婚約破棄された侯爵令嬢は自堕落な日々を送る

「バーバラ・ラクーン!君とは婚約破棄させてもらう!」

「……はい?」

「私は真実の愛を見つけたのだ!君との婚約は解消する!そして、私は今ここに宣言する!マリー・エクレストと結婚することを!」


彼に抱き寄せられたマリーは信じられないという顔で、口をパクパクさせている。


(あぁ、馬鹿なマリーったら可愛い)


思わずニヤけてしまいそうになるのを必死に堪える。

ここで、笑ってしまっては全てが台無しだ。


私の名は、バーバラ・ラクーン。

貴族の社交界のこの場で、婚約破棄を叩きつけられた侯爵家の長女。


私にそんな無作法を叩きつけたこの男は、第四王子であるレオナルド・フォン・マルケッティ。


我が侯爵家と王家は建国以来からの盟友であり、お互いの信頼と友情で結ばれてきた。


私とレオナルド王子の出会いは、今から6年前。

私達が12歳の時まで遡る。


貴族に恋愛の自由がない事を知った日だ。

ただ政略結婚という義務があるのだ。


私と彼は、親の決めた許婚同士であった。


そして、彼に抱かれて困惑の表情から一転、歓喜の表情に変わった彼女こそが、マリー・エクレスト。

私と同じく、侯爵家の長女である。


私達は同じ王立貴族学院に通っていた生徒同士。

レオナルドは入学したその日から、マリーに一目惚れをした。


マリーも王子とお近づきになりたいと、彼の視界に入るべく、必死に自分を磨き上げ、勉学にも勤しんだ。


そして、二人は惹かれ合い禁断の恋に落ちたのだ。


「……まったく、馬鹿な事をしてくれたわね」

「お嬢様、直ちに抗議の書面を……」

「良いのよ」


揺れる馬車の帰り道。

執事長であるじいやが怒り心頭といった様子だが、私にはどうでも良かった。


いや、むしろ彼に恋愛感情が芽生えなかった自分には好都合なのだ。

私に隠れて逢引をしていた事を入学してしばらくしたら知ったのだから、当たり前なのだけども。


「お嬢様、ですが!」

「いいのよ、じいや。それよりも、帰ったら甘い物を食べたいわ。私、疲れてしまったの」

「お嬢様、おいたわしゅうございます」


馬車に揺られながら、ふと窓の外に目をやる。


勝った。


いつもは太るからと、なかなか甘味を寄越さないじいやを陥落させたのだ。

侯爵令嬢という立場なのに贅沢をさせてもらえなかったのだ。


質実剛健…クソみたいな家訓が我が家にはある。

あぁ、クソとはお嬢様にあるまじき心の声ですわ。


暫くこの傷心の令嬢を演じてやろうじゃないの。

そう決意した私は、これからの事を思案しながら、ゆっくりと目を閉じた。



「お嬢様、もう昼過ぎにございます」

「私、まだ心の傷が癒えてませんの……」

「仕方ありませんね。では、私が本日のお稽古をキャンセルするよう手配いたします」

「ありがとう、じいや」


どれくらいぶりだろう。

学院では朝から授業があり、クソな我が家では早朝から叩き起こされた。


昼過ぎまで寝てられるのは、どれくらいぶりなんだろう。

私は、枕に顔をうずめ、バタバタと足をばたつかせる。



「じいや、今日の甘味は何かしら?」

「本日は、レモンケーキです」

「まぁ、美味しそうね」


じいやが、皿に載せたレモンケーキをサーブしてくれる。

ふんわりと焼けたスポンジケーキの間に、甘酸っぱいレモンクリームが挟まれている。


紅茶の入ったカップをソーサーから持ち上げ、口に運ぶ。

芳醇な香りが鼻を通り抜け、爽やかな風味が広がる。


「おいしいわ」


自然と感想がこぼれてしまう。

なにせ家訓が家訓である。


そんな日々を過ごして2ヶ月が経った頃。


「お嬢様、レオナルド元王子がお会いしたいと……」

「あら、元王子?」


私は予想通りに事が進んだ事にほくそ笑む。

王家と侯爵家が結んだ約束事を勝手に破棄して、タダで済むわけがない。


しかも、第四王子ともなれば、なおさらである。

おそらく王家から廃嫡する旨の書状が届いたのであろう。


私は軽快なステップで、ドシドシと音を立てながら廊下を歩き、レオナルド王子の元へと向かう。


「やぁ、バーバラ嬢……うん?君はバーバラかい?」

「お久しぶりですわ。殿下ではなくなったそうですが……どうしましたの?」

「いやいや、ちょっと見ない間にずいぶんと雰囲気が変わったね」

「……そうかしら?」


私は腰に手を当て、胸を張る。

その身体は横に大きくなっていた。


「すまなかった。僕とやり直して欲しい!」


頭をさげるこの馬鹿な王子様はまだそんな事で、立場が戻ると考えていたのか。


私は苦しくなった服を持ち上げ、胸元を覗き込む。


「レオナルド、申し訳ありませんが刻は巻き戻せませんわ」


私はニコリと微笑み、彼に告げる。


そう刻は巻き戻せないのだ。

私はダイエットを始めなければいけない。


「じいや、服のサイズが前と違う事、なぜ言わなかったのかしら?」

「それは、傷心中のお嬢様を思えば……」

「バーバラ!考え直してくれないか!」


レオナルドがすがるように叫ぶ。


「えーい!うるさい!あんたとは終わったの!じいや!鏡!」


私は大声で叫びながら、運び出された姿鏡を覗く。

思い返せば、いつからか部屋から姿鏡が消えていたのだ。


ダイエットを決意したその日、私は人生で一番大きな声を張り上げたのだった。

 

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