第4話:セシリアの魔法講座

香ばしい香りが鼻を撫でる。パチパチと火が燃える音がする。



「うーん、いい匂いだな…でも山菜とか欲しいなぁ…セシリア起きたら探しに行くか」



焚き火の側で燻製を炙る。


ここ3日ずっと食べてるが、まだまだ在庫はある。食糧には困らないが、やはりバリエーションは欲しい。



(でも一昨日の果実はごめんだなぁ)



思い出すだけでせてしまいそうなほどの酷い味。命の恩人でもあるため、俺の心境は複雑だ。



「あ…あの…」


「おはよー、セシリア。体調はどう?」



気がつけば後ろに立っていたセシリアが、おずおずと声を掛けてきた。



「いきなり呼び捨てですか…」


「あ、ごめん。嫌だった?」


「い、いえ。大丈夫です」



セシリアは俺の隣に来ると、ストンと座った。じっとこっちを見ているような気がする。


セシリアの方に目を向けると、ふいっと目を逸らされた。



「お腹すいた?温まったし、はい。熱いから気をつけてな」



木の枝で作った串ごと、セシリアに渡す。俺もお腹が空いていたので勢いよく齧り付いた。




「ふぅ、ごちそうさま。よし、やるか!」



持っていた串を、火に投げ込む。


隣を見ると、セシリアはまだ食事中だった。ゆっくり食べてと伝えて、斧を手に取る。


蔦が緩んでいないか、刃こぼれをしていないかチェック。問題はなかった。



「あの、クジョーさん」



立ちあがろうとすると、セシリアに呼ばれた。



「悠人でいいよ。どうかした?」


「…では、ユウトさん。これからどうするつもりですか?」



セシリアが少し不安そうに、これからについて聞いてきた。



「うーん、今日は一旦食材探しをしようかなぁって思ってる」


「この森から出ようとは思わないのですか?」



セシリアのキョトンとした顔に、まるで俺がトンチンカンな答えを言ったみたいな空気になる。


一拍置いて、彼女が言わんとすることが、理解できた。



「そっか、帰らなきゃだもんね。帰り道はわかる?」


「この滝の上にある川をつたって行けばいいはずです」



あまりにも曖昧な返答。セシリアが不安そうなのも納得だ。



「んじゃ、送ってくよ」


「本当ですか!?ありがとうございます!」



さっきまでの不安そうな雰囲気から一転、明るい声が返ってきた。



(まあ、死なれたら寝覚め悪いし)



俺は、誰に対してでもなく言い訳をしたのだった。





ーーーー





「さて…準備はいい?セシリア」



斧と燻製入りの皮を背負う。もはや俺の基本装備である。


そして新装備、長い蔦。ロープの代わりだ。斧と皮を背中に固定できる優れもの。


ちなみにナイフはセシリアに渡した。解体用のとはいえ、ないよりはマシだろう。



「はい、大丈夫です」



杖を大事そうに背負ったセシリアが頷く。それを見届けて、滝がある崖に手をかけ、登り始めた。


右手で掴み、左手を伸ばす。次の突起を掴み、新たな足場を探す。





(結構高さあるなぁ)



すでに二十メートルは登っただろうか。数字にすると大したことないように聞こえるが、やってみるとかなりしんどい。


湿っているところもあるので、滑り落ちないように注意しなければならない。



左手で支え、右手を伸ばす。


左手のところまで足を上げ、引っ掛ける。


足を伸ばし、体を上げる。



徐々に慣れて来たが、難しいことに変わりない。油断なく、ただ無心で手足を動かし、登る、登る。


ふと、上に伸ばした右手の感触が変わった。


見上げると、ゴールがそこにあった。右手の握る力を強くし、足場を蹴って、体を上げる。



「ふぅ。着いた!」



地面に転がった俺は、さっそく体に巻き付けた蔦を外した。


近くにあった木の太い枝に、蔦を引っ掛ける。そして、木の幹に括り付けて、もう一方を崖下に垂らした。


てこの原理を利用して、少しでも負担を減らすためだ。



「セシリアー!掴まった!?掴まったなら軽く蔦を引っ張って!」



俺の声が届いたのか、蔦がクイクイと二度引っ張られた。そんなわけで、全体重と力を掛けて、セシリアを釣り上げる。



「せぇーりゃぁーー!!」


「きゃあああああああああ!!!」



ポーンと宙に釣り上げられたセシリアを、お姫様抱っこでキャッチ。2人とも怪我なく、崖を登り切ったのだった。





「ご、ごめん。もうちょいゆっくり引き上げればよかったね」



セシリアが未だ震えが止まっておらず、俺達は崖から少し離れたところで休憩していた。



「い、いえ、大丈夫です。なるべく速くお願いしますと言ったのは私ですので…」



そうは言っているが、膝はガクガクしていた。強がっている声も若干震えている。



(セシリアは絶叫系ってやつ苦手なんだろうなぁ…俺も乗ったことないけど)



どうでもいいことを考えていると、ガサガサと葉が踏まれる音に気がついた。


音の間隔的に、二足歩行で大型だろうか。まだ遠い。


セシリアに静かにするよう、ボディーランゲージで伝える。意図が伝わったのか、セシリアは杖を持ち、周囲を警戒し始めた。



警戒は杞憂に終わり、音は徐々に遠ざかっていった。



「ふぅ、どっかいったか」


「何かあったのですか?」



警戒を解いたセシリアが、スクッと立ち上がりながら聞いてくる。



「なんか足音が聞こえただけ。もう動ける?」


「はい、問題ないです。お待たせしました」


「よし。じゃあ行こっか」



俺達はようやく、川の上流目指して歩き始めた。


ザクザクと、二人分の足音が鳴る。



「涼しいなぁ」



立派な木々が日傘となり、日射を遮る。左側を流れる綺麗な川が、涼を取る。



(完璧な癒し空間だなぁ。


散歩もよし、昼寝もよし。


いつか簡単に行き来できるよう道を作るかぁ)



脳内では、住処予定地の洞窟から直通で登れる階段がイメージされていた。



崖に木製の杭が刺さっていて、それを一段一段登っていく。


その先には木の間に掛かる蔦と大きな葉で出来たハンモック。ゆらゆらと揺れながら綺麗な水を、木彫りのコップで飲む。



(うーん、うまくいくかなぁ。やってみれば分かるか!)



拠点の構想を練るのは楽しい。住居というのは人生に置いて結構重要な存在なのかもしれない。



ふと、視線を感じた。


横を向くと、セシリアがふいっと前を向く。



「どうしたん?気になる事があるなら言って」


「い、いえ…なんでもありません」


「そうか?ならいいんだけど」



特に話すこともなく、黙々と足を動かす。



(とはいえ…魔法かぁ。いいなぁ、かっこいいなぁ)



一昨日の光景が、今も脳裏に鮮明に焼きついている。



淡く輝く円、五芒星、かっこいい形の紋様。


光が集いそれらを成していく様子。


セシリアが紡ぐ、美しい言の葉。



男だけでなく、誰しもが憧れるだろうロマン、魔法。



「なぁ、セシリア」


「どうしましたか?」


「俺も魔法、使えるかなぁ?」



そんな人類共通の夢とも言える魔法を使えるようになりたいと思うのは自明の理だろう。


そして目の前には、ファンタジー世界でしか聞いたことのない、魔法使いの存在。


そう聞いてしまうのもまた、自明の理だ。



「えっと、使えないはずがないのですが…」



問われたセシリアは、昨日と同じように困惑の表情。世界の常識がそうなのだと言わんばかりの雰囲気だ。



(うーん、もしかしたらセシリアって、ものすっごい閉鎖的な土地生まれ?)



セシリアは自身の村以外の世界を知らないのかもしれない。そう結論づけ、俺はセシリアに言った。



「セシリア、俺に魔法教えてくれん?」


「いいですよ」


「マジ!?やったー!ありがとう!」



あっさり下りた了承の意に、嬉しくなって両拳を天に突き上げた。




「ではまず、魔法の基礎から話していきます」



神秘を授けて下さる女神様が、少し得意げな表情で語り始める。



「そもそも魔法とはなんでしょう?」



俺の一歩前に出て、くるっと反転。


可愛らしく人差し指を顔に添えて、問うてきた。



「はい先生!魔法とは、人の意志で理を捻じ曲げる神秘の現象です!」


「なかなかいい答えですね。ですが少々違います」



セシリアはそう言って立ち止まり、少しのためを作る。



「魔法とは、人の意志で理を造ることなのです」


「理を造る…」



セシリアの言葉を反芻し、自身の中へと飲み込んでいく。


まだ現実離れした感覚は抜けきらないが、実演されている以上、全く理解できないわけでもなかった。



「そうです。そして、そのために必ず必要になることがあります。それが…」



セシリアのシリアスな雰囲気に、喉がゴクリと鳴る。高鳴る期待と共に、セシリアの言葉を待った。



「二つの精神の自覚です」



わけがわからなかった。


俺の中では、多重人格者でもない限り、精神は1人1つだったからだ。



「二つ!?何と何があるん!?」



俺の反応がおかしかったのか、セシリアはくすくすと笑っている。



「順々に説明していきますね」



セシリアは落ちていた枝を拾い、地面にしゃがみ込んだ。


何やら人型と、その上に目を描いている。


そして完成した人型の方を、枝でつつく。それをよく見るため、セシリアに隣りに座った。



「一つ目は、自分自身です。主に喜びや悲しみ、怒りといった感情の類いを生み出します。これを《ネスティ》と言います」



セシリアの説明を聞きながら、うんうんと相槌を打つ。


これは分かりやすい。だからこそ、もう一つが何なのか、全然想像がつかなかった。



(人間には七つの魂があるとかどうとかいうけど、それ全部これに当たるのか?)



曖昧な記憶をほじくり返しながら、セシリアの言葉を咀嚼する。次にセシリアは、目の方を枝でつついた。



「二つ目は、です」


「うん?」



セシリアの言葉に、俺の動きがピタリと止まった。



「待って待って、どういうこと?分身しないと魔法を使えないとか?」


「いえ、違います。この自分を観る自分とは、常に冷静に、客観的に自分を捉え続けている自分です」


「え?」



理解不能の意が、表情にそのまま出る。俺の反応を見て、再びセシリアがクスクスと笑った。



「これを《ヴォワール》と言います。そして、それを自覚することがーー」


光が現れ、淡い赤の円と紋様で描かれた魔方陣が顕現する。


「ーー魔法使いへの第一歩です」



セシリアの言葉と共に、小さな火花が弾けて消えた。

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