第28話 芸能人としての自覚
「めんどくさいなー」
わたしは趣味でコスプレイヤーをしている高校三年生なのだけど、今日はわけあって朝から所属事務所にやって来ていた。
どこかの誰かが、わたしとみくねっちのツーショット写真をSNSに投稿してしまったらしい。おかげでSNSは大炎上。コメントには誹謗中傷の言葉がずらりと並んでいる。
『コスプレイヤーのくせに男と腕組みデートとか何考えてんだよ! 4ねっ!』
『見損なった。コスプレイヤーとしての自覚無さすぎ。二度とコミケ来んな! 56すぞ!』
『男いたとかファンをなめすぎ。マジでファンやめるわ』
『イケメン芸能人とかならまだしも、なんだよこの微妙な男。マジでがっかりなんだが』
『こんなのでいいなら、俺らでもワンチャンあるんじゃね?』
『ある意味女神だよなww』
その他にも、わたしの写真集やグッズを燃やすといった過激な動画が複数投稿されていた。
事態を重くみたマネージャーに呼び出され、朝から事務所にやって来ているというわけだ。
スタッフに会議室で待つよう言われたわたしは、スマホでSNSをチェックしていた。
「それにしても誰が撮ったんだろ? よく撮れてるな。保存しておいて待ち受けにしようかな♡」
ちょうどみくねっちとの新しいツーショット写真が欲しかったので、これは単純にありがたかった。
「おまたせ。……あれ、意外と平気そうだな」
「社長、どうか怒ってください。この子は芸能人としての自覚が足りなすぎるんです!」
プンスカプンスカと目くじら立ててやって来たのは、マネージャーの堀川さんと社長だ。
いつも通りシンプルでラフな服装の社長とは違い、堀川さんは几帳面なダークスーツに眼鏡をかけている。その雰囲気はまるで昔の教育ママのようで、人によっては好みが分かれるかもしれない。でもわたしはなぜか堀川さんのことが気に入っていた。
「と言われてもな……腕組んで歩いてただけだろ?」
「大問題ですよ! 天満はまだ17歳! 高校三年生なんです! 腕を組んで歩くのも、手を繋いで歩くのも問題なんです! 実力のある人気歌手や女優ならまだしも、彼女はコスプレイヤー! そんなもんに実力もクソもありません! 必要なのは他を引きつける可愛らしさと、ファンを裏切らない清純さだけなんです!」
「まあ、確かにその通りかな」
「それしかないんです!」
容赦なく社長にも噛みつく堀川さんが、席に就くなりわたしを睨みつけた。
「天満、あなたもちゃんと自分の立場をわかっているの? あなたの軽率な行動がこんな大騒ぎになっているのよ。もし騒ぎが収まらなかったら、来月のイベントにも影響が出る可能性があるのよ。それを理解してるわけ!」
「ごめんなさい」
事務所のスタッフやクライアントに迷惑をかけてしまったことは本当に申し訳ないと思ってる。だから、そのことについては素直に頭を下げた。
でも、だからってわたしとみくねっちの関係を絶つつもりはない。そのことを社長とマネージャーに伝えると、堀川さんは再び怒り狂って、キラウエア火山のように噴火し続けている。
「まあ一旦落ち着け、堀川」
「社長はこの子に甘すぎるんです!」
「天満も年頃の女なんだから、好きな男の一人もそりゃいるだろう」
「だからって公然と腕を組んで歩いて撮られて、それがSNSで広まってしまったら商売上がったりなんですよ! 仕事取ってくるこっちの身にもなってくださいよ!」
「そ、それもそうだな……。で、相手の男は同じ高校の生徒なのか?」
「いいえ、別の学校の生徒よ」
「ほぉー」
「感心してる場合じゃないですよ! どこで知り合ったの! まさかコミケやイベントじゃないでしょうね!」
「SNSよ」
「S……っ!? つまり、DMで声をかけられて無闇に返信したのですか!? あなた、どれだけ注意力が足りないと言うか、浮ついているのですか!」
「DMを送ったのはわたしからだけど?」
「は……?」
テーブルに手をついて身を乗り出していたマネージャーが、一瞬凍りついたかのように動きを止めた。数秒後に再起動を果たすと、再び大爆発する。
「何を考えているのよ! 芸能人が一般人にDMでアプローチとか、頭おかしいんじゃないの! イケメン俳優やアイドルならまだわかるけど、 なんでこんなにも地味な男子高校生なのよ!」
「公認のコスプレイヤーになりたかったっていうのはあるけど、一番はその子と、みくねっちと仲良くなりたかったからよ」
「……公認?」
「公認って何のこと?」
堀川さんが再び思考停止してしまったので、代わって社長が質問してきた。
「【廻れ狂想曲】の公認コスプレイヤーになりたかったのよ。これだけは他のコスプレイヤーに負けたくなかったの」
「【廻れ狂想曲】って、あの漫画の?」
わたしがその通りだと頷くと、ふたりは顔を見合わせて首を傾げていた。
「【廻れ狂想曲】の公認コスプレイヤーになるのに、どうしてこの男子高校生にDMを送る必要があるんだ?」
「それは……」
「正直に答えなさい」
「うーん……」
みくねっちが【廻れ狂想曲】の作者、黄昏先生であることを伝えるべきかを思案する。
その結果、わたしは正直に伝えることにした。この二人に黄昏先生の正体を教えたところで、問題ないと判断したのだ。
「この子があの漫画を!?」
驚きを隠せない社長の隣で、堀川さんはメガネのブリッジを持ち上げた。
「だからと言って、事務所に相談もせずに連絡を取るのはどうなのかしら? それに、こんな枕営業みたいなことをしてまで公認になる必要はない!」
「反論は?」と社長が問いかけてくる。
「枕営業じゃないわ。純粋な恋愛よ!」
「純粋な恋愛ってね……。あなたが好きなのは漫画であって、その作者じゃないでしょ! 目を覚ましなさい」
「逆よ」
「は? 逆……? 逆ってどういう意味よ?」
すべてを話すつもりはない。
わたしにだって話したくないことの一つや二つくらいはある。
「そもそも、わたしはアイドルじゃないわ。契約書にも恋愛禁止なんて書いてなかったでしょ?」
「それはそうだけど、あなたはまだ未成年なんだから、事務所が管理するのは当然だって言ってるの!」
「なら、辞めます」
「は? ……辞めるって、何を?」
「事務所です」
「……本気なのか?」
と、社長が落ち着いた声で問いかけてくる。
わたしは小さく頷いた。
「もし事務所が恋愛禁止だというのなら、わたしは辞めざるを得ません」
わたしは元々個人で活動していたコスプレイヤーだ。事務所を辞めたとしても自分の力でやっていける自信があった。
何より、この恋を諦めたくなかったし、どんな困難が待ち受けていても、あの人のそばにいられるなら、事務所くらい辞めてやるつもりだ。
わたしに取って結城美空音は特別な存在だった。
ただ人気漫画家であるとか、【廻れ狂想曲】の作者だからとかではなく、わたしは純粋に結城美空音が好きなのだ。
思い出すのは5年前の夏の夜。
死に場所を求めさまよっていたわたしの前に、彼は突然現れた。
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