第26話 被害者よりも学校……?

「緊張するな……。失礼しまっ――」


 職員室前で足を止め、深呼吸してから、僕は職員室の扉を開けた。


「――――!?」


 その瞬間、鋭いベルの音が響き渡った。


「うっ……!!」


 職員室はまるで忙しいコールセンターのように、絶え間なく電話が鳴り響いていた。当惑した教師たちは汗を流しながら、電話に応じていた。


「――我が校の立場から言わせていただくと」

「申し訳ございませんが、確認の上、生徒には教師の方から」

「ええ、ええ、申し訳ございません」

「我が校の名誉……ですか。はぁ……」


 職員室はまるで嵐の中の船のように混沌としていた。これまでに経験したことのないほどの騒々しさに、僕は呆然と立ちつくしていた。


「あ、あの……二年四組の結城美空音です」


 担任は電話対応に追われていたので、僕は近くにいた教頭に話しかけた。


「ああ、君がこの騒動の元凶か。信じられないことをやらかしてくれたね」

「騒ぎ……ですか。やっぱりこの電話って……」

「SNSにアイドルとのツーショット写真が拡散されたんだって。まったく、君のせいで朝から嫌がらせの電話が途切れないよ」


 職員室の扉を開けた瞬間から、なんとなくは予測していたけれど、やはりこの騒動はあの写真が原因のようだ。SNS上に流出した写真から、僕が通う高校を特定されてしまったのだろう。あるいは、僕を恨んだ犯人が意図的に情報を流したかのどちらかだ。

 僕からすればどちらでも同じだ。


「ここでは話が難しいから、校長室で詳しく話してもらうよ」

「詳しくですか…!?」

「不満かな?  先生方はもっと不満だろうね。君のせいで仕事がうまくいかなくなっているんだ。部活動を担当していた先生は、朝の練習を中止して電話対応に追われている。君にはこうした事態の経緯を学校側に説明する責任がある。違うかね?」

「……はい」


 校長室に案内されると、不機嫌を隠そうともしない校長に睨まれた。その後、電話対応に追われていた担任と学年主任の四人から、今回の事態について詳しく説明を求められた。


 僕は写真の女子生徒、テンテンとは友人だと説明した。男女交際の事実はなく、健全な友人関係だと主張した。

 しかし、その説明では納得されず、教師たちは学校裏サイトに掲載されていたあの写真を見せてきた。


「ならこれは一体どういうことだ!」


 僕は神室に言われた通り、それは合成写真だと主張した。犯人はおそらく、鳥山高校に通う生徒の誰かだと。


「では、君はいじめを受けていたと主張するのか! 我が校でいじめを受けたと!」


 黙って話を聞いていた校長が声を荒げた。


「……こういう嫌がらせがいじめであるのなら、そうかもしれません」


 校長は担任と学年主任にいじめが行われていたのかと事実確認をするが、担任と学年主任はそのようないじめは知らないと明言した。


「いじめはなかったと言っているじゃないか! 君の勘違いか、それとも虚偽なんじゃないのか!」

「いや……」


 二人が知らなくて当然だ。いじめられた被害者である僕本人ですら、ついさっき初めてその事実を知ったばかりなのだ。


 話し合いの結果、学校側から処分されたくない僕が虚偽の報告をしているということになった。

 学校側からすれば、SNSに芸能人との写真を流出させ、学校の裏サイトに悪意のある写真を投稿した犯人が、同校の生徒であると問題があると判断したのだろう。


 もし、この事実がニュースにでもなれば、状況は一層悪化しかねない。それを未然に防ぐため、学校側はここでの解決を望んだのだろう。

 学校側のいじめに関する事案隠蔽は、今に始まったことではない。




 ようやく校長室から解放されたのは、四時限目の終了を告げるチャイムが鳴り響いた瞬間だった。


「はぁ……」


 疲れきった足取りで教室に向かう途中、名前も知らない生徒に指差されて笑われた。彼女たちも学校の裏サイトに掲載されたあの写真を見たのだろう。


 ガラガラ――


 教室の扉を開けると、クラスメイトたちは机を寄せ合い、お弁当を広げて楽しげに過ごしていた。そして、その集団の視線が一斉に僕に向けられる。


 無意識のうちに、僕は視線を落としてしまう。

 影野、手塚、瑠璃華の姿を見ることはできなかった。


「結城!」


 そんな腫れ物のような僕に、ただ一人声をかけてくれたのは、クラスメイトでアシスタントの神室だった。


「どうだった? ちゃんと説明したのか? 誤解は解けたんだろ?」

「……」


 僕は無理矢理笑顔を作り上げた。

 彼の隣を通り過ぎ、通学鞄を手に取った。


「おい、結城!」


 神室に腕をつかまれた。


「とりあえず一ヶ月の停学だって。このまま騒ぎが大きくなるようだったら、最悪責任を取る形で退学も考えるって言われたよ」

「……なんだよ、それ」


 僕の腕をつかんだ神室の手に、ギュッと力が籠もる。


「ふざけんじゃねぇぞっ!! どうしてお前が停学なんだよ! 最悪責任取るってなんだよ! お前は被害者だろうがァッ!!」


 神室の怒声が教室中に響き渡り、教室は一瞬の間に静寂に包まれた。


「納得いかねぇ! 俺、ちょっと抗議に行ってくる!」

「――――っ」

「!?」


 今度は僕が神室の腕をつかんでいた。


「なんでだよ?」

「友達に、迷惑はかけたくないんだ」

「……っんだよ、それ」

「ごめん」


 それだけ彼に伝え、僕は足早に教室を出た。廊下には僕のことを一目見ようと生徒が集まっていた。その中を、僕は一歩ずつ歩き出した。


「……っ」


 僕はまるで中世ヨーロッパの罪人となり、街を練り歩かされているような惨めな気分だった。

 このまま消えてしまいたい衝動に駆られ、僕は急いでその場を後にした。

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