光さす水面−エピローグ

マコのかいがいしい世話のおかげでヌマスナメリはすっかり元気を取り戻した。最近は遊んでほしいと言わんばかりにボールを持ってきたり、手のひらから餌を食べるほどになった。−−俺はまだ怖いし、触れ合ったりはしていないけど。


「すっかり回復したみたいだねえ」

「はい!元気になって良かった〜」

「これなら湖に戻っても元通りにやっていけるだろう」

「そうですね、」


ちょっと寂しいけど、とはにかむように微笑んで、マコはプールから覗く白い頭を撫でた。ヌマスナメリの入った可動式のプールと俺たちは、湖に放す前に水温や諸々の調節のため、湖の浅瀬、水深1mほどの位置で待機していた。ウェーダーを着込んではいるものの、湖に浸かっているとスライムとの大捕物の記憶が蘇ってくる。

あのスライムも現在研究所にて健全に飼育中だ。ダイエットの甲斐あってずいぶん縮み、昨日測ったらやっと体重が10リットルを切るまで落ちていてほっとした。


「ユウ、最後にちょっと撫でてみたら?」「は!?」


ほら、と手を引かれてプールを覗き込んだ。丸くて小さな双眸が俺を映す。じっとしているそいつとしばらく睨みあっていると、マコが横から手を伸ばし、そいつの頬を撫でた。


「ほら。だいじょうぶだって」「…噛まれねえかな…」「噛まれない!」


俺は恐る恐る手を伸ばすと、ちょん、と眉間のあたりに指を触れた。すかさず手を離して、変わらず大人しいことを確認してから、そっと頭に手のひらを乗せてみる。丸い頭はひんやりとして、すこしざらついた感触をしていて、思いのほか柔らかかった。


「やった!ユウ!触れたじゃん!」

「ううう、うん…冷てえ…」

「おお、好かれたものだな」


好かれた。俺たちはこいつに好かれているのか。マコと目を見合わせると、はにかむような、誇らしいような笑顔を返された。少し気恥ずかしくなって下を向くと、突如顔面に冷水を浴びせられる。驚きに尻もちを着いて周りを見回すと、マコが同様に水鉄砲に襲われているところをぼやけた視界に捉えた。


「ぶわっ!冷たい!!」

「あはは、やられたね2人とも〜」

「な、何…??」


よろよろと立ち上がってプールの中を覗き込むと、 そいつは頭のてっぺんから水飛沫を上げながら、愉快そうに水面に揺れていた。じゃれているんだろう良かったな、とにやつくハカセを振り返ると、ぽたりと濡れた前髪から雫が落ちた。


とうとう放流の段になって、プールの出口を解放する。そいつは一目散に沖へと泳ぎ去っていった。呆然と見つめているマコは笑顔だったが、やはり少し寂しげで、不安そうな顔をしていた。声をかけようかと悩むうちに、ぱしゃん、と湖面から飛沫の上がる音が聞こえてそちらを見やる。


「あ」「あ!え?あれ!ちっちゃいのがいる!」


たった今泳いで行った奴と、その他に小さな2匹の個体が再会を喜ぶかのようにぐるぐると泳ぎ回り、何度も宙返りを繰り返していた。もしかするとあれはあいつの子供たちなんだろうか。ふっと肩の力が抜けて、ため息をついた。


「ユウ!」「うん。よかったな」「うん!」


撤収作業も終わりに近づいた頃、背後に気配を感じて振り向いた。そこには凪いだ湖が広がるばかりで、短く息をつく。気のせいか、と踵を返し、湖から上がろうと踏み出した所で、背後からばしゃりと思いっきり水をぶっかけられた。

一瞬何が何だかわからず振り返ると、追い討ちの水鉄砲を顔面に食らって派手にすっ転んだ。ずぶ濡れになったのも忘れて思わず笑う。嬉しそうに駆け寄るマコと一緒に輝く水面を見晴らした。


彼らは夕映えの湖の真ん中で、光を受けてきらきらと輝いていた。

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ぼくらのクリーチャー観察日記 綿雲 @wata_0203

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