第3話 きっと世界は美しい


「ごめんくださいなー!」


「……やっぱり店員いねえな」


「世界滅亡の前日、変わらず夜勤シフトをこなすクレイジーさん期待したんだけどなー」


「ちゃんといなくて、俺はある意味安心したよ」


 コンビニまで来る途中、何人かとすれ違った。猛スピードで車を飛ばす人もいた。どこに行くのかはわからないが、皆残りの時間を必死に行動しているのだろう。目はあえど、絡まれることはなかった。


 コンビニにつくと、特に荒れてもおらずいつも通りの商品の陳列。普段との違いは、入店しても店員がいないこと。そして、他の客もいない。


 明日世界滅亡だ!よし、コンビニに行こう!とは中々ならないのかもしれない。


「醤油とー、牛乳とー。アイス! ミッション、完了! 全部でいくらかなー」


「いや、店員いねえし。もう、持ってちゃってもよくね?」


「んなっ!? コウくんのバカっ! アホ! ド変態デベソのファッキンクソ野郎!」


「そこまで言われるとは思わなかったわ」


 小春は律儀に商品をレジまで持っていく。置いてあったトレーに千円札を置いた。


「ふっ、釣りはいらねえぜ。とっときな」


「なんもカッコよくねえから。小春は普段ヘラヘラしてるくせに、変なとこ律儀だよな」


「だって、今まで真っ当に生きてきたのに最後の最後に犯罪者になってどーするのさ」


「急に正論言い出すなよ」


「……まあ、それよりも。保険かなあ」


「保険?」


 小春は少し背伸びするように身体を乗り出し、レジ側にひっかかっていたビニール袋を一枚とる。


「コウくんの言うように、もしかしたら明日以降も世界が続くかもしれないじゃん。そうなった時のために、悪いことはしない方がいいと思うんだ」


「……小春はまだ明日より先のこともちゃんと考えてるんだな」


「未来なんてどう転ぶかわからない! よし、コウくん帰るよ!」


 袋に商品を入れ終わった小春は、満面の笑みを浮かべながらまた俺の腕にひっついてくる。


 小春のこの笑顔に俺は何度救われてきたのだろうか。急に愛おしさが雪崩のように押し寄せ、身体中が飲み込まれる。


「……なあ、小春」


「なんでしょー」


「キスしていいか?」


「……ファーストキスをコンビニでするつもりだなんて、斬新ですね」


「日本中どこ探してもいないかもな」


「私じゃなかったら、ほっぺたひっぱたかれてるよ」


「俺が好きになったのが、小春でよかったよ」


「全くですね。感謝しなさいな」


 そう言いながら小春は俺に顔を向けて目をつぶる。

自分でも最低なシチュエーションだなんてことはわかっている。でも、衝動をおさえこんでいる時間がもったいない。


 俺は愛おしさを伝えるように、何度も何度も唇を重ねた。


 途中、小春の目から一筋の水滴が流れる。

 目を開いて「大好きだよ」と呟いた小春の泣き顔を見て、心の底から思った。



 明日なんて来なければいいのに。



ーーーー

世界滅亡まで、あと21時間

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る