家族解散(終)

 今日は香草になる草を集めている。この山にはヒューリエ対策になる草は少ないけれど、他の魔獣に効くような珍しい草が生えているそうだ。説明された草を出来るだけたくさん摘んでくる。


「フレイナ、草を探すのが上手いな!」


 ガリードさんが喜んでくれる。食べ物が買えない私は、林や森で食べられそうな草や木の実を摘んで暮らしている。香草を探してくるくらい、お手のものだ。褒められると嬉しいので、ますます頑張る。


 大きな布にまとめて包んだ香草は、私が両手で持ち上げて何とか運べるくらいにまで大きくなった。宿屋で干すと怒られるので、私の家で干すことにした。この家は中身は何も無いけれど、元は馬小屋か何かだったらしく広さだけは十分ある。


「何日くらい干すんですか?」

「この季節なら、2~3日で十分だ」


 香草を広げ終わるとガリードさんが真面目な顔をして言った。


「香草が完成したら、俺はこの村を離れる」


(ついに、お仕事終わりか⋯⋯)


 ガリードさんのお仕事を手伝わせてもらっている間、とても楽しかった。魔獣の調査は楽しかったし、ご飯も食べさせてもらえるし、何よりガリードさんはとってもステキで一緒にいると幸せな気持ちになれた。


 お礼とか、何か言わなきゃいけないのに、声が出なかった。


「次は、ポグーという魔獣がいる村に行く。ポグーの糞には魔力が含まれていて他の魔獣をおびき寄せる餌になる」

「ポグー?」

「だが、土の中の巣を探して土を掘らなければならない」

「はい」

「また、村で新しく誰かを雇うのは面倒だ」

「はい」

「だから、一緒に来るか?」


(行きたい、行きたい!)


 でも父はどうする。10万リラも、もらえなくなる。


「父親のことは今は忘れろ。フレイナは行きたいのか、行きたくないのか?」


 ガリードさんの薄紫の瞳が、しっかり私の目を見つめる。


「行きたいです。私もポグーを見てみたい。他の村に行ってみたい」

「分かった」


 ガリードさんはなぜか父の方に歩いて行き、父が寝床にしている木箱を勢い良く蹴飛ばした。


「ふごっ!」


 父が飛び起きた。ボサボサの頭に、つやのないやつれた顔。クマの浮いた落ちくぼんだ目。久しぶりに起き上がった父を見た。


「聞いていただろう、あんたの娘は、俺と行く」


 父は眉根を寄せて毛布をぎゅっと握りしめた。ガリードさんは父の寝床に手を突っ込んで、寝床と壁の間から長い物を取り出した。


「木剣⋯⋯」


 (なぜ父の寝床に?)


 ガリードさんが私に木剣を差し出した。手に取ると、しっかり使い込んであることが分かる。


「お前の父親は、昼間、お前が仕事をしている間に多少の鍛錬はしていたようだ」

「何で分かったんですか?」


 先日来た時に、寝床と壁の間の不自然な隙間が気になったそうだ。それに父は、酒を飲んで寝ているだけにしては筋肉が付いていると思ったらしい。


「そんな元気があるなら働けばいいものを」


 ガリードさんは、不機嫌そうな顔をしたまま父に向かって言った。


「フレイナから、元は傭兵だったと聞いた。それだけ体が鈍っていれば復帰するまでにはかなりの努力が必要なはずだ。でも、あんたはまだ諦めるには若い。本気で立ち直る気があるなら、訓練所への紹介状を書いてやる」


 父が驚いたようにガリードさんを見上げた。その瞳に光が戻ったように見えるのは気のせいか。


「俺が紹介出来るのは王都の訓練所だから、ここから1か月以上かかるだろう。その間の路銀は出してやる。大事な娘を連れて行くんだ、そのくらいはさせてもらう。後はあんたのやる気次第だ。どうする?」


「お⋯⋯、お」


 父が咳き込んだ。声を出すのは久しぶりなのだろう。


「本当に⋯⋯? 俺はまた剣士に戻れるだろうか」

「魔獣学者の目を信じろ。生き物の体を観察するのが仕事だからな。あんたの体つきは、取り返しがつかないほどには衰えていない。努力すれば取り戻せるだろう」


 父がぽろぽろと涙を流した。


「お父さん⋯⋯」


 私は父に駆け寄り木剣を返した。父は私を抱きしめて何度も謝った。私は父に、返しきれないほどの恩がある。謝られる事なんて何一つない。


「ガリードさん、私、本当に一緒に行っていいんですか?」

「よろず屋よりもこき使うから、覚悟しておけよ」


 厳しい事を言いながら、相変わらず目がとても優しい。


「はい、精一杯頑張ります!」



 荷物がほとんど無い父と私が家を引き払うのは簡単だった。ガリードさんは、村のお店で私と父の旅に必要な物を一式買ってくれた。


 父は平然とした顔をしていたけど、私は申し訳なくて仕方なかった。


「まだ、仕事をしたお金を渡していなかっただろう。そこから使わせてもらった。だから、お前が稼いだものだ」


 最近は少し分かる。ガリードさんは優しくしたのを褒められるのが苦手みたいだ。心の中で、とってもとってもお礼を言った。しっかり役に立って恩返しをするつもりだ。


「お前、本当に10万リラよりも、この学者先生と行く事を選ぶんだな?」


 よろず屋の主人にはしつこく聞かれたけど、最後には奥さんに恐ろしい顔で何かを言われてしょんぼりしていた。


 少しヒヤリとした事もある。父が、私の身元を証明する書類を先生に預けた時に、先生は驚きのあまり大声を出した。


「何だって! この子は17歳なのか?! 10歳そこそこじゃないのか?!」


 先生は何度も、本当に私の書類なのかを父に確認した。聞かれた事も無いので、自分が何歳なのか考えた事がなかった。


「参ったな。親代わりに預かるつもりだったが、ほぼ成人じゃないか⋯⋯」


 先生が明らかに後悔したような目で私を見た。やっぱり連れて行かないと言われたら困る。考えていい事を思いついた。


「じゃあ、恋人にしてください!」


 先生は、ものすごく、ものすごく嫌そうな顔をした。


「絶対に嫌だ。大体、お前、意味分かって言ってるのか?」


 しばらく文句を言っていたけれど、やがて諦めて連れて行く覚悟を決めてくれたようで、大きくため息をつかれてしまった。


 干していた香草が仕上がった時には、私と父の支度は完璧だった。唯一残っていた母の形見の洋服は、父が大切に持って行く事になった。数年前の大雨で、荷物のほとんどが川に流されてしまった。その時に残った唯一の母の物。


(お母さん、行ってきます)


 私は最後にもう一度、洋服をぎゅっと抱きしめてから父の荷物に入れた。


「ほら、支度は終わったか? 忘れ物があっても取りに戻れないからな」

「はい、ガリードさん。支度はカンペキですよ!」


 私は荷物を背負うと、ガリードさんが待つ外に駆け出した。照り付ける日差しの下で、少し眩しそうに細められた瞳は相変わらず優しくて、私の心臓はぴょこぴょこ跳ね始めた。


(終)

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みつあみ弟子の魔獣をめぐる冒険~全てを統べる愛しの王 大森都加沙 @tsukasa8omori8

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