牢屋入り

 家は片親しかいない。

 母親と私だけの二人家族で、二人で暮らしている。

 関係は・・・あまり、良好とは言えない。



 どこをどう歩かされたのか、いつのまにか居た白衣の医師と看護師に連れられて、見た事のない作りの鉄の扉の前に出た。

 医師が告げる。

「ここの部屋は保護室とか隔離室とか、色々言われ方が有りますが、あなたにとっては牢屋と言う言葉がぴったりですね。」

 私はこれに何も言えなかった。


 そのまま、頑丈な鉄の扉の中に入れられた。

 そして、重々しく、さびれた音を立てて、ゆっくりと、鍵がかかった。

 ここが最終地点だろうか?

 嘆息一つ漏れた。


 牢屋の中で、まず目に付いたのはトイレ。

 同じ部屋の中のここでしろと言うのか・・・。

 和式で銀色。

 そして、どこにも、水を流すレバーなり、スイッチなりは無かった。

 それから布団が一式、敷かれていた。

 布団にはなぜかシーツが無い。

 清潔そうではあるけど、床に直に敷かれている。

 床は茶色の真っ平ら。

 壁は木で出来ていた。

 扉の反対側は一面、透明なアクリル板で出来ている。

 その向こう側は廊下の様な感じだけど暗くてよくわからない。

 照明は牢屋の天井に丸く黄色い電球が一つだけ。

 新聞まで読み辛そうな黄昏の暗さだった。


 自分の居るところが定まらなくて、居心地悪い思いをしている。


 透明なアクリル板の向こうからすれば私は動物園で見学される、惨めで、かわいそうな展示動物と一緒だろう。


 ・・・疲れ切った。

 布団の枕付近を自分の居所と定め、座り込んで、しばらくぐったりしていた。


 どれぐらい、そうしていただろう?

 やがて鉄の扉が向こうから開いた。

 看護師が二人、入ってきた。

 手には何か道具を持っている。

 「手を出して下さい。」

 言われたとおりに片手を差し出すと結構苦心して付けた、綺麗なピンクの模様のネイルを除光液で取りにかかる。

 看護師二人で、

 「あら、ちゃんと落ちるね。」

 「落ちてよかった。」

と言い合っている。

 終わったらフットネイルも取られた。

 ネイルもフットネイルも昨日のデート用に新調したものだ。

 このネイルを作っていた時の期待と晴れやかな気分を思い出させ、消されていく様を見て涙があふれた。

 看護師達は静かに泣く私には構いもせず、ネイルがとれたら出て行った。

 雑に消されたネイルを涙ながらに見て、自分が牙や美しい羽を全部抜かれた動物の様だと思った。


 その日はそのままパジャマで横たわった。

 明日はどうなるんだろう?

 明日も、ここかな。

 明後日も、ここかな。

 いつまで・・・ここかな。

 なんで・・・こうなったんだっけ・・・。

 そして、疲れに沈む様に眠りについた。


 次の日。

 牢屋生活で、もっとも辛いのはトイレでした自分の排泄物の匂いが、ずーっと充満し続ける事だった。

 自分で流す事は出来ない仕組みだ。

 看護師が気まぐれに訪れ、外のボタンで流していった。

 または、訪れた看護師はトイレの匂いに気がついても流しもしなかった。


 それから、トイレの後も、食事の前でも、流水で手を洗えないどころか、手を綺麗にさえできなかった。


 何もすることがなく、ただただ横たわっていたり起き上がっていたりする。

 時間が過ぎるのは途方もなく長く感じられた。

 アクリル板の向こう側の廊下の端っこに時計が有り、それをチラチラ眺めたりしていた。


 看護師が来て、大きな半透明の箱を持ってきた。

 衣装ケースだ。

 中には私が普段使っている部屋着や下着、Tシャツなんかが入っている。

 見慣れないが買ったばかりであろう、スウェットの類いも入っていた。

 これ・・・は?

 母親が用意してくれたのだろうか・・・。

 そうに違いない。

 母親は無事なんだろうか・・・。

 この衣装箱は母親の愛だろうか・・・?

 なにやら薄らと不気味さを感じた。

 母親は私に干渉してくるが、こういう面倒はもうみなくなっていた。

 しかし、これはどうだろう?

 この牢屋生活の為になりそうな、様々な服を適度な数で、きちんと畳まれ整然と入っている。

 なぜ?

 看護師はここから、お風呂の後に着る服を選べと言う。

 何にしようかな。

 服を出して何が有るか確認していると異常に気がつく。

 どの服も。

パンツに至るまで。

 黒い太いマジックで端っこに何か書いてある。

 「これは何ですか?」

 「病院名の略と病棟名の略です。」

 なんて事をしてくれたの?!

 ああ、私の服、全部全部にマジックで書き込み有る。

 「なんで、こんな事したんですか!」

 「洗濯業者が間違えないようにですよ。」

 言っている間も服を出して確認する。

 ああ!

 私が一番大事にしているTシャツにもでかでかと書いてあった。

 衝撃だ。

 そこから立ちなおる間もなく看護師がまくし立てる。

 「お風呂行くの早くして!」

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