうになるキュルケーを、慌てて支えます。苦しそうに浅く呼吸をしているのを感じます。



「これで…あいつも報われたでしょ…」


「「…」」



私たちの間に、重たい雰囲気が流れます。そんな中、ティオナが「あっ!」と驚いたような、明るい声を上げた。



「セシリア様、キュルケー様!あれって!」



ティオナが指差した先を見れば、二つの影が落下しているのが見えました。



「ティオナ!キュルケーのことをお願いします!」


「せ、セシリア様!?」



キュルケーをティオナに預けて、全力で森を走ります。何度も木の根に足を取られますが、それでも走ります。



(ユウトさん!)



必死に走って、走って、走って…


顔を上げときには、仰向けに倒れているユウトさんがいました。



「ユウトさん!」



駆け寄って顔を覗けば、安らかな顔をして可愛らしい寝息を立てていました。体はあちこちが火傷していますが、手にはしっかりとインエイを握っています。



(無事で…よかったです…)



安堵のあまり少し涙が溢れます。それを指で拭い、深呼吸をします。


ユウトさんに手を当て、ネスティを調整。



「翠光よ・緋色混じりて・焔の傷を・癒したまえーー」


私の手から赤が少し混じった緑の光が現れます。それがユウトさんを覆う魔法陣になりました。


「ーー《セラティア》」


光がユウトさんの火傷の跡を消していきます。すっかり傷が癒えたユウトさんの頭を、思わず撫でてしまいます。



しばらくそうしていると、バキバキッと枝が折れる音が聞こえました。音のする方を見ると、どさっと何かが落ちてきました。



「ヴェラスケス様!」


「む…聖女殿…か?」



ユウトさんの隣に落ちたヴェラスケス様は、ユウトさん以上に傷だらけでした。皮膚はところどころただれていたり、傷口が変色したりしています。慌てて彼の傷を治します。



「ふう、助かったぞ。さすが聖女殿の魔法だ」


「まだ聖女ではないのですが…とにかく無事で良かったです」


「空腹のあまり餓死するかと思ったがな!」



そう言ってヴェラスケス様は豪快に笑いました。すっかり元気になったようです。



「ところで…」



ヴェラスケス様がユウトさんを指して、少し小声で言いました。



「そこの者は聖女殿の殿方か?」


「ち、違いますよ!?」


「む?そうなのか」



キュルケーといい、ティオナといい、ヴェラスケス様といい、どうしてこうなのでしょう。顔が熱くなったので、手をパタパタと仰いで落ち着かせます。


そんな時に、キュルケーを抱えたティオナが飛び込んできました。



「セシリア様!ご無事ですか!?」


「はい、ユウトさんもヴェラスケス様も大丈夫です」



ティオナは少し顔色が良くなったキュルケーをゆっくりと降ろし、膝をつき胸に手を当てました。



「先程のご無礼をお許しください。よくぞご無事で」


「相変わらず堅苦しいな!もう少し肩の力を抜けと言っただろう?」


「誠に申し訳ございませんが、そのような事は出来ません」


「そうか!」



ティオナの答えにまた豪快な笑い声を上げるヴェラスケス様でした。







ーーーー







ゆっさゆっさゆっさゆっさ。



「むぅ…」


「む!起きたか!」



耳元で野太く大きな声が響く。少し耳が痛い。



「だれぇ…?」


「俺はヴェラスケス・ガルド・ヴァウトフシャ。よろしく!先は助けてくれたみたいだな。感謝するぞ!」


「よろしくぅ」



少しずつ明瞭になっていく五感で、現状を確認する。視線はいつもより高く、足は宙ぶらりん。正面は温かい。足音は三人分。



「ユウトさん!目が覚めたのですね!」



セシリアが視界に入ってくる。嬉しそうな、安堵したような笑顔を浮かべていた。



「おはよー、セシリア」


「はい、おはようございます。痛いところはありませんか?」


「なーい。治療ありがと」


「いいえ、無事で良かったです」



セシリアは何故か小さく笑って、また前を向いて歩き始めた。



「あ、ヴェラスケス。もう歩けるから大丈夫だよ。ありがと」


「む?そうなのか?じゃあ降ろすぞ」



ヴェラスケスがしゃがみ、俺の脚から手を放した。地に足を付けて、屈伸と伸脚。凝った体を伸ばす。



「あ、そうだ。俺は久城悠人。悠人って呼んで」


「では俺はヴェラと呼んでもらおう!」



名乗っていなかったのを思い出したので、今更ながら補足。ヴェラは胸を張ってそう返してきた。



「オーケー、ヴェラ」


「む?おおけえとはなんだ?」


「了解ってこと」


「なるほど!おおけえだ!」



ヴェラはニッと白く光る歯を見せて笑った。笑ってサムズアップで返す。



「話は変わるけど、キュルケー大丈夫なん?」



さっきから視界の端に映る、ティオナがキュルケーをお姫様抱っこしている姿。気になって仕方がない。



「はい。眠っておられるだけですから」



セシリアが教えてくれた。命に別状はないようだ。



(生きてて良かった。後でお礼言っとこ)


「では、参りましょうか」



ティオナの一言に、俺たちは頷いた。ティオナに先導され、俺たちは再び歩き始めた。




夕日に照らされた野営地に戻ってすぐに、俺たちは騎士達の熱烈な歓声に迎えられた。



「ヴェラスケス様!お会いできて光栄です!」


「そんなに畏まらなくてもいいぞ!」



中にはヴェラのファンもいるのか、そんな声も聞こえてくる。ヴェラの対応はやっぱりラフだ。正直話しやすくて助かる。


改めて見ると、騎士達と比べても相当大柄な体格。身長も俺より頭二つ分は高い。


ボーッと見ていると、横からいきなり肩を組まれた。



「見てたぜユウト!お前、強いな!」


「ああ!あのアルアーンサイクロプスを相手に単独で囮とは!聞いた時は肝が冷えたぞ!」



あっという間に騎士に囲まれた。圧迫感すごい。



「ねえ、《雷鷹らいおう》をどうやって避けたの?あれどう見ても直撃だったよね?」



正面にいる一人の女騎士が、不思議そうな顔をして聞いてきた。



「らいおう?」


「あの大鷹の雷魔法だよ」


「なるほど!いい名前!あれはね、奴の口の中に落ちたからなんだよ」


「そりゃ相当な悪運の持ち主だな!」



誰かの茶化しに、笑いの渦が巻き起こる。そうやって武勇伝を聞かせていると、ティオナの号令が掛かった。


さっきまでの陽気な雰囲気が一転、前の式の時と同じ、真面目な雰囲気になる。



「総員!今日はここで駐屯し、明日レサヴァントへと出発します!十分な休息を取るように!」


「「「は!」」」



周りの騎士達が、どこかへと散っていく。何をするのか分からないから、その内の一人に声を掛けた。



「何するの?」


「夕飯の支度ですよ」


「わかった。ありがと」



その騎士に礼を言って、森の中へと進んだ。標的ターゲットはこの間の大猪。方向はもちろん勘に任せて決める。夜に狩猟は本当はあまり良くないけど、陰翳もいるし大丈夫。




しばらく進んでいると、月明かりに照らされて、見覚えのある黄色の実が現れた。



「ティエンの実…」



良薬口に苦しとは言うが、あまりにも苦すぎるティエンの実。二度も命を救って貰った恩人だが、やっぱりあの味は好きになれない。



(でも薬になるし…持って帰るか)



幾つかの大きめの実を千切る。持てるだけ持って移動をしようとした時、足に何やら柔らかいものが当たった。



(なんだ?)


よく見ると、それは何かの死体だった。その肉から小さな蔦が顔を出している。



「なーんだ。これじゃ食べれないじゃん」



その死体に軽く土を被せ、別の方へと歩いた。




「ふう、獲れた獲れた」



あれから適当に森をふらついていたら、めちゃくちゃ興奮した大猪に襲われた。今回は陰翳のおかげで瞬殺。頑張って引き摺って帰った次第だ。



(ん?なんか騒がしいなぁ)



野営地の雰囲気が随分と慌ただしい。大猪を置いて、野営地に入る。



「ねえ、なんかあったの?」


「実はユウトさんが…ってユウトさん!?」



焦った様子で近くを通る魔法使いに声を掛けたら、何故か驚かれた。



「なんでビックリしてるの?」


「急に消えるからですよ!とりあえず、セシリア様に報告するのでここでじっとしててくださいね」


「え、待って。あ…」



彼女を引き留めようとしたが、あっという間に走り去ってしまった。



「とりあえず、大猪だけ持ってこよう」



大猪のところまで戻り、野営地まで引き摺った。そこには怒りを全く隠さないキュルケーとティオナと、オロオロしているセシリアがいた。



「ユウトさん!どこに行ってたんですか!」


「狩り。夕飯取ってきた」



セシリアが慌てて駆け寄ってきた。そんなセシリアに、後ろの獲物を見せつける。



「こいつ美味かったんだよなぁ。この間セシリアに上げた燻製の奴だよー」


「その前にユウト様。少しよろしいですか?」


「話があるんだけど」



ティオナとキュルケーの圧がすごい。顔は笑ってるんだけど…その…



「あーその、ごめんなさい」


「何に対して、ですか?」


「何も言わずに出ていって…」



二人はため息を吐くと、仕方ないといった感じで目配せをした。



「次は気をつけてくださいね」


「はい」



今回はお咎めなしで済んだ。助かった…



「おお!随分と立派なメガログリオスだな!」



なかなか気まずい雰囲気を、ヴェラの低く響く声が破壊した。ズンズンと巨漢の影が近づいてくる。バックの焚き火がヴェラをより大きく見せている気がした。



「そして、そっちはティエンの実か!なるほど、ユウトは狩りが上手いな!」


「こんなに上手くいくのは珍しいけどね」


「む?ティエンの実をもってしてもか?」


「こいつはあったから獲っただけだよ?」



俺とヴェラは、お互いにハテナマークを浮かべていた。そのまま固まっている俺たちの間に、キュルケーが割って入る。



「こいつは何も知らないのよ。人に報告すら出来ないくらいにね」


「だって…報告する相手なんていないし…」


「あら可哀想に。ずーっと一人ぼっちだったのね」


「うぐっ」



ニヤニヤしているキュルケーの言葉が、胸を抉って八つ裂きにする。膝から崩れ落ちそうになるのを必死に耐えた。



「キュルケー、それくらいにしてあげてください。ユウトさんも反省していますから」


「そうね。セシリアに感謝しなさい、ユウト」


「うん、セシリアありがと」



庇ってくれたセシリアに礼を言うと、笑みで返された。



「大丈夫だユウト、俺はお前の友だからな」



ヴェラにバンバンと背中を叩かれた。うん、痛い。心も体も痛い。



「ヴェラスケス様、その言葉は止めを刺すだけかと」



ティオナが苦笑して、俺の心の内を代弁したのだった。




焚き火を中心に、大猪ことメガログリオスのステーキに齧り付く。うん、美味い。


あれからセシリアが、ティエンの実について解説してくれた。曰く、ティエンの実の甘ったるい匂いは、魔物を呼び寄せ、興奮させる作用があるらしい。


その作用でティエンの実を一心不乱に食らった魔物は、気絶するように死に至る。そしてそれを苗床に、新たにティエンの実の蔦と幹が生えてくるとのこと。そう、何故か蔦と幹の両方。


ちなみに薬のときにも体験したように、ティエンの実の即効性は凄まじい。この特性のおかげで、俺は最初のメガログリオスエンカウントを乗り越えれたわけだ。



(またティエンの実を使ってメガログリオス狩りやろう。ラフィも好きって言ってたし)



そんなことを考えていると、背中を軽くトントンと叩かれた。振り向けば、真剣な顔をしたキュルケーがいた。



「ねえ、今いいかしら?少し付き合って欲しいんだけど」


「いいよー」



残りのステーキを一気に頬張り、歩き始めたキュルケーの後を追いかけた。

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