17 神殺槍

   17 神殺槍


 既に半数を始末できたが、これから接敵する相手は全員武器庫からライフルや防弾衣を持ち出してきていると考えた方がいい。

 運悪く流れ弾で負傷する確率を減らすためにも、こちらも防弾衣くらいは着けておきたい。やはり迂回して武器庫を目指すべきだろう。

 近づいてくる奴らの数秒後の位置を予測して、手榴弾を投げる。〈強肩〉が勘で投げたのとは違って、私には遮蔽物の向こうの見えない敵の位置も手に取るようにわかる。

 爆発で何人殺せたかもはっきりわかる。人間は死体になると、身体のルミナスが急に拡散し、濃度が薄くなる。生物が無生物になるとはそういうものらしい。二度の爆発で三人仕留めたようだった。防弾衣を着けている可能性も考えれば上出来だ――あと二十人。

 隠れながら遠回りして、数分かけて辿り着いた武器庫の周辺には誰もいなかった。だが中から三人分のルミナスが感知できた。

 銃口を出入り口に向けて待ち伏せしているかと思ったら、中の奴らは銃を構えてさえいなかった。現れた私の前で慌てて手を上げる。怖じ気づいて戦いに出られなかったらしい。

 この三人は全員二十歳以下で、故郷は違うが三人共同時期に誘拐されてきた。今いる男たちの中では最も若い。

「撃たないから銃を置いて後ろを向いて。ここには防弾衣と弾倉を取りに来ただけだ」

 三人は素直に従った。反抗する意志がないこととまだ近くに敵がいないことを確認してさっさと防弾衣を着込む。予備弾倉を装備して、アサルトライフルを自分専用のものと交換する。武器庫の見張りが私の反乱を受けてこの銃に細工した可能性は限りなく低いが、一応銃口に異物が詰まっていないことだけ確認する。手榴弾とプラスチック爆薬に起爆装置、止血ゲルパッドをリュックに詰め込む。腰に着けたホルスターに適当に取った拳銃を差し込み、リュックを背負う。既に武器庫の方に近づいてくるルミナスを感知していた。ゆっくりしている暇はない。

 もう一丁弾倉の抜かれたライフルを手に取ると、銃身を掴んで後ろを向かせた男の後頭部に振り下ろした。呆気に取られた残り二人が反応する間を与えず、次の男も撲殺する。三人目は悲鳴を上げながら振り向いたせいで、横面に銃床がめり込んで即死しなかった。倒れたそいつの頭に一思いにもう一撃する。

 この三人のうち一番若いのは十七歳で、ここへ来てまだ七か月だった。三人が互いに励まし合って辛い訓練を乗り越えてきたのも見ている。だがこいつらが訓練を終えた褒美として、私の部下たちを喜んで犯したことも知っている。そのときには既にそういう男たちとして出来上がっていた。襲撃した村で無抵抗の人々を撃つとき、もはや躊躇を感じなくなっているのも見てきた。――あと十七人。

 後のことを考えると武器庫は爆破したくない。さっさとそこを飛び出す。相手の位置がわかるなら壁越しに重機関銃――二丁あるうちの一丁は持ち出されていなかった――を使うのも手だったが、レッド隊の部下たちがどう動くか予想できない。ルミナスの多寡である程度までは個人の判別が付くが、もし部下たちが外に出てきて思い思いに動き出したら、敵と間違えて誤射しないとも限らない。それにこんな重いものを持ち歩けば機動力を損なう。やはり重機関銃は置いていくべきだ。

 誰にも見つからないように武器庫を出るのは無理だったが、屋内でじっとしていたら逃げ場をなくす。私には武器庫の壁を素手で破る手段があったが、重機関銃の斉射はそれより早く私を殺すだろう。

 武器庫を出ると、早々に私を発見した奴らが、小屋の陰から身を乗り出して狙ってくる。全員右手の方向だったが、三箇所から計六人。さすがに多勢に無勢だから撃ち合いはしない。射線が合わないように気をつけて逆方向に逃走する。射撃は左右に狙いを変えるより上下に変える方が難しい。私は跳躍して近くの小屋の屋根に飛び乗る。

「レッドが屋根の上に逃げたぞ!」

 怒号が響く頃にはもう地上に降りている。今私の姿を視認できる位置に敵はいない。そろそろレッド隊の動向を一度確認しておきたい。

 レッド隊が寝泊まりしている小屋からは、本来なら二十三人から私と今日の撤退戦で出た死者六人を抜いた十六人のルミナスが感知できるはずだ。私がボスを殺した直後には間違いなく十六人のルミナスを確認できていたが、それ以降は索敵に気を取られ、確認する余裕がなかった。だが今、ほんの数秒だけレッド隊の小屋の方へ意識を集中すると、ルミナスが一人分増えていた。

 陽動のために逆方向へ思い切り手榴弾を投げ――勢い余って森の奥へ入ってしまったが――急いでレッド隊の小屋を目指す。

 辿り着いたとき、ちょうど〈荒縄〉の頭に銃を突きつけた男と出くわした。

「うおっ!? 止まれ! 銃を捨てろ! こいつの脳味噌ぶち撒けるぞ! よくも裏切りやがって……」

「わかったわかった! 武器を捨てるから撃つな!」

 肩にかけたベルトを外し、地面にライフルをそっと置いて両手を上げて立ち上がった。銃口が〈荒縄〉から私に向き直るが、私が腰のホルスターから拳銃を抜いて構えて撃つ方が速かった。マイトで強化された筋力が生む速度と、ナーヴで強化された神経伝達速度を兼ね備える私にとっては、敵が人質から私に銃を構え直すというそれだけの動作があまりに遅い。――あと十六人。

「全員中にいるな?」

「う、うん。レッド、何があったの?」

「ボスを殺した。他の男たちも殺す。今は詳しく話してる暇はない」

 私が命じずとも、〈荒縄〉は地面のライフルを拾っていた。私は安心して指示を出す。

「中で待機してろ。誰も外に出すな」

 私が〈断頭〉隊の人間を皆殺しにするつもりだと知ったら、止めようとする奴が一人いるはずだ。〈荒縄〉や他の部下には彼女を留め置いてもらわねば。

「わ、わかった。レッド、一つだけ訊かせて」

「何だ」

「勝てるの?」

「当然」



 私は一刻も早くその場を離れたかった。簡単に組み立て・分解ができる小屋の壁は薄く、重機関銃なら易々と数棟は貫通するはずだ。レッド隊の小屋の近くで戦えば流れ弾が中の部下たちを襲いかねない。

 だが敵はもう闇雲にこちらを追ってくる気はないようだった。それぞれ小屋や車両等の遮蔽物に隠れ、慎重に包囲を狭めようとしているのがわかった。

 私はいくらか距離のある車両の陰――誰にも見つからずに移動できるのはそこまでだった――まで行くと、一息ついて打開策を考えた。互いに遮蔽物に隠れた膠着状態。敵は手榴弾を投げられても対応できる位置にそれぞれ陣取っているはずだ。よほど学習能力のない奴らでなければ、私がなぜか敵の位置を把握して攻撃していることには気づいているはずだ。

 そのことを念頭に置いているのか、敵のうち六人は小屋ではなく車両の陰に隠れている。ドアと違って銃弾が貫通しにくいホイールの辺りや、最も頑丈なエンジンのある車両前部の陰で窮屈に息を潜めている。

 一人は更に奥の方に移動している。何を取りに行ったかは明白だが、元より止める気はない。だが警戒しているのか足取りはかなり慎重だ。こいつが戻る前にほとんどの敵は一掃しておきたい。

 私から見て一番遠い、誰にも見られず入口に辿り着ける位置にある小屋。その背後に三人。まずはこいつらを始末する。

 無音で入口まで走ると、そっとドアを開けて真っ暗な屋内に侵入する。銃を構え、壁一枚隔てた三人のルミナスに向けて順に撃つ。壁越しにルミナスの塊を撃っても致命傷になる部位に当てられたかわからないので、迅速にもう二発ずつ念入りに撃つ。――あと十三人。

 屋内から撃ったので発火炎マズルフラッシュを見られることもない。他の敵は私が壁越しに撃ったことにはすぐ気づかないだろう。横の壁の隅、目立たない位置を軽く小突く。二度、三度。脆くなった壁に拳大の穴を開け、銃眼代わりにする。夜の暗さでは、距離のある敵には壁から突き出す銃身はおそらく見えない。ここから狙える位置に三人。うち二人は同じ方向だ。立て続けにこいつらを射殺する。――あと十一人。

 今度は銃声とマズルフラッシュで位置が知られたはずだ。即座にその場を離脱する。重機関銃の斉射によって小屋の壁が穴だらけになる。私は一番近い小屋の屋根に飛び乗る。地面に置かなければ使えない重機関銃は特に上下に狙いを変えづらい。屋根から重機関銃の射手とその横の一人を素早く撃つ。――あと九人。

 屋根から飛び降りると、一目散に重機関銃の方へ向けて走る。一斉に銃弾が襲いかかる。私は逃げるように途中にある小屋に飛び込む。だが私の本当の狙いはこちらだ。そろそろ弾倉交換のタイミングの奴が必ず出てくるから、小屋の壁を貫通してくる弾幕は一時的に弱まる。その間にプラスチック爆薬二キログラムを仕掛ける。伏せて銃弾に当たる確率を減らし、敵から死角になる方向の壁の下に穴を開ける。匍匐前進で通り抜ければ、奴らにはまだ私が小屋の中にいるように見える。

 敵の死角を移動し小屋から距離を取り、基地の端まで行って木陰に隠れる。誰かが回収した重機関銃を小屋に向けて乱射する銃声が響く。

 蜂の巣にした小屋に敵が近づく。中でズタズタになっている私の死体を確かめに。入口を覗いて無人の室内に驚愕した瞬間、起爆装置のスイッチを押す。

 爆風が小屋を木っ端微塵にし、橙色の閃光が一瞬だけ辺りを照らす。立ちこめた黒煙がすぐに霧散する頃には、吹き飛んだ四人の命の灯火も消えている。――あと五人。

 車両の陰に陣取っているのが四人。もはや小細工は必要なかった。弾倉を交換したライフルを右手に、爆死した敵のライフルを拾って左手に、両手でライフルを持ち、弾幕を張りながら駆け抜ける。当然射撃の精度など望むべくもないが、敵が物陰から顔を出すのを躊躇してくれればそれで十分だ。

 左のライフルを撃ち尽くすのと、敵まで辿り着くのが同時だった。車両の側面の陰に敵。幌に覆われた荷台の後ろに私。呼吸の音さえ聞こえそうな至近距離。

 銃身だけを車両の物陰に突っ込んで撃つ。だが素早く銃身を掴まれ、銃口を逸らされる。――〈断頭〉。顔は優男のようだが、この男はボスに次ぐ腕力の持ち主だった。全力で銃身を車両の方に押しつけてくる。と同時に背後から躍り出た一人が拳銃を私に向ける。この至近距離で取り回しのしやすい得物に瞬時に持ち替えるのは、さすがに最後まで生き残ったベテラン兵士だ。だが私がライフルから手を離し拳銃を抜く方が速い。胴体、頭と連射するが、その背後から更にもう一人が躍り出た。殺気を知覚すると同時に上体を横に傾ける。顔の横を銃弾が通過し、近距離の弾薬の爆発と銃弾が空気を切り裂くソニックブームが鼓膜を襲う。そのまま二発撃ち返す。

 不安定な体勢になったところへ、今度は〈断頭〉が飛び出してきて私に拳銃を向けてきた。私は咄嗟に上半身を傾けた方向にそのまま跳び、倒れ込むようにして銃弾から逃れると、地面に背中を着けたまま奴を撃った。肩口に当たった弾に思わず拳銃を放り出した奴は背を向けて逃走――と同時にエンジン音が響く。目の前の車にいつの間にか乗り込んでいたもう一人がバック走行で私を轢き殺そうとするのを転がって回避する。

 ライフルを拾うと、私と撃ち合うのを諦めて撤退した〈断頭〉より、車の方を先に始末することにした。このまま逃げられでもしたら困る。転回する車両の運転席に向けて撃ち込む。すぐに弾切れになった自分のライフルを捨てて、拾った〈断頭〉たちのライフルに持ち替える。撃ち続けるとようやく運転手が絶命し、ゆっくりと車が静止した。――あと二人。

 逃げる獲物の向かう方向には、ボスが使っていた小屋。その前には二人の死体とライフルがあるが、それを拾わせる気はない。銃弾をばらまき、〈断頭〉の走る道筋をコントロールする。ボスの小屋に入るよう仕向ける。

 全速力で後を追い、奴が入っていったボスの小屋に足を踏み入れる。凄惨な死体の前で呆然と立ち尽くしていた奴が振り向くと同時に頬を殴り飛ばす。

「ライフルがあると思ったなら、狙いは悪くなかったな」

 尻餅をついた〈断頭〉を見下ろしながら、ボスの死体を足で引っくり返すと、その下から私が持ち出さなかったライフルが現れる。

「ふ、復讐なのか? どうしてみんなを?」

 震える声で尋ねる〈断頭〉に、私はため息混じりに答える。

「まああの日あの場所にいた連中だけでもよかったんだけど、あれから新しく入った奴らも私の部下を随分かわいがってくれたしね。それにさ、一部だけ殺してはい、さようならってわけにもいかないでしょ」

 そう、やるときは皆殺しにする以外なかった。それに都合がよかったのがたまたま今夜だった。

「それより覚えてる? 私の父を撃ったのが誰か?」

 私は〈断頭〉の胸を足蹴にして床に押さえつける。――二年前、私が連れて行かれるのを必死で止めようとこいつに掴みかかった父は、躊躇なく胸に銃弾を打ち込まれた。

 あのとき殺されなかったとしても、あの野蛮人の集団は遅かれ早かれ父を始末しただろう。直接手を下した男を特別に憎むことには、それほど意味がないのかもしれない。

 だが詰まるところ、復讐というものは気晴らしだ。こいつを苦しめて殺すことで溜飲が下がるなら、そうするべきだ。

 とはいえそんなに時間があるわけでもない。私は腰を下ろすと、奴の肘の辺りを指で三回小突きながら囁く。恐怖からか諦めからか、もはや何の抵抗もなかった。

「ねえ〈断頭〉、あんた今まで何人の腕を切り落とした?」

 手首を掴み、背筋も使って力いっぱい引っ張る。胸元を踏みつけた足の下で「断頭」が激しく暴れ、悲鳴を上げる。もっと簡単にいくかと思ったが、ルミナスを消耗し、RMⅰNASの効力が落ちているようだ。この男に銃身を押さえつけられたことも考慮すると、マイトの力は確実に落ちている。だが更に意識して力を込めると、〈断頭〉の肘の関節が抜け、筋肉が引きちぎれた。

 肘から先をもぎ取られ、大量に出血しながらのたうち回る〈断頭〉のもう片方の腕を掴むと、同じ要領で引っこ抜く。もはや悲鳴も掠れ、視線も虚ろになったこの男を放置して、小屋を後にする。肩からの出血もあったから、いずれ失血死するだろう。――あと一人。

 機械の駆動音が聞こえたのはそのときだ。

 随分遅かったものだ。大方私が爆弾か何か仕掛けていないか慎重に確認してから乗り込んだのだろう。

 踵のローラーで走行し、こちらの方へ近づいてくる鋼鉄の鎧。

 パワードスーツ、トルーパー。

 かつて何もできずに逃げ出すしかなかった怪物。



 たった一週間しかなかったトルーパーの試運転期間、古参隊員が次々試乗する中、一人だけ突出して動かすのが上手い奴がいた。〈踊り手〉と呼ばれる、身軽でひょうきんな猿を思わせる男だった。

 次々死体に変えていった男たちの中にこいつの顔はなかったから、トルーパーに搭乗してくることはわかっていた。プラスチック爆薬を使えば乗り込まれる前に機体を破壊することもできたが、私はパワードスーツと戦うことを選んだ。生身の人間相手では真価を発揮できない力を存分に振るうために。

 この敵には何の効果もない防弾衣もライフルも拳銃を入れたホルスターも放り捨て、身軽になって機動力を上げる。

 敵は遮蔽物が近くにない広い場所に陣取った。遠距離から装甲を破壊する手段がこちらにないのをわかっている。あそこにいられるとさすがに機関銃をかわして近づくのは困難だ。

 基地の端の森まで走る。〈踊り手〉は暗視装置で私を見つけ出すと、ローラーで追いかけてきた。もちろんわざと見つけさせた。森には十二.七ミリ弾の掃射にも短時間なら耐える天然の遮蔽物がある。

 突き刺さる殺気の直後、掠っただけで致命傷を免れない弾丸の奔流。私が隠れた太い樹の幹が削られて遮蔽物にならなくなるまで数秒か。どれだけ素早く飛び出しても、一分間に数千発の弾丸を吐き出す重機関銃の射線と一瞬でも重なってしまったら細切れにされる。

 私は幹を小動物のように軽やかに垂直に登ると、そこから枝を伝って隣の樹に飛び移った。枝を掴んでぶら下がり、猿のように次の枝へ飛び移る。ここでも大事なのは、射線は横にずらすより上下に動かす方が的に当てにくいという事実だ。パワードスーツが機関銃を取り付けた腕を斜めに上げると無数の枝が粉砕されて落ちるが、そのときにはもう私はそこにいない。

 暗視装置があろうと樹の裏に隠れてしまえば直接は見えない。そこで飛び降りてしまえば、上ばかり探していた〈踊り手〉にはもう私を見つけられない。

 折った枝を斜め上に放り投げる。枝が引っかかって葉を揺らすと、そこに向かって機銃が掃射される。私は姿勢を低くして森の中を更に移動し、敵の真横の位置まで来ると、そこから全速力で駆けた。

 私の接近に気づいた〈踊り手〉が腕をこちらに向けたときには、既に懐に飛び込んでいた。

「さあ踊ろうか。ここにはもう私たちだけだ」

 ほとんど密着する距離。トルーパーの右腕を捕まえて、そこから伸びる銃口をこちらに向けさせない。パワードスーツの怪力はマイトで強化した私の筋力でも押さえつけておくのが難しいが、上手くいなすことならできる。私を捕まえようと、薙ぎ払おうと振り回される腕を、頭を下げてよける。

 距離を取ろうとした〈踊り手〉は、踵のローラーを逆回転させてバック走行するが、私には難なくついて行ける速度だ。ほんの一メートルでも離れれば撃たれるだろうが、撃たせはしない。滑るように移動するトルーパーと、ゼロ距離でその腕をとってステップを踏む私。離れた瞬間命が消える死の舞踏。

 走りながら真正面の腹部装甲めがけてヌキテを突き出す。強く打ち込む必要はない。中の〈踊り手〉を呼ぶノックのように。ルミナスを弾き出して脆くする。

 振り切れないことに業を煮やしたか、急停止した〈踊り手〉に合わせて足を止める。奴は両側から私を挟み潰そうと、両腕を広げた。

 だが私は重心を落とし、渾身の一撃を放つ準備が既に出来ていた。

 肘から先を一本の槍とするように。リーンフォースで鋼鉄のように強靭に。指先は銃弾の硬度を得る。マイトで野生の猛獣を凌駕する力と速度をもって、引き絞った弓から矢を放つように繰り出す。

 脆弱化した金属を貫く不思議な感触を一瞬味わった後、私の指先は人間の体内に潜り込んでいた。手首まで濡らす血液が熱い。切っ先と化した指先から力を抜いて動かすと、ウナギのようにぬめり逃れようとする内臓に触れた。

 ロンギヌス。

 ――この能力を、技を、そう名付けた。神の子の亡骸に槍を突き立て、その死を確認した兵士の名前。

 神聖なるものを侵し、貫いた聖槍。

 私は槍の穂先そのものとなった指先から力を抜いて、不快な感触の腸を掴んだ。ぶち抜いた金属の硬度が戻る前に素早く腕を引き抜くと、さもパワードスーツが巨大な生命体で、それ自体の内臓であるかのように腹の穴から大腸が引きずり出された。スーツの腕が小刻みに動き出したが、これは〈踊り手〉が大量出血のショックで痙攣しているからだろう。

 もはや大きな棺桶に過ぎないトルーパーは脅威ではなくなった。中の死にかけが機銃を暴発させないよう、右の肘関節部にロンギヌスを打ち込むと、自重にさえ軋みだすほど強度が低下した関節をヌキテで中の生身の腕ごと破壊した。あとは数分ともたずに事切れるだろう。――あと〇人。

 ――終わった。私はその場に仰向けになって天を仰いだ。



 達成感や開放感よりも、まずは虚脱感がどっと押し寄せた。

 しばらく一切の思考を放棄して、脱力して夜の空気を吸い込んでいた。すぐそばには内臓がはみ出て今にも命の尽きそうな人間がいて、血の臭いは濃い。だがこの疲労した身体には血なまぐさい空気さえ甘美に感じられた。

 静寂を崩したのは十人近い人数が走る足音だった。先ほどまで私が戦っていた辺りに向かってくる――

 弾かれたように立ち上がる。静寂が訪れて戦闘が終わったことがわかれば、レッド隊の一人がどう動くか。予想して先回りしておくべきだった。まして「断頭」の悲鳴は彼女に聞こえたかもしれないのに。

 だが駆けつけた私が見たのは、既にその惨状を目撃し、立ちすくむ彼女の姿だった。

 ボスの小屋の前、彼女を追いかけてきたらしいレッド隊の部下たちをかき分け、開いたドアの前で絶句している彼女に声をかける。

「〈水鏡〉……」

 振り返った彼女の目は驚愕に見開かれていた。続く言葉が出ない私をよそに、〈水鏡〉は彼女の「夫」へ目を戻した。愛を囁き合った〈断頭〉の、両腕を失い息絶えた姿。

 死体の前に跪いた彼女は、苦痛の中で最期を迎えた凄絶な死に顔を、両手でそっと包み抱き寄せた。

 彼女を傷つけることになるとわかっていた。それでもやらなければいけなかった。後悔などない。だが彼女の背中はあまりに悲痛だった。その悲嘆のあまりの大きさに、私は口をつぐむことしかできなかった。

 彼女は跪いたまま、小屋の奥へ手を伸ばした。彼女自身の身体の陰になって、何を手に取ろうとしたのか見えなかったが、すぐにそこに何があったかを思い出した。

 振り向いた〈水鏡〉の目に込められていた感情は、紛れもない怒りと憎悪。手にしているのは、このボスの部屋にあったアサルトライフル――

 私が動いたのは、彼女が弾丸を装填するより先だった。私の背後にはレッド隊の部下たちが立っている。撃たせてしまったら、私はよけられても誰かに当たる。

 銃口がこちらに狙いを定め、弾丸が装填される。

 小屋のドアから、あと三歩――。私は間に合わないことを悟る。ナーヴで体感時間が引き延ばされているからこそわかる。ルミナスの消耗が激しい状態のマイトでは、わずかに速さが足りなかった。しゃがんで構える彼女に私の手が届くより、引き金が引かれるのが先だ。そして〈水鏡〉は突進してくる相手に狙いを外すほど不出来な兵士ではない。

 あと一歩――。殺気が痛いほどに肌を突き刺す。もうよけるのも間に合わない。

 多くの死を運んだ私の指先が、今度ばかりは相手を捉えるのが遅かった。

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