何度目かの青春

「ねぇねぇ、第二校舎って出るらしいよ」

「出るって何がよ?」


夏休み目前。

放課後の教室でクラスメイトたちがそんな話をしていた。

僕はそれを横目に見ながら、窓の外を眺めている。


「幽霊に決まってるじゃない」

「ないない。そんなありきたりな怪談話じゃつまんないでしょ」


まったくだね。

出るってだけで騒げるのは小学生くらいまでだ。


僕らはもう高校生なんだから。

まぁ、それでもやっぱり幽霊とか怖いから会いたくはないんだけどね。


「幽霊なんていないさ……」


僕のつぶやきに反応する事もなく彼女達は立ち話を続けていた。


さて、僕もそろそろ帰るかな。


クラスのみんなは僕に視線を合わせる事なく、ただ開きっぱなしの扉から出ていくだけだった。

まるで、そこに誰もいないみたいな扱いだ。


別にいじめにあってるわけじゃないと思う。

空気みたいな存在なんて、クラスに一人はいるだろう?


僕はそう自分に言い聞かせながら、廊下を歩く。

そんな僕の目の前で、長い黒髪が揺れた。


「あ、高志、今帰り? 一緒に帰らない?」


それは幼馴染の北条あゆみだった。

彼女とは幼稚園からの中で、何度も同じ夏を繰り返している。


「うん」

「ねぇ、夏休み前にさ、屋上寄って行こうよ」

「また?」


思わず僕は苦笑いを浮かべた。

彼女が言うには、ここから見える夕焼け空が一番綺麗に見えるらしい。


あれはいつの夏だったかな?


「ほら、早く行こっ!」


そう言って、彼女は記憶を辿る僕の前を歩きだす。

やれやれ、と思いながらも彼女の後に続いた。


夕暮れの屋上。

それはよくある夏の一コマだ。


「綺麗だね」

「……そうかな?」


彼女の言葉を聞いて、僕は思わず顔をしかめる。

確かにここから見える景色は綺麗だ。


けど、ここから見える夕焼け空はいつだって同じようにしか見えない。

だから、僕はこの光景を美しいと思った事は一度もなかった。


「高志さ。覚えてる?」


彼女が寂しそう表情でそんな事を言う。


「何を?」

「この柵を越えてさ、あたしがふざけてたらさ」

「うん?」


なせが、頭が痛い。


「真似した高志、落ちちゃったんだよ?」

「何を言ってるの?こんな高さから落ちたら死んじゃうよ」

「そうだよね、普通は死んじゃうよね」


頭が痛い。


「高志。もう死んでるよ。私にしか見えないみたいだけど……高志、死んでるよ?」


泣きそうな声で、彼女は続ける。


「あたしのせいだよね……あたしがあんな事したから……」

「……嘘だ」


僕は柵に右手をかけようとするが、その手がすり抜ける。


「嘘だ……」


その呟きを否定するように、屋上に突風が吹いた。


ガタンッ


その勢いに当てられた屋上の扉が閉まる。


「どうやったら、高志は天国に行けるのかな?」


彼女は扉を開こうと、歩き出す。


だが、扉に触れる事が出来ず、すり抜けてしまう。


「……あれ」


夕陽に照らされる二人には影がなかった。



「なあなあ、あの校舎取り壊されるみたいだな」

「幽霊が出るっていう廃校だろ?」

「ないない。ありきたりすぎるだろぉ」


重機の入る校舎を外から眺めながら、男子高校生二人がそんな会話を交わしていた。


そんな一夏がまた過ぎ去って行く。


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