第9話 一寸法師と親指姫 中編

 オレの名前はコタロウ。

 見えるかどうかは知らないが、『一寸法師』と言われた男だ。


 さて、公家どもに仕返しをするにしても、手持ちぶきが足りない。

 という訳で、川と京都みやこを大きく迂回しながら、何か無いものかと物色するオレ。


 しばらく歩いていると、とある大道芸人一座に出会でくわす。

 オレと同じサイズの小さな女の子が居た。

 彼女は鳥かごに飼われていた…どうにも『住んでいる』という言葉は似つかわしくなかったのである。

 人々は幕屋の中で宴会のようだ。

 彼女の飼われている鳥かごのもとに近づき声をかける。


「おいっ!」

 オレの声に振り返る小さな女の子。

 暗がりでよく見えなかったが、碧眼に肩を覆うほどの金髪が、私の視線に飛び込んでくる。


「あなたは、どなた?」

 澄んで落ち着いた可愛らしい声が聞こえてくる。

「オレは、コタロウ。

 見ての通りの小男だ、『一寸法師』と呼ばれているが、ていの良いおもちゃさ。」

「あら、私は『親指姫』と言われた、アヤメよ。」

「なるほど、親指姫とは、言い得て妙なりだな。」

 かごを堺に談笑するオレとアヤメ。


「ところで、お前はなんでこんなところで飼われてるんだ?」

「それは…。」

 アヤメが身の上話を始める。

 聞けば彼女もオレと似たような境遇で流されるままにここまで来てしまったらしい。

「本当は…帰りたい…アイリスと暮らしていたあの家に…。」

 大粒の涙が碧眼から零れ落ちるが、オレは何も出来ず、彼女が落ち着くのを待つ。


 一頻り涙を流したアヤメも幾分か落ち着いたところで話を再開するオレ。

「なぁ、あんたは逃げたいと思わないのかい?」

「今私が逃げると、あの子達が…。」

 アヤメの視線の先に見えるのは、二頭のツキノワグマ。

 彼らも神妙な面持ちだ。


 話を聞けば、この大道芸人一座の看板出し物が、アヤメが二頭のツキノワグマを操る奇術なのだそうだ。

 仮にアヤメが逃げれば、その瞬間にツキノワグマはお払い箱ゴミとなり、処分されるようなのだ。


傀儡使いマリオネット。」

 アヤメの指から放たれる見えない糸に操られ、不思議な踊りを披露するツキノワグマ。

 オレは感嘆の声を上げそうになり、慌てて口を押さえた。

 幸い、このドタバタは天幕の向こうには聞こえていないようだ。


「よおし、やってみるかっ!」

 オレは地面に降りるとツキノワグマのもとに行く、戸惑っている二頭の足下には鈍く光る黒い足枷。

 利き手に太刀エモノを構え、彼らの足を傷めないように細心の注意をはらいながら、黒い足枷を薙ぎ払う。


閃光一閃スマッシュっ!!」

 鈍い金属の衝突する音もなく、黒い足枷は地面に落ち、ツキノワグマは解放された。

 ツキノワグマはオレを頭の上に乗せ、アヤメの居る鳥かごへ。


閃光一閃スマッシュっ!!」

 鳥かごの柵に穴が空き、オレはアヤメの手を取り、無事に彼女を救出できた。


 とりあえず、我々は大道芸人の前から姿をくらませるべく行動を起こす。

 嵐山の麓まで逃げ果せたところでツキノワグマたちと別れたオレとアヤメ。


「あの子達、夫婦だったみたいね。」

 微笑ましくツキノワグマを見送るアヤメ。


「さてと、それじゃお前さんを、元の場所に帰さねぇ~と…。」

 オレの言葉がアヤメの人差し指に止められる。

「いえ、私は貴方様とともに。」

 オレはアヤメの方を振り返ると、また涙目の彼女がそこに佇んでいる。

「私は、アイリスと約束して旅立ちました。

 その約束を果たすその日までは帰れません。」

「約束とは?」

「はい、王子様を連れて帰る…と。」

 涙目は収まり、真っ赤な顔でモジモジしているアヤメ。

 …おそらく、アヤメという名前も偽名なのかもしれない。

「そんじゃ、その王子様ってやつでも探しに…。」

「…もう見つけました。」

 消え入りそうな声でアヤメはオレの腕にしがみついてきた。

「そっか。」

 オレは彼女の頭を優しく撫でる。

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