第8話 一寸法師と親指姫 前編

 オレの名前はコタロウ。

 見えるかどうかは知らないが、『一寸法師』と言われた男だ。


 おじいとおばあの手から逃れるべく、京都みやこ行きの話をでっちあげた末に、お椀をくすね、これを使って川下りを強行することにした。

「待ってろ、京都みやこ!!

 いい夢見てやんよぉ~~~!」

 下心剥き出しの雄叫びを上げながら、川を下る。


 さて二昼夜お椀に揺られ、オレは川下りを続けた。

 三日目の朝、何やらにぎやかな声で目を覚ました。


 起き上がって周りを見ると、川の流れは随分と細くなり、流れの先にはお公家さんの茶会が開かれているようだった。

(しめしめ…うまくすれば公家のご令嬢をゲット出来るかも知れないぞ。)

 ほくそ笑みながら、お椀の底に身を隠すオレ。

 お眼鏡に叶うご令嬢が目に入った瞬間にお椀から飛び出し、溺れてみせる。

 そんなオレの姿に心奪われたご令嬢が、オレを助けあげ、二人は恋に落ちていく…。

 というのが、オレの作戦…だった。


 女性たちの姦しい話し声が近づいてくる、さぁ飛び出す準備を始めようとした矢先、オレの上にが落ちてくる。

 不意を突かれた上に、乗せられた短冊の重量に抗うことが出来ず、オレはお椀の底に押し込められてしまった。


 さて、流れは進み、今度はオトコドモのにぎやかな声が聞こえてくる。

 不意に短冊が取り去られ、一息つくことが出来たのもつかの間、再び短冊が私の上に乗せられてくる。


 再三再四に渡る短冊攻めが繰り返され、その都度聞こえる男女の声…。

 よくよく耳をすませば…。

「これは、歌会…なのか?」

 そうゴチっていると、最後の短冊が取り払われ、ようやくお椀から起き上がることが出来たオレだが、歌会会場は上手かみてに遠のき、川は再び幅を広げ京都みやこ下手しもてを流れている。

 さて流れに身を任せていると、瀬に入ったようで、お椀は激しく揺らされた挙げ句、見事に転覆。

 オレは川の藻屑となってしまったようだ。

 無事に水面に浮上し、流れに身を任せた矢先に、オレは何者かに呑み込まれてしまった。

 相当大きな魚だったのだろう…ヤツの胃袋に来ると、おびただしい数の魚の死骸が溶け始めている。


 そんな中、胃壁に鈍く光るものが見える。

 手を伸ばし掴もうとすると、手に鋭利な刃物で切られたような感覚が走り、生暖かい液体が手の平に広がる感覚がある。

 手早く小袖を破り、切られた手の平を覆った後、もう一度”鈍く光るもの”を掴み、ゆっくりと引き抜く。

 柔らかい肉の感覚が伝わりながら、”鈍く光るもの”を抜き取ることが出来る。

 半尋はんひろ:約70cm程度の刀身には、凹凸の模様が刻みつけられているが、模様の欠け具合から、何かの破片であるとは連想できた。


 さて、せっかく手に入れた太刀エモノ…試し切りしたくなるのは、人情ではないだろうか?

 手頃な胃壁に斬りつけると、フスマを切り裂くように大穴が開くと同時に、魚はのたうち回り、水が大量に流れ込んでくる。


 胃袋を抜け、振り返ると三間はくだらない、川の主のようなオオナマズだった。

 オオナマズは流されるままに川下へ消えていき、オレは浅瀬にたどり着き、何とか陸地に降り立つことが出来た。


 陽は落ち、月が顔を見せる頃、遠く川上には薄明かりに映える『京都みやこ』の姿。

「アイツら、絶対に許さねぇっ!!!」

 オレは中指を立て、吠えるのだった。

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