第11話 曲者な魚屋さん

  どうして魚屋さんというものは、こんなにガラガラ声で叫ぶのだろう。

 おおよそ魚屋さんというものは、お客を呼ぶ時に、似たような低いガラガラ声で呼びかける。

 皆、声を出し過ぎて、声が枯れてしまったのか。それとも、何かそういった暗黙の了解的なものがあるのか。


 この市場も、ひしめき合う魚屋さん達の声にあふれかえっている。


 修平君は、わき目も振らずにドンドン前に進む。

 確か、馴染みの魚屋さんがあると言っていた。そこを目指しているのだろう。


「石崎さん!!」

「お!来たねえ!! 修平!!」


 お婆さんが修平君に呼ばれてにこやかに手を振っている。


「先代からずっと世話になっているババアだ」

「ババアって……」


 袋の中から官兵衛が教えてくれる。


「ババアで十分じゃ。あれを信用すれば、足元をすくわれる」


 いや、先代から世話になっているんでしょ?

 それでどうして足元をすくわれるなんて言うのか。


「修平、今日のお勧めはこれじゃ! 高級魚だぞ! ブリじゃ!」

「さすがにそれは引っ掛かりませんよ。これは、まだイナダですね」

「さすがにもう、この程度では騙されんか!!」


 ババア……おばあさんと修平君が、楽しそうに笑い合っている。

 まだって何だろう?

 まだイナダ?


「ブリは出世魚じゃ。小さいものは、名前が違う。ワカシ、イナダ、ワラサ、そしてブリ。大きくなるにつれて名前が変わるのじゃ」


 官兵衛が私にこっそり教えてくれる。


「なんだ。大きさが違うだけで同じ魚なんじゃない」

「愚か者め。脂のノリも、お値段も、全く違う」


 そうなんだ。同じ魚なのにね……。

 じゃあ、大きくてお値段も高いブリが一番美味しいってことか。

 じゃあ、魚屋ババアは、修平君を騙したってこと? とんでもない曲者のババアだ。


「今日はブリが良いのか大漁での! ちゃあんと修平用に取ってある!」


 奥から魚屋ババアが取り出して来た発泡スチロールの箱には、大きなブリ。

 お店の蛍光灯の光を反射してテラテラと光っているのは、脂がのっている証拠なのか。


「わ! 石崎さん有難うございます!」

「ええって! 今日は、彼女の前で格好つけたいんだろう?」

「か、彼女?? ち、違います! この子は、幽子さん。遠縁の娘さんで、ウチの店の新しい従業員です!」


 魚屋ババア、石崎さんのセクハラ発言に、修平君が慌てている。


「そういう男女が一緒にいるだけですぐ恋愛に結びつける感性は、いかがなものか思います!」

「ほっ! はっきり物を言いよる!」


 私が抗議すれば、クソババア、石崎が大笑いする。


「わしは、面白ければ、なぁんでも良え!」

「何でも良くないです!」


 どうにも石崎に良いように遊ばれている気がする。人生経験の差? 敵う気がしない。



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