第21話 美久の謝罪

 美久が何に対してごめんなさいって言ったのか。誰もわからなかった。


「ふぇ?」


 意外過ぎて変な声出た。

 

「お野菜勝手にとったの、私です」


 美久の言葉に、皆が息をのむ。

 政さんは、静かにお茶を飲みながら美久の言葉を聞いている。


「あのね。お母さん、お母さん元気なかったから」

「うん……」

「だから、お母さんにご飯作ってあげようとして、お野菜とったの」

「うん……」


 そんなの「うん」意外の相槌を思い浮かばない。

 自分のやったことが、どれだけ政さんにとって辛いことだったかを、この家に来て初めて思い知ったのだろう。


 でも美久は泣かない。

 泣かないで、ただギュッと自分のスカートの裾を握りしめている。


「ごめんなさい。たくさんあっても、大切なお野菜なんだって思ったの」


 美久は、震える声で謝罪を繰り返す。

 そう、お店にたくさん商品があっても、それを盗れば誰かが困る。定食屋さんのご飯だってそう。誰かが我儘を言って過剰なサービスを要求すれば、利益なんてほとんどない中で運営しているのだから、あっという間に店は潰れる。

 畑の野菜だって同じ。たくさん畑に植っていても、その一つ一つが、大切で勝手にとってはいけないものなのだ。


 美久は、まだ幼いから、そんな感覚は無かったのかもしれない。

 それが、ここで政さんの野菜をご馳走になって、お話を聞いて身に沁みたのだろう。


「美久ちゃん……」


 政さんが口を開く。

 まさか、警察に行こうとか言わないよね。ないよね。


「ただとるだけでなく、どうして荒らした?」

「それは、取り方がわからなかったから。引っ張ったらすぐ取れるかと思ったら、千切れるだけでダメだつたり、折れちゃったり」


 なるほど。

 野菜は、慣れていなければ正しく収穫するのは難しい。小さな美久では、一人で収穫は難しかったんだ。


 それだと、政さんが思い悩むほど畑を荒らしていたというのに、美久が持って帰れた野菜は、少なかったことだろう。


「美味かったか?」


 政さんの言葉に、美久はゆっくり首を横にふる。


「洗って切ったけど、かたくて。お母さんは、美味しいって言ってくれたけれど、本当は、美味しくなかったと思う」


 ふうん。と、相槌を言う政さん。


「政さん……あの……」


 たまらなくなって、私が口出そうとすると、修平君が止める。


「大丈夫。だから、政さんに任せて」


 修平君に小声で言われて、私は大人しく政さんの言葉を待つ。


「お母さんは、いつ退院だ?」

「まだ決まらないの」

「そうか……なら、急がなきゃな」


 急ぐ? 何を?


「おい、修平、美久ちゃんに料理教えてやれ! そうだなぁ……退院後にも食べやすいように、鍋とかおじやはどうだ?」

「ああ、良いですね。分かりました」

「野菜の収穫の仕方は、任せとけ。みっちり教えてやる」


 政さんは、そう言って笑った。


「良いの? 美久、悪い子だよ?」

「集落の子は、みんな孫みたいな物だと言ったろう?」


 我慢していたのだろう。

 政さんの温かい言葉を聞いた美久の目からは、ポロポロと大粒の涙がこぼれ落ちた。

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