『ウェスターマーク効果なんてアテにならない』

小田舵木

『ウェスターマーク効果なんてアテにならない』

「もしもし?」僕は電話の向こうに語りかける。

「はいはい?」こたえるは女の子の声。

はるか、生きてる?」

「生きてるよ」

「本当に?」僕は疑り深いのだ。

「さっき、風呂に入って、今は髪を乾かしているとこ。優一ゆういちは?」

「僕はさっきご飯を食べ終えてね。今は勉強するフリしてサボってる」

「…お母さんに怒られるよ」

「だって。遠い向こうに居る遥が生きているか不安なんだよ。ねえ、君は本物の遥?AIで自動応答したりしてない?」僕の疑り深さはパラノイア級だ。

「まだ、そんな高度なAIは開発されてない」遥は呆れながら言う。

「それを証明できるかい?」

「AIは呆れたりしない。私は呆れる。以上。優一。安心して。北海道に居る私は生きてて、九州のアンタに電話かけてる」遥は言い聞かせるように言う。

「ずいぶん遠くに離れちまったものだ」僕と遥は幼馴染。産まれたときから一緒だった。

「…ね。私も信じられない。今や北海道の住人なんて」

「今、こっちは夏真っ盛りだよ。福岡の夏は湿気て暑い。札幌はどうよ?」

「こっちも温暖化の影響でそれなりには暑いわよ。でも福岡ほどではないかもね」

「そいつは羨ましい」

「夏はいいのよ。問題は冬ね」

「今年が初だよね。どうすんの?」遥は寒いのが苦手だ。

「暖房ガンガンにしてやり過ごす」

「…今日日きょうび贅沢な話だな」

「しょうがないでしょ?私、福岡の冬ですら音をあげていたのに」

「遥は寒がりだもんな」

「今から憂鬱」

「ま、なるようにしうかならんさ」

「そうね」


「ところで」僕は話を切り替える。

「なに?」

「友達。できたかい?」

「…未だにゼロ」遥は人付き合いが苦手な女の子なのだ。九州に居た頃は僕にくっつくことで友人を得ていたが。

「いい加減。むっつりした顔するのはどうかと思うぜ?」遥は目が悪いせいでよく眉間に皺をつくる。それが近寄りがたさの一部を為している。

「しょうがないでしょ…最近、眼鏡めがね新調したから。少しはマシになったと思うんだけど」

「少しは笑顔で居てみろよ。遥、笑えば良い顔してるんだから」

「何様よ。アンタは」

「幼馴染様。君を一番近くでずっと見てきてる」

「そうね。アンタが一番私の事、知ってる」

「女の子でもないのにね」

「アンタが女の子だったらなってずっと思ってた」

「どっこい。僕には生殖器がぶら下がってる」僕と遥はこういう性すら話のネタにできてしまう仲なのだ。兄妹以上のモノがあるかも知れない。

「そんなモノ。ちょん切ってよ」

「ご無体な。それに。今さら切っても、君は札幌に居るじゃないか。遠すぎて意味ないよ」

「そう言わず。私、大学は東京のトコ受けるからさ。一緒のところ行こうよ」

「遥は頭が良いからそういう事言えるんだよ。僕はアホさ。地元のしがない私立大にいくのがやっとだよ」

「なら私がそっち行く。そして私と一緒に居てよ」

「…なんだい?愛の告白かい?」

「…違うけど。アンタは唯一の私の友達なの」

「そういうのは良くない」僕は遥にもっと友人を作って世界を知って欲しいのだ。

「良くないのは分かってる。でも…怖いと言うか。アンタと一緒に居すぎて、友達の作り方忘れちゃった」

「そんなの簡単じゃないか。ただ、話かければ良いんだよ。眉間に皺を作らずに」

「いかんともしがたい」

「言い訳すな」

「そんなあ」


「大体さ。遥は女社会をどう生き残ってるんだよ?そっちで」中学生になった女の子達は小学生の頃より更に徒党を組むようになって。性差ってそういうモノなのかなって思ったもんだ。

「アウトサイダー気取ってる」

「はぐれものかい?」

「そう」 

「吊し上げとかされないのかい?女の子は異質を嫌う」

「今の所は大人しくしてるから。居ないも同然なのよ」

「まあ。そりゃ安全策だろうけど。どうかと思うぜ?」

「いいじゃない。目をつけられなければ平穏に中学生生活は終わる」

「そううまく行くかなあ」暇をした子ども達は、虐めるターゲットを探す事もザラだ。

「うまくやるしかないのよ。そして高校まで頑張って…アンタのところに戻って。また小学生のときみたいにみんなの中に戻る」

「…言っちゃ何だけどさ。遥、僕に依存しすぎじゃないか?」ちょっと物言いがキツくなってしまった。

「そうね。否定はしないよ。私はアンタと一緒に居過ぎたのよ」

「甘やかしちゃったなあ」

「アンタは私の親かよ」

「まるで、ね。でも子離れの時期なのかもよ。北海道行きはそういう試練なのかも知れない」僕は遥にそう言う。厳しい物言いだが、離れ離れになってしまったからには向こうでうまく生きて欲しい。

「…アンタは厳しいなあ。私はひとりぼっちなのよ?」

「僕だって―ひとりぼっちではないけど。大事な相棒を失った」。昔からいろんな事を一緒にやってきた。

「互いに苦労するわね」

「まったくだ…さて。そろそろ風呂に入らなきゃ母さんがうるさいから切るよ」

「オッケー。またね」

「またね。達者でやれ」

「そっちこそ」

 

                   ◆


「スッポコペンペンポン…ポンポポ」

 僕のスマホが鳴り響く。相手は遥。向こうから電話をかけて来るなんて珍しい。大体は僕がかけるんだけど。

「はいはい。貴女あなたのお口の恋人、優一ですが」

「優一!!非常事態!」電話口の遥は動揺している。遠い向こうにいる遥の顔が思い浮かぶ。

「ついに友達でもできたかい?」オカンのような調子で応える僕。心温まるニュースかな?

「違う!!」力強い否定。それはそれでどうなんだ?一体何が起きたって言うんだ?

「んじゃあ?何があったってのさ?家が爆発でもしたみたいな調子だぜ?遥?」

「家じゃなくて私が爆発しそうよ…あのね」

「おん?」僕は続きを促す。やけに溜めるよな。今日の遥は。

「…コクられた」遥は一息置いて言う。

「そいつはめでたい。相手はイケメンかい?」僕は遥にそういう相手ができようが動揺しない。

「…学年の憧れの人ナンバーワン」

「そいつは凄えのに告られたな」

「だから動揺してる」

「で?返事はしたのかい?」

「いいや?とりあえず聞くので精一杯。返事は伸ばしちゃった」

「何をしてるんだよ…チャンスを逃すぜ?」

「私は…彼の事、あまり知らないから」

「なるほどね。そりゃ動揺するな」

「そうなの。いきなり告られて頭が沸騰しそうなの」

「沸騰しそうになるって事は遥も少しは気があるんじゃないか?」

「そうなのかなあ?私、男の子って優一しか知らないから」

「あーあ。君によく男を教えておくべきだったかな」僕は後悔する。こんなに色恋沙汰に免疫のない女の子になっているとは。

「まったくよ。ああ。どうしよう?優一」

「どうしようもクソも。少しでも良いと思えるなら付き合ってみれば?」

「…優一。嫉妬しないの?」彼女は少し湿っぽい様子で言う。

「嫉妬って。僕は君の親友ではあるが。恋人ではないんだぜ?」

「でも。アンタは私の一番仲の良い異性なのよ?」遥は言う。

「そうだけどさあ。僕、遥に性的に惹かれた事ってないよ」僕たちは幼い頃から一緒に居過ぎた。だからなのか。これは社会心理学的にも裏付けのある感情だ。ウェスターマーク効果。

「…私でオナニーしたことないって訳?」ズケズケと聞いてくる遥。僕達の間には遠慮がなさすぎる。

「遥でしようとしたことはある。でも幼い頃のいろんな情景が浮かんできてね。結局別の子でしたよ」僕は正直に言っておく。ここで嘘ついてもしょうがないのだ。

「そうなんだ…まあ、優一っぽいっちゃぽいかな」

「だろ?遥は手のかかる妹みたいなモノなんだ」

「かもねえ。今も告られた何だって騒いで、優一を困らせてる」

「僕から言える事は。良いと思えるなら向き合えって事だよ。それが遥の人付き合いのプラスになるなら言うことはない」

「人付き合いを考えて付き合うってのは打算的過ぎるけど…そうだなあ。付き合ってみるかなあ」

「お幸せに」

「幸せになるかどうかはこれからよ?」

「僕は常に君の幸せを願ってる。全てを祝福をする」

「…愛の告白みたい」

「いいや。妹を言祝ことほいだだけさ」

「ありがとう」

「どいたま…っと。そろそろ宿題やらないとまずい。切るよ?」

「はいはい」 

「そんじゃ、達者でやれよな。彼氏を大切にね」

「はーい」

 

                   ◆


 日々は過ぎていく。季節はあっという間に冬に。

 玄界灘げんかいなだが荒れ狂う季節だ。北から冷たい風が吹きすさぶ。

 僕は学校の帰り道。砂浜に足跡をつけながら歩いてる。

 そう言えば。最近は遥から電話がかかって来ない。彼氏とうまくやっているんだろうな。多分。

 僕はと言えばいつも通りだ。毎日学校で友達と下らない事で盛り上がる。そしてクラスの女の子に目線を送っている。


 あーあ。僕にも彼女できないかな、なんて考えながら海に石を放り込む。

 石はあっという間に波間に沈んでもみくちゃに。


「スッポコペンペンポン…ポンポポ」制服のポケットに隠し持っている携帯が鳴り響く。


「はいはい。波間に沈む石に思いを託す優一です」

「はろー、優一?」相手はお馴染みの遥さんだ。

「なんだい?ヤケに浮かれてるじゃんか?」

「そりゃね。私も恋する乙女だから」おおん。数ヶ月で人はここまで変わるか。つうか、浮かれ過ぎだ。少しうっとおしい。

「そりゃ良かったね」少しめた返事をしてしまう。

「うん。毎日張り合いがあるわね」

「そいつは良かった」

「うん。今日もお弁当一緒に食べたんだ」

「わお。公認のカップルかい?大胆な事するもんだ」

「大胆かな?普通の事だと思うけど」

「普通はね、コソコソやるもんだぜ?中坊のカップルなんてさ」

「私と彼は…隠し立てするような事、ないから」

「お熱い。火傷しそうだよ。冬だってのにさ」

「冬…そう言えば冬か」遥は急に思い出したように言う。

「そっちはガンガン雪降ってるんだろ?」

「もう。毎日雪をかき分けて学校に行ってる」

「ひぇぇ。こっちはせいぜい玄界灘方面から冷たい風が来るくらいさ」

「懐かしいな。玄界灘」

「今、僕は玄界灘を眺めているよ」

「何?ひとりで黄昏たそがれてるの?」

「そそ。騒がしい日々を離れて、海を眺めてる」

「恋人とか出来ないの?」遥は聞く。

「出来やしないね。モテないんだよ。僕は」僕は三枚目と良く形容される。ヘラヘラ顔がトレードマークなのだ。

「自分から行動しなきゃ。私の彼氏みたいに」

「僕があのクラスで一番美人の安河内やすこうちさんにコクる?これは分の悪い賭けになるぜ?」

「安河内…ああ。あの。小学生の時から美人だった」遥は思い出している。

「そそ。彼女…惹かれるんだよねえ」

「それは心理的に?性的に?」

「そいつは残酷な問だぜ?遥?」中坊なんてエロい事で頭が一杯なのだ。残念ながら。

「性的だけなら止めときなよ?」

「そうだなあ。告った後が続かなそう」

「そう続かない。心理的な事を知って初めて告った方が良い」先輩ヅラするなあ。遥。

「そうかい。んじゃ。僕の初恋人はまだまだ先になりそうだ」

「それは―残念」と遥は言うが。そう思ってないような感じがした。


「遥さんや」僕は老人みたいな口調で遥に問う。

「何?」 

「こうやって異性に長電話して。彼氏は嫉妬しないのかい?僕ならキレるぜ?」

「ああ、そんな事。大丈夫。話してあるから」遥は余裕そうに言う。

「あら。僕は紹介済かい。彼氏さんに」

「うん。福岡にいる大事な幼馴染だって言ってある」

「そいつは光栄。彼氏さんによろしく言っといてくれや。遥は無愛想だけどいい子だよって伝えといて」

「…余計なお世話」

「…っと。そろそろ塾にいかないとヤバイや」時間は夜になりつつある。

「アレ?受験は一年先でしょ?」

「そうは言ってもね。僕はご存知の通りバカだから。親にぶち込まれたんだよ」

「なるほどね…んじゃあ。バイバイ」

「達者でな。彼氏さんと喧嘩すなよ〜?」

「はいはい」

  

                   ◆


 季節は春を迎えた。

 僕がそぞろ歩く通学路は桜の樹が一杯で。ピンク色の花びらが舞い散る。

 最近は塾が忙しい。そろそろ受験に向けてギアを切り替え始める時期だ。

 今日も苦手な数学と格闘しなければならない。それを考えると憂鬱で。

 

「スッポコペンペンポン…ポンポポ」おりょ?久しぶりに遥から電話だ。


「はいはい。桜をくぐる憂鬱な受験生、優一です」

「優一ぃ…」遥は通話開始、早々そうそう涙声だ。

「なにかあったね。こりゃ」聞くまでもない。

「クラス分けあったんじゃん?四月に」

「おん。もうクラス分けの話題も古くなる頃だ」桜、散り始めているからね。

「そしたらさあ。彼氏とクラス別になってえ」

「何?そんな事で泣いてんのか?遥?どんだけお熱いカップルだよ?」

「いや。それがさあ。別の女の子が好きになっちゃったって振られた」

「あーあ。御愁傷さん。あまり凹むな」こう言うのは残酷かも知れないが。諦めるしかない。その場合は。

「いやあ。大ダメージ。これから受験だってのに」

「いいじゃないか。切り替える良い機会だ」

「ドライだなあ。優一は」

「なんだい?ウエットに慰めて欲しい訳?この三枚目ヘラヘラマンに」

「…そういやそうだった。アンタはそういうフザけたヤツだった」

「そそ。元彼くんなんて見る目がないんだよ。女の」

「そう言わないで…」

「ええ?振られたのにまだ肩持つ?未練タラタラ過ぎない?」

「私にとっちゃ初めての恋人だったんだよ?」

「ま。恋愛のいい練習させてもらったって諦めろよ。じゃないと永遠に引きずるぞ?」

「…他人事だなあ。優一は」責めるように彼女は言う。

「他人事だもの。僕に取っちゃ。顔も知らない彼氏の事をどう一緒に悔やんでやれと」

「いや。メッセで写真送ったじゃん?」

「ああ。アレ。忘れてたな」冬くらいの時に一緒に写った写真送りつけてきてたっけな。忘れてた。

「結構イケメンだったじゃん?」

「かなあ。僕はそれほど関心しなかったけど」確か、雪国特有の白い顔をした中性的なヤツだったと思うのだが。

「異性には伝わり辛い顔をした人だったかも」

「んだね。僕は濃ゆいイケメンが好きなんだ」


「ねえ。優一。またひとりになっちゃった」遥は言う。

「なんだい?彼氏にかまけている間、友達作らなかったのかい?」

「作るどころじゃなかった。むしろ彼が彼氏であることに嫉妬されてさ。人がますます寄り付かなくなった」

「ありゃりゃ。大体、彼氏とベタベタし過ぎだったんだよ」付き合ってた頃は指摘できなかったトコロを指摘する。

「今思えば…浮かれすぎてたかな」

「そ。コソッとやっときゃ良かったのに。見せつけるような真似するから」

「私も浮かれてたのよ」

「要反省。今度はうまくやんなさい…ってももう受験だからそっちに集中しろよ」

「受験?ああ。私、指定校推薦狙えるから。それで女子校行こうかと」

「おおん?楽しようってか?僕が受験勉強で死にそうって時に」

「そそ。楽してスルッと高校生になるわよ」

「僕は死ぬ目にあってなんとか高校生になろうってのに。ずるい」

「…ゴメンね」

「…んじゃあ。しがない僕は塾で受験勉強するから」

「頑張ってね」

「うい。んじゃ、達者でやれ」

「そっちこそ」 

 

                  ◆


 中学3年生の季節は3倍送りみたいな速さで過ぎてった。

 気がつけば。もう卒業式で。

 僕は志望校に合格していた。福岡屈指の進学校。いやあ。死ぬ程勉強したかいがあったってもんだ。


「トゥルルルル…」呼び出し音が鳴り響く。遥に卒業祝いと志望校合格の報告の電話をかけてみようと思ったのだ。

「はいはい。卒業式もぼっちだった遥です」彼女は元気のなさそうな声で応える。

「おっす。オラ優一!志望校合格したどー!!アンドぉ卒業おめでとう」僕はヘラヘラを極限まで高めて言う。

「色々おめでとう。優一」

「ありがとサンクス。しかし。君はめでたい日になんつう声を出してんだ」

「だって。卒業式でもぼっちだったのよ?」

「いつもの事じゃん。遥には悪いけど」

「…否定出来ないのが悲しい」

「ま、これで大人への一歩が進んだって切り替えて行こうぜ?」

「そうね。優一、あの進学校に進んだって事は―地元の旧帝国大狙うの?」

「…んな訳ないじゃん。僕は馬鹿だぜ?受験こそ頑張ったけど、高校生活はエンジョイしようと思ってるんだぜ」

「そんな余裕あるのかしらね」

「…ないかも。あそこ軍隊並に厳しいって噂だ」

「死なないでね?」

「ああ。遥と同じ大学に行くまでは死ねない」

「…?地元の私立に進むんじゃないの?」

「そう思ってたけど。遥と東京で昔みたいな探検をするのも楽しいかなって」

「…嬉しい」

「それもこれも君が友達作らないからだよ?」

「済みません。頑張ります」

「マイペースにやれや。僕も出来る限り頑張ってみる」

「あと三年。我慢すれば優一と会えるんだね」

「そうさ。また小学生のころみたいに遊ぼうぜ?」

「東京かあ。福岡とも札幌とも違って都会なんだろうなあ」

「…札幌も十分都会だろ?」

「福岡と似たようなものよ?」

「そう?福岡なんて田舎だぜ?」正直。僕の街は小さい。

「田舎だけど…私達が産まれた街だからね。特別なの」

「それもそうだな」


「さて。遥さんや」

「何?」

「高校、やっぱ推薦?」

「うん。受験勉強なんてしてない」

「良いよなあ。もしかして大学も推薦でこなすつもりじゃなかろうな?」

「今の調子で勉強してたらそうなるかもね」

「良いなあ。僕は毎度苦労する羽目になる。君の為に」

「…?高校受験頑張ったのってもしかして?」

「そ。遥と同レベルの高校に行って。遥と同レベルの大学に行くため」

「…ねえ。優一」

「ん?」

「やっぱり、私の事好きじゃない?女の子として」

「うーん」悩ましい。

「…んまあ。どうでも良いかそんな事」遥は切り替えた調子でそう言う。

「そうだよ。僕らは親友だ。性的と言うか恋愛と言うか…とにかくそういうモノはお呼びじゃない」

「そうね」彼女は応える。少し不満そうに。

「おっと。これからクラスの卒業祝いパーティがあるんだった」

「良いわねえ。私なんか家族でジンギスカンするくらいよ」

「それはそれで楽しそうだけど…ま、とりあえずバイバイ。達者でやれよな」

「そっちこそ。バイバイ」

  

                   ◆


 僕はあの軍隊みたいな高校で―死ぬ目にあっていた。なんだこの地獄は。

 アホみたいな校則に縛られている。アルバイトひとつできやしない。

 その上。ここは男子校だ。いやあ。男だけの空間ってのはヤバイ。締りがないのだ。異性の目がないせいで僕たちはたるみきっている。


「…という訳で。エンジョイもクソもない」僕は電話の向こうの遥に愚痴る。

「それは御愁傷さま。こっちの高校は校則ゆるゆる。お陰で高校デビューってヤツしちゃった」

「なんだい?イメチェンしたのかい?」

「何時までもガリ勉メガネじゃ居られないって訳。今はコンタクト」

「ほう?僕は眼鏡の遥しか知らないからね。新鮮味がありそうだ」

「お陰で。最近は人が少しは寄り付くようになった」

「しかめっ面を止めた訳ね」

「コンタクトの度、かなりキツめにしてるけどね」

「そっか。なんか遥も成長してるんだな」

「そりゃね。もう会わなくなって何年よ?」

「中学一年以来だから―4年?」もう僕たちは高2だ。

「17歳になったんだね。私達」

「感慨深いなあ。ま、僕は17になったって気はあまりしないんだけどね。軍隊式の学校のせいでいつまでも16のまんまな気がするよ」

「どれだけ厳しいのよ」

「福岡の公立校を舐めたらアカンぜよ?」

「…ぬるい札幌で良かった」

「立場、交換してくれ。頼むから。お年玉2年分寄付する」

「嫌だ」

「ご無体な」


「そう言えば。彼氏出来たんだ」彼女は言う。

「お。中学以来の彼氏かあ。おめっとさん」

「年上なんだ」

「ん?出会う機会あったっけ?そもそも女子校通いだろ?」

「今年ね。アルバイトしたのよ。夏休みに。その時に出会ってね」

「ほえ。高校生一本釣りたあ。ロリコンか何か?」僕はからかう。

「大学生だから」

「ああ。年下好きな訳ね」

「そ。ま、幸せだよ。今」

「そいつは良い」遥も変わったものだ。

「…嫉妬しないの?」 

「めでたい話じゃんか。祝いはすれど、呪いはしない」僕は遥を妹みたいに思ってるからな。

「ふぅん?」対する遥は不満そうだ。

「大学生の彼氏が出来たって事は。その彼氏と同じ大学にいくの?」一応聞いておく。僕は遥と同じ東京の大学に行こうと思ってるから。

「一瞬それは考えた」

「良いんじゃない?別に幼馴染との約束を守り続けるいわれはないんだ」

「でもね。今の彼氏と別れてでも優一と一緒に居たいの」

「おいおい…彼氏がいるってのに凄い事言うな君は」

「それくらい特別なのよ」

「…光栄だ。ああ。―もっと違う感想を抱けたのかな」

「かもね。そして…」彼女は唾を飲み込みながら言う。

「まるで。愛の告白だぜ?」僕はからかってみる。

「…」電話の向こうの遥は黙りこんでしまう。

「…黙るなよ。緊張するだろうが」軽い調子で僕は言う。

「…あのね」彼女は言う。一息置いて。

「へい」僕はいつものヘラヘラスタイルを崩さない。


「私。やっぱ優一が好き。男の子として」


「…おおい。彼氏持ちィ?アホを言うんでない」

「アホじゃないわよ」

「マジで言ってんのか?僕と何年会ってないと思ってんだよ」

「4年。でもそれくらい関係ない」

「僕がブサイクに成長している可能性を考慮しろよ?この面食いめ」遥は面食いだ。中学生の頃の彼氏の事を考えると。

「…確かに優一はイケメンじゃなかった」

ちょくでいうなや。傷つくぜ?」

「でも顔なんて関係ない。私は優一のそのヘラヘラ具合が好きなの」

「今まで2人も別の男と付き合った癖に?」

「それは―今思えば優一の気を引くためなのかも知れない」

「たまったもんじゃないな。付き合わされたお二人からすれば」

「私は狡い女なの」遥は言う。

「いやあ。女って怖ぇえ。男子校生活にひたりきってて忘れてた」僕は嘆息する。

「そうだよ。アンタの気を引くためなら何でもする」

「ひぇぇ。愛が重いぜ。コンチクショウ」

「受け止めてくれる?」

「…ここまで言われて。引き下がったら男じゃないよ」

「…いいの?」ここまできて何を言う。

「うし。後一年。受験を頑張るさ。遥。どこの大学行きたい?」

「東京の―総合大のあそこ。学部は文学部」

「とりあえず。僕も同じ大学の文系学部にするよ。そしたら同じキャンパスだろうし」

「…優一。ありがと」

「なんの。今までゴメンな。遥に向き合わなくて」

 

                   ◆


 そうして。

 僕は今、桜舞い散る東京に。

 今から大学の入学式。慣れないスーツを着こなして。彼女を待っている。

 本当は東京に上京した時点で会えば良かったのだが、遥は電話でこう言った。

「心の準備がいるのよ」僕はその言葉に突っ込みを入れたかったが我慢した。今さら何を遠慮することがあるのだろうか?女性の心理は分からない。未だに軍隊式男子校の思い出を引きずる僕は童貞力が高い―


 なんて考えているところに。

 遥は現れた。

 遥はぐっと大人っぽくなっていて。中学一年の頃とは大違いだ。

 スラリと伸びた長髪にスーツを着た彼女はまるで大人みたいで。

「どこぞのキャリアウーマンですかい?」僕の第一声はこれだった。

「違うわ。ど阿呆あほう」彼女はいつもの突っ込み。

「いやあ。胸がドキドキするな。遥がこんなになってるとは」

「女子3日会わざれば刮目して見よ」

「それは男子だっての」

「優一は―変わんないね。なんか安心した」

「褒めてる?それ?」

「貶してる」

「酷ぇ」

「でも。これだから。私は優一が好きなの」

「この三枚目ヘラヘラ男が?」不思議だ。面食いの遥なのに。

「なんというか安心できるのね。この人なら…一生誰にも奪われないかなって」

「お前は打算ずくの女だなあ。もっと気の効いた事を言えよ」

「アンタがアンタだから好き」

「ストレート過ぎる」

「ま、良いじゃない。さ。入学式行こ?」

「しゃあなし」


 僕と遥は桜の下を歩いていく。

 久しぶりに一緒に歩くというのに、僕らの歩調はよく合う。

  

                    ◆




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『ウェスターマーク効果なんてアテにならない』 小田舵木 @odakajiki

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